あれから12年、野球少年はいまNZへ。「スピアーズ1日子ども食堂」の山本剣士から感じた出会うことの大切さ
6月29日、江戸川区にある子ども食堂を訪れた山本剣士選手は、子どもたちの前でそうコメントした。これは江戸川区で活動する子ども食堂とスピアーズの交流イベント「スピアーズ1日子ども食堂」の一コマだ。交流するのは小学校低学年から高校生までの子どもたち。選手たちと子どもたちは、共にカレーを作り、絵本を読み、ラグビー教室や食事といった体験を通して互いの距離を縮めていった。初めましての挨拶であった互いの数メートルの空間は、一日が終わるころには消えていた。
冒頭の山本選手のコメントは、カレーの煮込み時間を利用して行った「夢プレゼン」で出た一言だ。イベント後には「本当に参加してよかったなと感じました。実際、私の方が子どもたちから多くの力をもらいました」と充実の表情を見せた。
今回のイベントは、教育格差や体験格差の解消に繋げることを目的として行われた。こう聞くと難しく聞こえてしまうが、山本選手のコメントにあった「出会い」を子どもたちに提供する、それこそが真の目的だったのではないだろうかとイベントを終えてふっと思う。そう思わせるのは、この日ずっと笑顔で子どもたちと交流していた山本選手の横顔を見ていたからだ。彼のここまでの道のりは、まさに「出会い」なくしては生まれなかった。
野球少年がラグビーと出会ったきっかけ:母を気遣う本人と背中を押した一言
だが27歳となった今、彼はニュージーランドの首都ウェリントンにいる。少年時代からいつの間にか、追うボールは楕円球へと形を変えた。夏といえば菅平だし、被るキャップは日差しの変わりに頭部の外傷を防ぐものへと役割を変えていた。グローブとバットを持っていた両手は、テーピングだらけになっている。
そう、山本選手はラグビー選手になっていた。所属チームはクボタスピアーズ船橋・東京ベイ。今年の7月からは期限付き移籍という名のもと、ラグビー大国ニュージーランドの名門・ウェリントン・ライオンズでプレーする。自分にとってこれはいわば武者修行。さらに成長するという決意を持って海を渡った。
ラグビーとの出会いは12年前、15歳のときだ。振り返ると、あの頃はラグビーというスポーツがどんなものかも知らなかった。中学を卒業し姫路工業高校に進学すると、少年時代から続けていた野球部の入部を希望した。けれど同校野球部は甲子園出場歴もある強豪校。練習にならついていく自信はあったが、入部へと踏み込めない理由があった。
「強豪校ということもあって、遠征費や備品代など費用面の負担が大きかったです。うちは母子家庭ということもあったので」
と当時を振り返る。野球を続けたい、という気持ちもあったがそれだけの思いで親に負担はかけられない。そう迷っていた時に声を掛けてくれたのが、同校ラグビー部に所属していた同じ中学の先輩だった。その先輩は当時の山本選手の心境を察してかこんな言葉をかけてくれた。「ラグビーならスパイクひとつあればできるぞ。お金はそんなにかからない。なにより楽しいぞ」と。
今思うとこれがラグビーとの出会いであり、道が拓かれた瞬間だった。未知の競技ではあるけれど、同期たち含めてみんな初心者。決して強いチームとは言えなかったけれど、ラグビーを楽しめる風土がそこにはあった。監督からは、「迷うな!ボールを持ったら真っすぐ走れ!」と声を掛けられた。だから、走った。無我夢中で楕円球のボールを追い、ラグビーとともに高校生活を突っ走った。そこには入学当時の立ち止まっていた自分はもういない。競技を変えてもボールを追うことの充実感は特別で、気が付けば高校3年生になっていた。
ただ今後の進路を決めようとしたとき、これでラグビーとはお別れだなと思っていた。
「卒業後は就職するつもりでした。早く自立して親の負担を減らしたいと思ったからです」
競技を変えても、母を思う気持ちは変わらない。だって女手一つで育ててくれた母親だ、早く恩返しがしたかった。しかし、そんな山本選手の胸中を知ったラグビー部の監督は、あえてこう告げた。「お前はラグビーを続けるべきだ」。
嬉しかった。今思うと当時の自分は、だれかにそんな言葉をかけてほしかったのかもしれない。背中を押された気がして、このことを母に相談すると「あなたの好きにしなさい」と言ってくれた。まただれかの言葉で、道が拓かれた。
高校卒業後は、大阪体育大学に進学。ロックで活躍し、スピアーズ入団を機にポジションをプロップに本格転向。得意のランプレーを武器にルーキーイヤーで6試合に出場する。馴れないポジションや練習の厳しさで苦悩はあったが、その度に新たに出会った仲間たちが声を掛けて励ましてくれた。
6シーズン目を迎える今、自分ひとりでここまで来たわけではないと心底思う。先輩だったり、監督だったり、チームメイトだったり。立ち止まる自分を見て、放ってはおかないでくれた。再び歩みを進める言葉をくれた。そのおかげで今の自分がある。だからこそ、今度は自分が出会った誰かに手を差し伸べたいと思うようになっていた。
出会いと体験を通して得られる感動や学びは計り知れない
山本選手はラグビーとの出会いがきっかけで、12年前には想像もしなかったであろうニュージーランドでプレーしている。それを作ったのは、先輩の「スパイクひとつあればできるよ」の一言や、監督の「ラグビーを続けるべきだ」といった励ましだ。出会いは可能性を生み、そこで誰かがかけた言葉は、想像もしなかった将来に繋がることがある。
奇しくもちょうど明日(8月23日)は、今シーズン初のチームイベント「スピアーズ夏祭り」が開催される。選手と身近に交流できる企画が満載で、ファンはもちろん地域の方々や子どもたちにチームの魅力を肌で感じてもらおうと企画されたイベントだ。夏休みも終盤の今、この夏祭りを通して忘れられない夏の思い出や、気持ちが明るくなるような出会いがあることに期待したい。
文:クボタスピアーズ船橋・東京ベイ広報担当 岩爪航
試合写真:チームフォトグラファー 福島宏治
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