106秒の献身|日本代表テストマッチレポート

静岡ブルーレヴズ
チーム・協会
北村 瞬太郎がピッチに入ったとき、スコアボードの電光時計は78‘14を示していた。

7月5日午後、北九州市のミクニワールドスタジアム。日本代表の今季初テストマッチにして最大のターゲット、ウェールズ代表との第1テストマッチは終盤を迎えていた。

残り時間は106秒。スコアボードの数字は24-19。日本のリードは5点。

レヴニスタが待ちわびたその瞬間

世界のラグビー界に名を轟かせてきた伝統国ウェールズからの勝利は目前。とはいえ、トライとコンバージョンを決められればワンチャンスで逆転される可能性もある。そんなヒリヒリする場面で、北村は初めてのテストマッチの戦場に投入された。

78分、その時はやってきた 【Photo by Yuuri Tanimoto】

「もちろん緊張しました。でも、それよりも嬉しさが勝っていた。代表で試合に出られることなんてなかなかないと思う。本当に、2分でも3分でも80分でも、テストマッチに出られたことに変わりはないですから」

サッカーでは本番前の腕試しといったニュアンスになる「テストマッチ」だが、ラグビーにおいては本番そのものの意味だ。ナショナルチーム同士が一切の言い訳なしに全力をぶつけあう戦いが「テストマッチ」。そこでプレーすることは、ラグビー選手にとって最高の栄誉だ。

だからこそ、北村の体を緊張と喜びが同じくらいの強さで貫いていた。

過去にはリザーブまで入りながら出場に至らず、キャップを獲得できなかった選手も少なくない。だからこそ、勝利を勝ち取るために全力を尽くす。北村に課せられたミッションは「逃げ切り」だった。

ウェールズのトライラインドロップアウトから始まった最後のシリーズ。日本代表のフォワード(FW)がボールを支配するたびに北村は密集に駆け寄り、13回のパスを投げた。そのうち11回は、北村のパスを捕った選手がそのまま相手とクラッシュ。密集を作り、相手が腕を伸ばしても届かないところでボールを守り、慎重にリサイクルし続けた。

慎重に投じた13本のパス 【Photo by Yuuri Tanimoto】

これは「ボールキープ」と表現される、見栄えなど気にしない、一般的にファンは喜ばない戦法だ。それが許されるのはなりふり構わず勝ちを取りに行くのが当たり前の舞台。つまり決勝=ファイナル。だからこの戦術は"ファイナルラグビー"とも呼ばれる。

それが当てはまる、ファンも許す舞台はあと二つある。ひとつは入替戦。そしてもうひとつがテストマッチ。

だが"ファイナルラグビー"はたやすい世界ではない。相手はわずかな可能性にかけてボールを持った選手に襲い掛かる。パスを捕った瞬間、相手タックラーはボールを奪おうと胸ぐらに食らいついてくる。スクラムハーフ(SH)からのパスが少しでも乱れればターンオーバーまたはペナルティーが待っている。"ファイナルラグビー"において、SHの責任は重大だ。

「一球一球に、すごく重みがありました」と北村は、少し顔を上気させて言った。

北村が捌いた13本のパスのうち、バックス(BK)の選手に投じられたのはスタンドオフ(SO)の李承信に送られた2本だけ(うち1本は試合を終わらせる最後のパスだった)。残りの11本はキャプテンのリーチ・マイケルらFWの選手に送られ、パスを捕った選手はそのまま相手タックラーにクラッシュして、大切にボールを守った。

「汗でボールが滑るので、しっかりグリップすることを意識して、一球一球を投げました」

逃げ切りを図ることは、ピッチに入る時点で決めていたという。

「試合の前にスンシンさん(李承信)と話してたんです。『リードしていたらボールキープして逃げ切ろう』と。だからピッチに入った時には、スンシンさんとアイコンタクトして、肚は決まっていました。だから落ち着いてやれました」

迷いはなかった。
それが、隙のない、無駄のない、集中しきったパフォーマンスを可能にさせた。

日本代表初キャップにも落ち着きを見せた 【Photo by Yuuri Tanimoto】

こうして日本代表は106秒間ボールを守り続け、タイムアップのホーンが鳴ると同時に北村の13本目のパスを受けた李がタッチへ蹴りだし、試合は終わった。

24-19。

日本代表にとって、史上2度目のウェールズからの勝利。上位国からの勝利は2019年ワールドカップでのスコットランド撃破以来6年ぶりだ。日本代表の選手たちは、酷暑の中でミクニワールドスタジアムを埋めた満員の観衆とともに喜びを爆発させた。

「ラグビー人生で忘れられない一日になりました」

この日も貫いた戒め

リーグワンの新人賞を獲得する活躍を見せた昨シーズン中、トライを重ねた北村は何度もメディアから同じような質問を受け、そのたびに同じことを答えた。

「藤井監督に『自分本位のプレーは絶対するな、次にやったらもう一生使わない』と思い切りダメ出しされました」

その戒めが、この日も北村の体を貫いていた。

「最後に逃げ切りを図った13フェイズの間、突破のチャンスを狙う気持ちは?」と聞かれた北村は即答した。

「一切なかったです」

初キャップ、テストマッチ初勝利を掴んだだけではない。北村 瞬太郎は、インターナショナルの舞台で、課された役目を忠実に果たして勝利を掴めるSHであると証明した。

106秒間に投じた13本のパスは、これからの北村のキャリアに、ブルーレヴズの未来に、きっと光をもたらす。

【Photo by Yuuri Tanimoto】

(大友信彦|静岡ブルーレヴズ公式ライター)

大友 信彦(おおとも のぶひこ)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

JAPAN RUGBY LEAGUE ONEに参戦している静岡ブルーレヴズ(旧:ヤマハ発動機ジュビロ)の公式アカウントです。 「静岡ブルーレヴズ/SHIZUOKA BlueRevs 」というチーム名には、変わらない為に変わり続ける、伝統を受け継ぎ、なお「革新」を恐れない精神を象徴する “Blue” と、困難な目標にワクワクして挑み、高ぶる「情熱」を象徴する “Revs”が、一体として込められています。また、ホストエリアとなる「静岡」に貢献し、愛されるチームとなるべくその名を冠しています。 いままでヤマハ発動機ジュビロとして築き上げてきた伝統や技を活かしながらも、新たな挑戦とともに静岡から、心躍る最高の感動を世界へと届けていきます。 静岡ブルーレヴズの活躍にぜひご注目ください。

当サイトには一部アフィリエイトリンクが含まれています。

リンクから商品・サービスをご購入いただいた場合、スポーツナビに収益が発生することがあります。

新着記事

編集部ピックアップ

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着コラム

コラム一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント