日本初のバレーボール専用コートも。塩漬け地から一転、年間100万人が訪れる岩手県紫波町の起死回生劇
税収激減で再開発が頓挫のピンチ
実はこの場所、紫波町が再開発用に28億5000万円で取得した10.7ヘクタールもある広大な土地だった。しかし、その後の不景気などから町の税収が減り再開発は頓挫。10年近くも活用されずにいた。
行政もお金を稼ぐ時代
「オガールの魅力のひとつは、公と民が連携してお金を使うのではなく、一緒にお金を稼ぐ方向を向いているということです」
と話すのは、オガールの運営をしているオガール企画合同会社の代表小川翔大氏。小川氏自身、オガールの魅力に惹かれ5年前に福岡県から家族で移住したそうだ。
「僕は以前、広告代理店に勤めていたのですが、自治体との仕事は、国の補助金や税金をベースにするのが一般的で、それが当たり前だと思っていました。間接的だとしても税金を使うからこそ、行政と一緒に正しい使い方をしなくては、という意識を常に持っていたんです」
しかし、小川氏はオガールプロジェクトを知って、お金を正しく使うことと、お金を稼ぐことはイコールではないということに気付いたそうだ。
「行政の方々は、その地域が発展するために、お金を正しく使うことにはとても長けています。たとえば、あるイベントをするとしたら、相見積もりをとって、一番安いところに依頼するとか、そのイベントにかかった費用を全部開示するといったことです。それはとても大切なことですが、税収が減っている時には使い方にプラスして、お金を稼ぐことも考えなければ町は成り立たない。要はお金をもらうだけでなく、お金を稼ぐというスタンスを行政が持つことが大事になってくる。でも普通は行政がそんなことをするなんて、あり得ないと思っていたんですが、それをやっているエリアがあるという話を耳にしました。それが紫波町のオガールだったんです」
なぜ日本初のバレーボール専用コート?
「たとえばバレーボール専用コートを作ったのは、他に競合がいないということも理由のひとつです。野球やサッカーは競技人口が多いですが、その分全国にグラウンドがあるので誘致が難しい。そこで日本初のバレーボール専用コートを作って、オリンピック代表選手など、全国から合宿に訪れていただいています」
こうした針の穴くらい小さな市場を集中的に狙うアプローチを「ピンホールマーケティング」という。オガールアリーナはまさにこうした戦略が功を奏しているのだが、単にマーケティング力だけでなく、そこに「共感」が加わったことが重要だと小川氏は言う。
オガールプロジェクトの発案者でもあり、オガール代表取締役社長の岡崎正信さんは、中学時代からバレーボールに熱心に取り組み、現在は岩手県バレーボール協会常任理事を務めている。
「ただ、残念ながらバレーボール経験のない僕たちがその意思を同じように継いでいくには限界があります。その代わりに各分野のプロフェッショナルが集まっているので、バレーボールで来た人たちが宿泊をするときの最適な宿泊体験とはどんなものなのかを考えてくれるホテルの支配人がいたり、どういう食事を提供すれば選手に喜んでもらえるかを考えてくれる飲食店の人がいたりします。そうやって各自が自分たちの分野で貢献できることは何だろうと考える『連鎖的な意識の共有』ができているところが、オガールの魅力の一つだと僕は思います」
駐車場ではなく、あえて地元民の憩いの場を
「たとえばオガールの中心にある広場は、当初は駐車場になる計画でした。より多くの人に来ていただくには、その方がいいですから。でも、紫波町に住んでいる人たちがそこで座って楽しく話をしていたり、小さい子どもがボールを使って遊んだりといった風景を作ることができれば、安心安全な町になるんじゃないかという思いがあったから、あえて広場にしたのです。人々の笑い声や話し声があるってとても心地がいい。つまり、ランドスケープ(風景)だけでなくサウンドスケープ(音風景)も自分たちで作っていかなくてはいけない。それは、一見直接的な利益に結びつかないのかもしれないけれど、人は最終的には居心地のいい空間に帰結するということを信じようという思いがあったから。そういう思いをオガールに関わるみんなが知っているから、自分たちの分野で何をすればいいのかという、答えを各々が持つことができていると思います」
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取材中、小川氏は何度か「ストーリー」という言葉を口にした。それは小川氏をはじめオガールのスタッフの皆さんが、この場所がどんなふうになれば、人々が幸せになるかというストーリーを思い描いているからだと思う。オガールアリーナは合宿の他、バレーボール男子日本代表の国際親善試合などに利用される一方、この場所を拠点とした子ども向けのバレーボールアカデミーが発足。いつか、このアカデミーを卒業した子どもたちが、日本代表として活躍する日がくるかもしれない。オガールは、そんな明るい未来のストーリーを想像させてくれる場所だった。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:オガール企画
※本記事はパラサポWEBに2025年5月に公開されたものです。
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