【ママさんバレーボール】白いボールを追いかけて⑪愛知編(後編)「隣のコートにいる未来の自分へ」 ~ママさんバレーの祭典:第56回全国ママさんバレーボール大会、第30回全国ママさんバレーボールことぶき大会、第10回全国ママさんバレーボールおふく大会

チーム・協会

70歳以上のおふく大会で全勝したのはモモおかやま 【プロフォートサニー】

バレーへの情熱の根っこ

 年齢制限のない「第56回全国ママさんバレーボール大会(全国ママさん大会)」を中心に年齢別の「第30回ことぶき大会」「第10回おふく大会」を同時開催した「ママさんバレーの祭典」(全国ママさんバレーボール連盟主催、朝日新聞社など後援)。競技日程は全国ママさん大会の間に、「大先輩」たちがボールを追うおふく大会の試合が挟まれる形式だったが、全コートを見通してもひと際目立ったのが、71歳の柴田まち子さん⑥だ。179センチは全参加選手の中でも最長身。所属チームのリンダ(岐阜)は2勝2敗で、2敗もセット1-1の結果、得点数での敗戦。ネット上に手を伸ばせる高さでチームをけん引した。
 岐阜県内の公立高校を卒業後、181.5センチの長身を買われて西日本の実業団入りした。女子選手の大型化が進んだ時代で、全日本で活躍した白井貴子さんは同年代。「背が高いばかりで53キロとひょろひょろ。スカウトされたプレッシャーに押しつぶされそうでご飯も喉を通らなかった」と振り返る20代前半は、無我夢中で白球を追った。そのがんばりが膝の負傷につながり、20代中盤で一線を退いて帰郷。結婚後、30代半ばでの国体2部出場をきっかけに、ママさんバレーの舞台に本格的に上がった。生まれ育った羽島市のチームで全国ママさん大会にも出場し、ママさんバレー歴30年近くで、いまだ現役。「膝がぼろぼろで、いつまでもつか」と笑うが、コートに立つ意欲は衰えない。「技術がない分、人の3倍、4倍は練習した」という研鑽が、バレーへの情熱の根っこでもある。

長身からアタックを決めるリンダの柴田さん 【プロフォートサニー】

「デュース」はまだ続く

 柴田さんら200人の70歳超選手が参加したおふく大会で唯一の4戦全勝を飾ったのが、岡山のモモおかやま。3勝同士の対決になった刈谷エース(愛知1)との最終戦に快勝した。岡山市内の選抜チームとしてこの春に始動。各チームでの豊富な経験を持ち寄り、サーブ、レシーブ、アタックと三拍子そろった好チームができた。平田信子監督は、「楽しくバレーをやろうが合言葉。各チームから一人、2人ほどの寄り合いですが、チームワークがいいので、一日でも長くやりたい」。その願いは、12月に各年代のチームが地域ごとに集う地元岡山でのグレースカップ出場でかなう。
 メイン会場の隣のアリーナBで2日間の熱戦を展開したことぶき大会にも、次に向かうチームがあった。鉄路で一宮市にやってきた秋田あすかドリームだ。以前、空路が乱れて開会式に間に合わないという痛恨事があり、東京で新幹線を乗り継いだ。笑顔の入場行進の後、初日は2勝で好発進。2日目は花みずき(兵庫)に第2セット終盤、19点で追いつきながら、粘りおよばず敗れた。「あと一息でサーブにやられた。悔しいっ」とキャプテンの石戸谷文子さん①(65)。市内の65歳以上のメンバーで2週間に一度、練習を重ねてきた。2日目は2敗に終わり今回の全国舞台は悔しさが残ったが、9月初旬に地元であるグレースカップに出場予定だ。祭典のデュースはまだ続く。

ことぶき大会で強さを見せたしろまる姫 【プロフォートサニー】

 ことぶき大会で圧倒的な強さを見せたのが、姫路市から参加したしろまる姫(兵庫1)で、4試合の合計失点65で4戦全勝。キャプテンの名田薫さん⑤(65)がフロントでアタック、トス、ブロックと、174センチの高さと巧さで文字通りチームを引っ張った。名田さんは岡山県出身で県内の高校を卒業後、神戸市のNTTでレフトオープンとして活躍。結婚して移住した姫路市のママさんチームでは、セッターでプレーしてきた。「混成ですが、姫路市のある西播地区内では気心の知れたメンバーです」と涼しい顔。最終戦は2セットとも一桁失点で終え、4試合で1セットも落とさずにフィニッシュした。
 その試合でコート脇のスタンドからチーム全員でエールを送っていたのが、同じ姫路市から参加して全国ママさん大会で4強に進んだ網干クラブ(兵庫2)だ。

前監督への思いで好勝負に

 グループ戦初戦で秋田に快勝した網干クは、勝ち上がりのかかった岡山2戦が第1セットを先取して迎えた第2セットでデュースにもつれ込む大接戦。白熱のラリーの末に24-22で振り切った。「チーム全員の思いを届けようと懸命でした」とレフトで攻守に奮闘したキャプテンの石田祐子さん②(49)。選手全員の胸にあったのは、長くチームを率いながら全国切符を手にできないまま、4年前にがんで亡くなった前監督への思いだ。頂点まであと2勝まで迫った準決勝は、準優勝した修学院(京都)相手に2セットとも中盤まで競り合いながら、サーブで抜け出されて落とした。四海恭子監督は「いつも楽しくバレーをやろうと言ってきたのですが、気持ちが入りすぎてしまったかもしれない」と振り返った。
 恩師への思いとともに、監督、キャプテンが口を揃えたのが、兵庫県の連帯の力だった。ことぶき大会で強さを見せた先輩格のしろまる姫の戦いぶりは、未来の自分たちの理想像でもある。自分たちにとって勝負の準決勝の前に声援を送り、頼もしい姿を目に焼き付けた体験が、「実力以上のものが出せた」(四海監督)という好ゲームにつながった。
 それこそ各年代が一堂に会する祭典の産物に、ほかならなかった。
※年齢はすべて大会登録時 、大会記録は下記公式サイトへ
取材・文/伊東武彦

網干クは前監督への思いでまとまり勝ち進んda 【プロフォートサニー】

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著者プロフィール

バレーボールを通して会員の心身の健全な発展と、その輪の広がりを願いあわせて、社会的価値のあるものとして生涯スポーツに導くことを目的としてガイドラインの設定と各種大会の運営を行っています。

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