【ママさんバレーボール】白いボールを追いかけて⑩岡山編 全国で団結知ったファミリー集団の新鮮な明日 フレッシュ大元(岡山市)
スポーツ少年団と併存して半世紀
市内でも男女のバレー、卓球、ソフトボールなどのスポーツ少年団(スポ少)が盛んな地区で、現在のチームにもスポ少の女子バレーボールチームの出身者が5人いる。つまり、小学生からのチームメートが数十年におよぶ友情の絆に結ばれているということ。まるでファミリーのようと仲の良さを持ち味としてアピールするチームは数多いが、母子2組がいることもあり、長年育まれたチームワークの良さは折り紙つきだ。
バレー経験がないまま幼稚園の「ママ友」の誘いで6年前にママさんバレーを始めた横田有紀さん(43)は「学生時代にやっていたのはテニスで、チームスポーツは初めてでしたが、難しいからおもしろい」と話す。おもしろく感じるのも、新参を気持ちよく受け入れてくれる雰囲気があったから。加入当時を振り返って「敷居の高さはまったく感じませんでした」と話す横田さんは、大会登録などの事務仕事を任されている。
Vリーグ指導者の下での猛練習
小学校3年の3学期に香川県高松市から大元小に転校した小林佳苗さん(41)は、教室で声をかけられたことからバレーボールを始めた。声の主は同級生の池田紋さん(同)で、現在のチームのキャプテン。意気投合した2人は同じ岡山南高に進んだ。社会人になり20代後半で玉野市の6人制のチームで再びコンビを組み、30代で大元のチームメートに。小林さんは切れ味鋭いスパイクをレフトから繰り出し、エースとして活躍する。
チームが変わったと2人が口を揃えるのは、6年前に奈良県橿原市であった全国ママさんバレーボール大会だ。その1年前、現在Vリーグで指揮を執る男子指導者の下で体力がアップ。大会ではブロック優勝を飾った。現在チームを率いる大岡真智子監督(67)、山本信子副監督(68)ら現ベテラン世代が平成時代に県予選決勝で「あと2点」から逆転で敗れて全国切符を逃した雪辱を果たした。
初の全国舞台での戦いは、チームの団結力を一層強めた。ムードメーカー的存在でレシーバーの森下郁(かおり)さん(44)は、良い攻撃につなげるためにセッターが上げやすいレシーブを、と心がけてきた努力が報われ、「全国大会はやりがいを感じたし、感動した」と話す。池田さんも言う。「大会前の1年はママさんバレーとは思えない猛練習でしたが、そこで鍛えられたことと、全国でやれた自信がチーム力になりました」
ただ10年以上不動の布陣で戦ってきて得た手ごたえの分、その後の課題も感じた。「メンバーに変化がなく速攻中心なので、長い展開になると弱い。新しいメンバーを加えてどこかで変化をしていかないと」というのが池田さんの実感だった。
昨年24年秋に冬季大会を改称した「愛・チャンピオンズリーグ」では、優勝した滋賀に競り負けた。大会後、志賀美佳さん(39)と久保佳奈美さん(38)という2人の新戦力が加入した。大岡監督が「久しぶりの新戦力なので期待している」といえば、池田キャプテンは「今までの堅い守りから速攻というスタイルだけでない変化があるかもしれない」と期待する。
転勤族の夫の岡山赴任で昨年、チーム入りした176センチの志賀さんは「試合途中で投入されたときに、流れを変えるポイントを決めたい」と抱負を話す。未就学児を連れてでかけた夏の縁日でチームの存在を知って加入した久保さんは「仲がいいけど、締めるところは締めるチーム。先輩たちみんながお母さんであり、お姉さんのよう」。2人ともチームに溶け込んでいる。
県制覇と中国大会出場で全国に弾みを
世代交代は、全国的な“小ママ化”時代のサバイバルとして欠かせないものになってきている。ファミリー意識の強いフレッシュ大元の場合は、そこにも「らしさ」が。「他のチームを観ていると、ベテランのセッターが出てきて『なんで?』と思うこともありますが、うちのシニアは別。『とにかくあなたたちのやりたいようにやって』と、サポートに徹してくれる。『その代わりにまた全国に連れて行って』って」と池田さんは言う。
シニア世代の一人、チーム最年長の常藤真弓さん(69)は、右ひざに人工関節を入れるなど満身創痍だ。が、昨年チームに10年ぶりにカムバックして、練習ではレシーブ役、試合ではベンチスタッフでもいいと話す。「若いときに全国大会に行けずに悔しい思いもしたので、全国大会や中国大会に行ければ、私もうれしいのです」
半世紀の歴史を超えて次の時代に進むチームの原動力は、コートにいる9人だけではない。ベンチやスタンドにはOGや家族というサポーターの姿がある。スポ少からは男女のバレーボールチームが全国大会に出場を狙い、そのママがフレッシュ大元に数人いる。全国舞台を踏んだ男子小学生のメンバーが将来、女児をもうけ、フレッシュ大元で白いボールを打っている――。
次の50年は、そんな未来であってもいいはずだ。
取材・文/伊東武彦
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