PARTNER of SUNGOLIATH #6 アディダス ジャパン株式会社 アディダスマーケティング事業本部 スポーツマーケティング 山田拓也 シニアマネージャー 『愛に溢れているチーム』
PARTNER of SUNGOLIATH #6 アディダス ジャパン株式会社 アディダスマーケティング事業本部 スポーツマーケティング 山田拓也 シニアマネージャー 『愛に溢れているチーム』
ラグビーのパートナー企業には、一見するとラグビーとは縁がなさそうな企業も数多く存在します。しかし、話を聞いてみると「実はラグビーが好きでした」「昔から応援していました」など、意外なつながりが見えてくることも。
この企画では、そんな企業の人とラグビーの関係を深掘りし、なぜ彼らがラグビーを支援するのか、その背景にある想いを探っていきます。
4回目はサンゴリアス・パートナーとなって23年目のアディダス ジャパン。担当している山田シニアマネージャーにラグビーそしてサンゴリアスの魅力を聞きました。(取材日:2025年5月上旬)
――スポーツマーケティングのシニアマネージャーとなると、スポーツを全部統括されているんですか?
カテゴリーごとの担当がありまして、私はフットボールとランニング以外。なので、チームスポーツで言うと、バスケットボール、ラグビー、野球、あとはオリンピックスポーツ系になります。それにアウトドア、テニスなど、何でもという感じです。
――競技によっていろいろと違いがあるので大変ですね
相当、大変です(笑)。業務量もそうなんですけれど、やはり生もので結果がついてくる世界なので、そこをしっかりと追っていくことがいちばん大変かなと思っています。選手がいつどこで怪我をするか分かりませんし、試合で活躍すれば当然チェックも簡単なんですけれど、もしかしたら悩んでいるかもしれないとか、怪我したとか、そういったところが結構センシティブなので、そこでいかにケアしていけるかということを意識しています。
――日常的に連絡を取っているんですか?
そうですね。契約選手とは用品サポートがベースになるので、用品については絶え間なく連携を取っています。日ごろから着用するアイテムも含めてサポートをしているので、コミュニケーションの量は非常に多いと思います。
――用品については、特にシューズだと思うのですが、「ここがこうなったら良い」という意見は結構出てくるものですか?
選手によりますね。まずは今の商品に不満を持ったままプレーをすることは絶対に避けなければいけないので、そこを合わせにはいきます。特にラグビーの選手は十人十色で、ポジションによって求められるところも違います。私たちにはアスリートサービスという専門部隊もいるので、彼らがスパイクを調整したり、インソールを作ったりなど、細かく対応してくれています。そことも密に連携を取りながら、選手のパフォーマンスを第一に考えていっています。
――例えば、ラグビーの場合だとスパイクのポイントの位置がポジションによって違ったりするんですか?
スタッドが固定されている固定式スパイクの場合は、モデルによってポイントの形状や位置はほぼ決まっているので、それ自体をカスタムすることは少なく、違うモデルを試したりして選手に合うものを見つけていくことはあります。また取り替え式の場合だと、特にフロントローの選手の場合は、選手に合わせて、ポイントの長さの調整まで行うことはありますね。
――オールブラックスのサポートや日本でも何チームもサポートされていますが、そういったスパイクの情報などは世界的に情報を共有するんですか?
アスリートサービスはグローバル管轄の部署でもあるので、本社と情報共有はしています。この部署、施設がドイツ本社、日本、アメリカの3ヵ所にしかなく、オールブラックスが来日した時には、何かスパイクに懸念がある選手をケアしたり、過去には全メンバーが来社し計測をしたこともあります。
――アディダスの中でも日本は重要なポジションにいるわけですね
有難いことにグローバル直下管轄にもなっていますし、日本国内メーカーさんが非常に強い土地柄でもあるので、そこに対するしっかりとしたサービス提供の部分では、優遇はされていると思います。
――サンゴリアスのパートナーのスタートはいつですか?
