1人の市民が梶ケ谷第1公園に巨大遊具を寄贈
自分がワクワクするほうへ
ほとんどの方は自分や家族のために使うだろう。むしろそれが普通であり、今回遊具を寄贈した梶ヶ谷で不動産業を営むblueさんも最初は同様で豪邸を建てる、高級車を購入しようと考えていた。ただ、ある日、高級外車の試乗に行ったとき想像していたよりも気分が高揚しなかったという。
「あまりワクワクしなかったんです(笑)。そのときにやっぱり僕は地域の象徴になるものを作るほうがワクワクすると思いました。大人は子どもたちのために生きる。そういう格言があると思いますが、次世代に投資をしたい、地域の投資になるようなお金の使い方をしたい。そっちのほうが僕は嬉しいんです」
少年サッカーチームのコーチもしていて、子どもたちが楽しそうにしている姿を何よりも大事にしているblueさん。だったら子どもたちがもっと笑顔になれる街になるよう大きな遊具を作ったら喜んでくれるのではないか。腹は決まった。“公園に遊具を作ろう”と。
動き出した物語は1年半前。blueさんは、高津区役所へ電話で「公園に遊具を寄贈したい」と伝えた。受話器越しに話を聞いていた区役所は団体ではなく個人からの思いがけない問い合わせに戸惑いもあり、「本当に実現できるのか?」と少し半信半疑だったという。ただ高津区長の白井豊一さんが「blueさんの思いの強さが話を動かした」と振り返るように、少しずつ“寄贈できるかもしれない”という実現への流れに入っていったのだった。
デザインも心のなかで決まっていた。大ファンであるフロンターレのデザインにして地域に愛着をもってもらいたい、と。こちらもクラブの問い合わせページから「デザインを使わせてください」と一報を入れ、GOサインが出てから本格的に遊具の会社を交え打ち合わせを重ね、ついに10月6日に遊具が完成の日を迎えた。
見たかった景色
「こういう光景を見たかったんです。僕自身もワクワクします。こんなにも大きくて迫力のあるものができたので。街の魅力、地域の魅力を上げたい思いがありましたし、この遊具があることで子どもたちが楽しめる公園になるんじゃないかなと。すごく素敵なものを作っていただいて嬉しいです」(blueさん)
「公園でゲームをするのではなく、遊具ができたことで体を動かす1つの場になったのが嬉しいです。これを機会に外で遊ぶ子どもたちも増えるのではないかなと思います。本当にblueさんには感謝しかありません」(近清えり子さん/梶ヶ谷小学校 校長)
「学校から遊具を作っているのが見えていたので、完成を楽しみしていました。こんなにも大きな遊具ができたのも体育の面でも助かりますし、blueさんに感謝しています。子どもたちはフロンターレが大好きなのでデザインも含めて、とても喜んでいます」(鶴見悦子さん/西梶ヶ谷小学校 校長)
紡がれるメッセージ
「自分の名前を出すことで子どもたちの記憶に残るかなと思ったんです。この遊具で遊んでくれる子どもたちが大人になったときに、自分と似たようなことをしたいと思ってもらえるように。そんな大人になってほしいなと思っています」(blueさん)
地域に対しての思いや考え方はフロンターレも同じ。今までフロンターレが地域に寄り添った活動をしてきたことで、ホームゲームのボランティアの方々や、清掃活動をするとなったら市民の方々が積極的に手を挙げて参加してくれるようになった。みんなで一緒になって川崎市を「いい街にしよう」と取り組み続けてきた。だからこそフロンターレの吉田明宏代表取締役社長もblueさんの行動を見て感じたことがある。
想いは連鎖する──。
「子どもたちの笑顔は街の宝です。遊具を寄贈していただいたことで公園の魅力や子どもたちの居場所ができたことを嬉しく思います。このようにblueさんとフロンターレのつながりが、こういった形になるとは予想もしていませんでしたが、フロンターレとblueさんの地域に貢献していきたい想いのコラボは意義深いなと思います。この遊具は人の優しい思いが連鎖して生まれたもの。子どもたちは、ここで楽しく遊んで思いやりのある子に育ってくれたら嬉しいです」(福田紀彦 川崎市長/川崎フロンターレ後援会名誉会長)
「自分がこの社会をよくしよう、この地域をよくしようと考えられる大人に育ってくれたら嬉しいです」
セレモニーの最後にblueさんが子どもたちに伝えた言葉だ。
遊具は20年から30年使用することができる。いまの子どもたちが大人になり、いつか自分の子どもが遊具で遊ぶ未来だってある。そのとき、きっとblueさんのことを思い出すだろう。
メッセージは次世代へと紡がれていく。
(取材:高澤真輝)
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