意外と知らない「筑波大学硬式野球部が輩出するプロ野球選手の特徴」ー川村卓監督が語る筑波の“文武不岐(ぶんぶふき)”とは。 前編(1/2)

筑波大学体育スポーツ局
チーム・協会

筑波大学硬式野球部 川村卓監督(体育系教授) 【筑波大学体育スポーツ局】

筑波大学硬式野球部は、日本の高等教育(大学)における革新的な精神を象徴する存在である。

大学野球界の中では伝統校としてベースボールを発展させてきた歴史をもち、固定化された社会を変革する建学理念とともに、
チームは”変化を恐れない“という気持ちで世間がもつ野球界のイメージとはまったく異なる道を突き進んでいる。

一方で、
慶應義塾高校が甲子園で102年ぶりに優勝した2023年には 「なぜ球児たちは坊主じゃないのか?」といった髪型論争が繰り広げられるほど野球という競技は、
いまだに 「悪しき風習」 や 「旧態依然としている」という風潮を引きずるスポーツの象徴的存在でもある。

筑波大学硬式野球部を率いる川村卓(たかし)監督は、1970年北海道江別市生まれ。
札幌開成高校の野球部で主将を務め、外野手として甲子園大会の出場経験をもつ。
野球方法論、コーチング学を専門とし、動作解析、一流選手の特徴などを科学的にアプローチ・分析するスポーツ科学の第一人者である。
現在も多くのプロ野球選手が相談にくる大学教授だ。


「伝統がないのが伝統だ」
という独特な表現に加え、変えていく挑戦(チャレンジ)精神は常に意識しつつ、
一方で 「自分たちがチャレンジしていることさえ気づかないチームづくり」 という斬新的な考え方を深掘りしていく。

「伝統がないのが伝統だ」という独特な表現で話す川村先生 【筑波大学体育スポーツ局】

筑波大学の伝統的な考え方は文武両道ではなく 「文武不岐(ぶんぶふき)」

1896年に高等師範学校ベースボール部として発足した硬式野球部の歴史は古い。
いわゆる伝統校である。

高等師範から東京文理科大学、東京教育大学、そして筑波大学と校名の変更を繰り返してきた歴史の中で、
筑波大学に改組された後に国公立大学野球部としては史上初となる全国大会日本一(1987年)を達成している。

東京六大学野球で有名な東京大学野球部も同じ国立大学であり、文武両道の伝統校ではあるが、筑波は文武両道ではなく「文武不岐」だと川村先生は主張する。

「文武両道は、その漢字が示すとおり文と武を分ける考え方。文武不岐は二つの道を分けず、並立させて不可分な一体であるという考え方です」
と話す。

つまり、学業とスポーツが互いに影響し合い、別モノだと考えるのではなく、むしろ「重なり合う関係」だと主張する。
ちなみに「文武不岐」は水戸藩9代藩主・徳川斉昭が提唱した理念で、水戸藩の藩校である「弘道館」の建学の精神でもある。

文武不岐が生み出すプロ野球選手

プロ志望届を提出した岡城快生(体育専門学群4年生)と笑顔で談笑する川村先生@筑波キャンパス内(2025年10月17日 撮影) 【筑波大学体育スポーツ局】

学業とスポーツが一体化している筑波大学の最大の特徴は、その驚くべき多様性にある。

推薦入試で入部する選手はわずかしかおらず、部員のほとんどは一般入試で筑波大学に入学してきている。
それにもかかわらずプロ野球ドラフト上位に指名されている選手が少なからずいることも筑波の特徴と言える。

例えば、同大学が加盟する首都大学野球連盟のリーグ戦で優勝に貢献したエース杉本友は、筑波大学のみならず国立大学初となるプロ野球ドラフト1位指名(オリックス)を受けている。
杉本はスポーツ推薦の選手ではなく、浪人を経て一般入試で理系の基礎工学類に入っている。

杉本以外にも、近年では
藤井淳志(愛知県立豊橋東高・元中日外野手)
寺田光輝(三重県立伊勢高・元横浜DeNA投手)
奈良木陸(広島県立府中高・元読売巨人軍投手)
といった、
筑波ではいわゆる「一般入試組」がプロ野球選手になっている。

また、
2025年10月23日に開催されるドラフト会議では、
岡山一宮高校から一般入試で筑波に入ってきた岡城快生(おかしろかいせい)外野手がプロ志望届を提出していて上位指名が期待されている。

この多様性は、単なる偶然ではない。

川村先生は異なる背景を持つ学生たちが交わり、刺激し合う環境を意図的につくり出しているのである。
例えば、理系、文系、心理学、栄養学– これらの分野の学生が一つのチームで共存することで、野球という競技に対して多角的なアプローチが可能になるのだ。

2年生の終わりに部員は「選手」か「スタッフ」に分類される

【筑波大学体育スポーツ局】

硬式野球部の部員は約150人。

この中で、卒業時まで選手を継続できる人数は30人程度だといわれる。

川村先生は筑波の伝統で「2年生はリーグ戦が終了した時点で、選手を続けられる人、チームを支える側にまわる人(スタッフ)のどちらかを決めることになる」と説明する。
これは川村先生が学生時代のときから続いている伝統で、毎年学生たちとしっかり議論する余地を与えつつ「いつでもこの制度は変えてもかまわない」とも言っている。

この制度は、チームが一体感を創出し、筑波独自の多様性を生かした組織づくりが目的だという。

「何度もこのやり方を変えようと思ったこともあるし、現在も他に一体感をつくるためにより良い方法があるのではないかと常に考えている。しかしながら、これは学生たちと何度も話し合ってきた上で続いていることでもある」

試合中に選手たちを励ます川村先生(背番号50) 【筑波大学体育スポーツ局】

筑波は一般入試組が部員の大半を占めるため、杉本のような理系の学生も多い。
監督は選手の数を最適化させ、筑波の多様性を効果的に運用している。

選手を続けられなかった学生には「これからはチームを支える側になってほしい」というメッセージを明確に伝え、
彼らが大学で勉強する専門分野を追求したり、アナリストやトレーナーといった多様な職種を見つける機会創出を提供しているのだという。

「選手を続けられないことが絶望感にならず、今まで理想だけを追求してきた2年間を経て、自分で自分のことを考える時間を見つけてほしい。部との関わり方はもちろん、大学で勉強する専門分野のことや自分の将来のことについて考えるには『何をやるかよりも、何を捨てるか』が大事」と監督の川村先生は力説する。

【筑波大学体育スポーツ局】

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著者プロフィール

「IMAGINE THE FUTURE.」をビジョンに掲げる筑波大学のチーム・学生アスリート、そしてアルムナイの活躍を発信します。【運営:筑波大学体育スポーツ局】

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