トップリーグ初年度(2003年)がスタートですね。2002-2003シーズンまでは他社がサポートされていて、いろいろなご縁があってアディダスにブランドチェンジしていただきました。もう20年以上のパートナーシップですね。
――2003年の前からラグビーをやられていたんですか?
アディダス ジャパンが設立されたのが、1998年。それまではデサントさんがライセンスを持っていて、もちろんラグビーも展開はあったと思うのですが、ちょうどアディダスが1998年にオールブラックスと契約をしています。それをきっかけにラグビーの強化、拡張が始まっていたと思います。それで2003年にトップリーグも出来るということで、サントリーさんと神戸製鋼さんのパートナーになったのが始めです。今現在ディビジョン1のチームは、リコーさんも含めて3チームですね。
――それだけ昔からサポートされていて、今もオールブラックスも日本のチームも続いているということは、やはりやって良かったということでしょうか?
もちろん、これだけ長い期間継続する中では紆余曲折というか、契約状況が不安定だった時期も、正直ありました。関係性やサポート内容なども若干変わりながらも、何とか会社としては維持しましょうという形で続けてくることができています。
――継続していく中での一番のチャレンジポイントだったところはどこでしょうか。
トップリーグ、リーグワンといういわゆるリーグへの期待値に対しての実際にあったビジネスインパクトや市場の拡大にギャップがあったことはちょっと大きかったと思います。もうひとつは、ラグビービジネスで考えた際に、スパイクがある程度売れていかないとスポーツメーカーにとってはビジネスの基盤になっていかないんです。買い替え需要であったり、ある程度の一定ユーザー層を確保しなければいけませんので。チームへのサポートや投資はブランディングやイメージ戦略の目的も大きいですが、最終的にはそこにつなげていくことも大事。そんな中でなかなかラグビースパイクにビジネス規模が出てこなかったということもありました。
――ラグビースパイクを販売する上で難しかった部分は?
これはメーカーとしてのジレンマとも言えるんですが、サッカーのスパイクも多く展開しているので、ラグビースパイクのどこに優位性を持たせるかという部分でいくと、ラグビーは当然ながらコンタクトも激しく、踏まれたりもする中で、それをカバーするためにハイスペックというか、機能を持たせすぎてきたんです。そうすると重たくなってしまうとか、肌当たりがちょっと硬いとかが出てきてしまっていたのも正直ありました。ただ今は、素材自体も進化しつつ、全世界のラグビーが、フォワードを含めてスピードラグビーになってきていて、スパイクもいわゆる軽量モデル化が進み、多くの日本人選手に合いやすくなってきています。
――サッカーもそうですが、基本スパイクは選手自身が自由に選べるため、ウェアはアディダスでスパイクは他社のものを履いていたりします。そこへの割り切りはどうですか?
そこは良いポイントで、選手、コーチからすると選手のパフォーマンスに直結する部分なので、フリーにして欲しいということがベースとしてあります。ただスポーツメーカーとしては、おっしゃる通り、たくさん履いてもらいたいということがあるので、契約に入れる入れないというせめぎ合いがあることはしばしばありますね。
1つの例としては、オールブラックスは靴まで契約に入っています。そのため、全員がアディダスを着用しています。個人で他社と契約している選手でも、代表の活動時にはアディダスを履かなければいけないんです。僕らとしても日本のチームともそこまで契約したいという思いはありますが、選手のパフォーマンスのことを考えると、基本的にスパイクの契約はフリーにしつつ、リクエストがあったり、主力の選手や将来有望な選手に対しては、こちらからご提案できるような体制は整えているという感じです。
――アディダスを選ぶ選手たちから、「ここが良い」という意見も上がってきますか?
