“日常に開かれたスタジアム”とは?スマート・ベニューが変える都市と地域の未来-行政から民間へ。スタジアム・アリーナ改革は都市と地域をどう変えるか?

びわこ成蹊スポーツ大学
チーム・協会
全国で進むスタジアム・アリーナの新設・改修は、単なる施設整備ではなく、スポーツ政策、都市計画、地域経済、観光振興やまちづくりなど、多領域にまたがる戦略的な取り組みである。なかでも注目されるのが、観戦にとどまらず、買い物や飲食、イベントなど多様な用途を備えた「スマート・ベニュー」という次世代型のスタジアムである。
びわこ成蹊スポーツ大学では、スポーツ政策・産業・観光の専門家によるスマート・ベニューの意義と可能性を探るクロストークを開催した。『エスコンフィールドHOKKAIDO』や『長崎スタジアムシティ』といった先進事例をもとに、スポーツを起点とした都市・地域づくりの最前線を共有したものである。
本企画には、同大学の学生チーム「プロスポーツコアチーム」が企画・運営に参画した。理論と実践を結びつける教育の一環として位置づけられ、学生主体による学びの場としても意義深い取り組みとなった。

▲左から、吉倉秀和氏、間野義之氏、明世熙(ミョン・セヒ)氏、びわこ成蹊スポーツ大学プロスポーツコアチーム学生。学生主体で企画運営に携わり、教育実践の場としても展開された。 【提供:びわこ成蹊スポーツ大学】

民間主導への転換と政策的背景

かつて、サッカー場や体育館は、国民体育大会(現・国民スポーツ大会)の開催や招致を中心とした行政主導で建設されてきた。競技性のみを重視した設計は、観客体験や収益性の観点では課題が多く、プロスポーツチームの興行には不向きな面もあった。
同大学研究科長の間野義之氏は、こうした状況の変化について次のように語る。
「少子高齢化による財政制約の中で、行政が単独で施設整備を担うことは困難となった。民間資本の活用が不可欠となり、スポーツ産業の自立と収益化が進む中で、プロチームが自ら施設を建設・運営する流れが加速している。」
この民間主導の潮流は、スポーツ庁と経済産業省が推進する「スタジアム・アリーナ改革」政策とも連動しており、地域活性化や都市再生の手段としても位置づけられている。

多機能化と「選ばれる施設」への設計思想

このような施設には、単に競技を行う場としての機能にとどまらず、アクセス性、演出力、汎用性など、多様な要素が複合的に求められる。
同大学准教授で元・経済産業省スポーツ産業室長の吉倉秀和氏は、「施設がプロスポーツチームにとって収益源となるだけでなく、地域住民にとって日常的に利用可能な場であることが重要。ジムやカフェ、イベントスペースなどを併設することで、365日稼働する施設となることで価値が高まる」と述べる。
また、元・福岡ソフトバンクホークス職員で、現在は同大学専任講師としてスポーツビジネスと観光を研究する明世熙氏は、「近年の施設は、テナントが自由にカスタマイズできる設計が主流である。ライブイベントや地域行事など、スポーツ以外の用途にも対応できる汎用性が、施設の稼働率と収益性を左右する」と、設計段階から収益性と柔軟性を両立させる工夫が必要であると指摘する。

セレッソ大阪のホームスタジアム「ヨドコウ桜スタジアム」。地域との共生と多目的化を両立した都市型スマート・ベニューの先行例。 【提供:吉倉秀和准教授】

地方都市におけるスマート・ベニューの可能性

地方都市においても、スマート・ベニューの導入が進んでいる。『エスコンフィールドHOKKAIDO』や『長崎スタジアムシティ』は、インバウンド需要や地域コミュニティ形成を軸に成功を収めている。
明氏は「地方では人口密度が低く、集客が課題となるため、観光資源との連携や多機能集約による地域拠点化が鍵となる。『長崎スタジアムシティ』では、ホテル・商業施設・オフィスを併設し、日常的な利用を促進している」と述べる。
吉倉氏は、SNSやバーチャル技術の活用によって施設の魅力を拡張する可能性について、「インフルエンサーによる発信やVR体験が、若年層の共感を呼び、来場のきっかけにつながる。チームや施設の情報発信力が、集客とブランド形成に直結する時代である」と語る。

長崎スタジアムシティ内「パピネスアリーナ」。一部スタジアムの24時間開放や地域住民の利活用を取り入れた、日本型スマート・ベニューの象徴的施設。 【提供:吉倉秀和准教授】

アスリート支援と「日常に開かれた施設」の思想

施設設計においては、観客だけでなくアスリートの視点も重視されている。間野氏は、選手のモチベーションや回復を支える設計思想について「長崎スタジアムシティでは、観客席とピッチの高さが同じで、最前列との距離がわずか5m。選手にとっても臨場感が高まり、プレーの質にも影響する。さらに、ロッカールームや交代浴設備、家族応援スペースなど、選手の心理的・身体的ケアを支える導線設計が施されている」と語る。
加えて、日本型ともいえるスマート・ベニューの特徴として「日常に開かれた施設」という概念を強調する。「『長崎スタジアムシティ』では、スタジアムの一部が24時間開放されており、地域住民が朝の散歩や仕事の合間に立ち寄ることができる。ピッチ横のコンコースでノートパソコンを開いて仕事をする人もいる。こうした“公園のようなスタジアム”という発想は、治安の良い日本だからこそ実現できるモデルであり、地域に根差した新しい公共空間のあり方を提示している」と述べる。

地域と産業をつなぐ未来のハブへ

全国で進むスタジアム・アリーナの新設・改修は、スポーツを核とした地域創生と産業振興の戦略的展開である。政策的には、民間資本の活用による持続可能な都市機能の再構築が求められ、設計面では、収益性・汎用性・公共性を兼ね備えたスマート・ベニューが主流となりつつある。
施設は観客や地域住民だけでなく、アスリートの支援環境としても進化しており、体験価値の向上がスポーツの社会的意義を拡張している。日本型モデルとしての「日常に開かれた施設」は、地域に根差した新しい公共空間のあり方を提示しており、今後の国際的展開にも注目が集まる。スタジアム・アリーナは、スポーツの舞台を超えて、都市と人をつなぐ未来のハブとして、その可能性を広げている。
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著者プロフィール

2003年に開学した我が国初で唯一の「スポーツ」を大学名に冠したパイオニアが、その役割を全うすべく、「スポーツに本気の大学」を目指し「新たな日本のスポーツ文化を創造する大学」として進化します。スポーツを「する」「みる」「ささえる」ことを、あらゆる方向から捉え、スポーツで人生を豊かに。そんなワクワクするようなスポーツの未来を創造していきます。

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