もちろん、スパイクやトレーニングシューズなどの用品に対しての評価もありますが、ある程度、若い頃の経験があるとアドバンテージになるような気がします。過去に履いた時に良かったというイメージがベースにあれば良いですし、逆に履いたことがないということはひとつのバリアになってしまう。あとは単純にブランドが好きという、スパイク以外のブランドイメージが良いということもあったりします。
――1競技だけでなく、全体のイメージもあるんですね
そうですね。そこは大事にしているところで、いろいろなカテゴリーがありますし、ファッションもありますし、いかに幅広い層にタッチできるかがブランドとしての強みでもありますね。
――不安定な時期を越えて、改めて今サンゴリアスとの繋がりで良かったと思うところは?
ひとつはこれだけ長くパートナーシップを結べている例が、全世界を見てもあまりありません。もちろんサンゴリアスの良さは数えきれないほどありますし、企業の良さもある中で、シンプルに相性がとても良いと思います。マーケティングで協業をしたり、例えば公式ジャージを作ったりしても、本当に良いイメージの波及効果が得られると思っています。
――チームが強い時と弱い時で影響はありますか?
正直、たくさんのチームと契約をしているわけではないので、強くあって欲しいということが大前提としてはあります。そこはスポーツメーカーとしてですね。もちろん結果がすべてではないんですけれど、勝つことでの影響力やり露出効果は、ビジネス面では非常に重要なところではあります。
――今シーズンについてはいかがでしょう?
なかなかコメントが難しいですね(笑)。実は私は前職でラグビーマガジンの編集をしていたこともありまして。私自身はラグビーをやっていたわけではないんですが、その時代から距離が近い方々も多いですし、今も直接選手と接する中で引いて見るというよりも、中にいる気持ちで見ています。いろいろな状況が難しいんだろうなとは思いますし、何よりもラグビーって本当に難しいスポーツだなと。人数も多いですし怪我も多い中で、一筋縄ではいかない。いわゆる伝統やチームカラーを遵守しなければいけない部分と、何か起こった時に対応しなければいけないジレンマがあると思います。そこは本当に難しいなと思いますね。
――接戦の多いリーグワンのラグビーを見ていてどうですか?
それは本当にリーグにとって良い状況かなと思います。プレーオフに進出するのが6チームに増えましたけれど、そこに進出する可能性があるチームも多くて、底上げが出来ていると思いますし、拮抗する試合が多くなっているので、どの試合を見ても面白いということは、リーグにとってプラスですよね。
ただ、欲を言うと、それを見てくれる人が増えてくれるともっと最高ですよね。例えば放映権ひとつとっても、もっと拡散していくような後押しがあった方が良いと思いますし。私はバスケットボールも担当していますが、バスケではどんどんハイライト映像が拡散されるようになってきています。ラグビーは本当にエキサイティングで熱いプレーが多いので、そういうことを見ることができる機会が多いと良いなと思いますね。そこで私たちが一緒になって、サンゴリアスや他のチームと、もっとファンを作っていく活動をしていきたいと思っています。例えばサンゴリアスvs.スティーラーズ戦をもっとクローズアップして、アディダス・ダービーなどが出来たら良いですね。
――山田さんご自身のスポーツ歴は?
体操競技をやっていました。早稲田大学で体操をやって、24歳頃までは大学所属でコーチと兼任でやって、そこからアメリカにもコ―チで行って、日本に戻ってきてベースボール・マガジン社に入りました。
――体操の得意種目は何でしたか?
跳馬と鉄棒ですね。周りの選手よりも少し背が高くて大変でした。
――子どもの頃から体操競技を?
少し遅くて、小学5年や6年の時から始めました。
――体操の面白さは何ですか?
日々、何かしらステップアップしていけるところですね。
――毎日やっていて分かるものですか?
分かります。もちろんダメな時もありますけれど、勉強みたいに出来るというか、このやり方してダメだったらこっちのやり方をしてみようとか、基本的にひとりでやる競技なので、自分でコツコツやれることが楽しいと言えば楽しいですね(笑)。いまチームスポーツを見ていて、違う楽しさを知っておけば良かったなと思いますけどね(笑)。
――いわゆるゾーンに入った経験はありますか?
あったと思います。比較的に体操はゾーンに入りやすいんだと思います。入るための訓練をするというイメージですね。他者の影響もなくて同じ器具で演技をするので、自分の世界に入りやすいんです。器具が身体に馴染んで、何も心配なく演技ができるという感覚です。
アマチュアスポーツの体操ではご飯が食べられなかったので、スポーツで生きていくためにまずは幅広く見たいと思い、メディアを志望していたんですが、、大学をすでに卒業していたので全然決まらず、ようやく縁あってベースボール・マガジン社に拾ってもらいました。体操の雑誌が無かったので作りたかったんですがそれは全然叶わず、週刊ベースボールやラグビーマガジンをやらせていただきました。
――野球も面白かったですか?
実は少年野球をやっていたので、すごくエキサイティングでしたし、楽しかったんですが、扱う人も多かったですし、メディアの数も多かったんですよね。なかなか入り込みにくかった部分はありました。そんな中でラグビーの仕事をした時に、まったくラグビーは分かりませんでしたが、皆さんがウェルカムというか、とても良い方が多くて歓迎していただいて、どこに行っても優しくゼロから教えてくれましたし、魅力を教えていただいたので、ラグビーにすごくハマりましたね。
――そこで感じたラグビーの魅力や面白さは?
やはり一番は人と人との繋がりですね。あれだけの大所帯で、ひとつのボールとひとつの目標に向かってやっていて、体操でも団体競技はありますけれど、ラグビーを見ていて、全く別ものだし、チームスポーツの究極だと思いましたね。
――体操に縛られずチームスポーツをやっていれば良かったと思いますか?
その中に入ったらどんな感じなんだろうとか、どういう振る舞いをして、どういうポジションになるんだろうとは常に思いますね。本当に魅力的が多いですよね。編集者時代、いろいろなところに訳も分からず取材に行く中で、関西の大学も担当していました。当時、天理大学さんに取材に行って、正直訳も分からずいろいろと話を聞き、帰りの新幹線で録音したテープを聞いたら、まったく声が録れていませんでした。実は、夏だったので扇風機の音でかき消されてしまって、何回聞いてもザーという音しか聞き取れませんでした。取材のときのメモも取っているふうで取っていなかったので(笑)、さすがに無理だと思い、監督に電話をして、もう一度取材をさせていただきました。
そこでも優しいんですよ。「仕方ないですよね」と言ってくださって対応してくれました。ラグビーに関しては、そういうエピソードがたくさんあります。その時に出会った方々とはいまでも繋がっていて、またこうして同じ世界にいられるのは幸せですね。
――今の仕事ではラグビーも野球もやられていて、幸せですね
幸せですね。
――ベースボール・マガジン社の後にアディダス ジャパンに入られたんですか?
ベースボール・マガジン社の後に、少しだけ別の仕事の可能性もあったんですが、独立に近い形だったので、経験値に不安を感じまして、もう少し勉強の意味でも今度は幅広く、ワールドワイドにスポーツを見られるところを探している中、アディダス ジャパンに入ることになりました。
――アディダス ジャパンに入って、今は何年目ですか?
13年ですね。最初の5年は営業をやっていました。ファッション流通のセレクトショップなどを担当していまして、トレフォイルのロゴで知られるアディダス オリジナルスを主に扱っていました。その後はスポーツ量販店などを担当した後に、いまのスポーツマーケティングという部署に異動しました。主に選手やチームの契約、サポート、マーケティングなどを担当しています。
――今の仕事は面白いですか?
もう、止まらないですね。やっぱり私たちの仕事は既存のサポート、マーケティングもそうなんですけれど、次世代の選手との契約や育成も含めてやっていきたいと思うと、キリがないですね。若い世代の選手へのアプローチに関しては、バスケでは自分たちで若い世代のキャンプをやったり、その中から海外に連れて行ったりもしています。
かと思えば、まったく違う競技の選手のサポートしたり、パリで行われた4年に一度の世界的なイベントの時には、柔道の阿部兄妹をはじめ、、ホッケー、カヌー、フェンシングとか…。やることが止まらないです(笑)。
――今後、ラグビーや東京サンゴリアスでこうしていきたいということは?
もちろん、チームと一緒にマーケティングなどを積極的にやっていきたいですし、もう少し競技の垣根を越えて、いろいろなことができれば良いなとも思っています。私たちもいろいろな競技の選手を集めてイベントをやったり、選手同士につながってもらったりしているんですが、スポーツファンは他の人よりは他のスポーツのファンになりやすいと思うので、もっともっと垣根を越えた、もっともっとラグビーの魅力を一緒になって伝えていければ良いなと思います。リーグ自体の発展などは、なかなかこちらから何かすることは難しいかもしれませんが、そこじゃない部分でいろいろと貢献していければと思っています。
――ラグビーにはまだまだやることがあると思うので、やりがいがあるのではないでしょうか?
そうですね。どうしても試合数のビハインドはあるスポーツだとは思うので、試合をしていない時など、選手の活動はもっと広げられると思います。1試合に対してインパクトを出さなければいけませんし、シーズン以外に年間に対して、もっと活動していければ良いと思います。
――サンゴリアスで個人でもサポートしている選手はいますか?
中村亮土選手、堀越康介選手、尾﨑兄弟、中野将伍選手、あと福田健太選手はトヨタ時代からですね。サム・ケイン選手は、海外担当とも連携して、日本でのサポートをしています。
――その選手たちをクローズアップするということもあるんですね?
そうですね。例えば、チームの垣根を越えて、アディダスのサポート選手たちでのイベントを行ったり、共同でスパイクなどプロモーションを一緒にやってもらったりします。さらにボーデン・バレット選手やダミアン・マッケンジー選手はグローバル契約もあるので、彼らが来日した時には一緒にキャンペーンをやったりしました。もっともっと出来るとは思っています。
――試合はかなり観戦されてますか?
他のスポーツもあるので、会場をハシゴしながら、携帯での中継チェックや録画を駆使しています(笑)。あとは練習などに行くことの方が多いですね。その方がいろいろな人ともコミュニケーションが取れますからね。
――最後にサンゴリアスへのメッセージをお願いします。
これは結果主義になっちゃいますけれど、私が担当しているのが2017年からなんです。トップリーグの2連覇目を味わうことができたんですが、シーズン直前に引き継ぎを受けたため、自分でジャージやウエアを仕込んでいないシーズンでした。ですから、私が皆さんと一緒に作ったジャージを着て優勝したシーンを、まだ見ることができていないんです。ファイナルには行ったりもしていますが、優勝がなく時間が経ってしまっています。毎回、優勝記念Tシャツなども準備しているんですが、それが日の目を浴びたことがないので、一緒に美酒を飲みたいなとシンプルに思います(笑)。あとは、企業色も、チームカラーも、本当に魅力的で愛に溢れているチームだと思うので、これからも一緒に歩んでいきながら、他にはないチームを一緒になって作っていければと思っています。
1998年2月19日設立
事業内容:アディダスブランド製品の販売とその付帯事業
アディダスは、スポーツ用品業界におけるグローバルリーダーとして75年以上の歴史を持つスポーツブランド。「スポーツを通して、私たちには人々の人生を変える力がある」を企業理念に、ドイツのヘルツォーゲンアウラハに本社を置き、全世界で事業を展開している。
アディダス ジャパン株式会社 マーケティング事業部 スポーツマーケティング シニアマネージャー
1982年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学第一文学部卒業後、同大学器械体操部コーチやアメリカでの指導を経て、2006年に株式会社ベースボール・マガジン社入社。「週刊ベースボール」や「ラグビーマガジン」の編集を務め、2012年にアディダス ジャパンに入社。現在は、ラグビーのほか、バスケットボールや野球、テニス、オリンピック競技種目など幅広いカテゴリーでチーム、個人の契約からサポート、マーケティングなどを担当。
(インタビュー&構成:針谷和昌)
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