【ママさんバレーボール】白いボールを追いかけて⑨岡山編 監督不在、主将も持ち回り制でまとまり 太古の地から全国舞台にチャレンジ スターママ(総社市)
チーム名は不詳も半世紀の歴史誇る
市のママさんバレー人口は市全体の人口に比べて減少傾向にある。「コロナの影響が大きかった」と水間さん。自身がチームに加わったのは10年前で、その頃は市内には6つほどのチームが活動していたが、現在は4チームになった。もともと活動拠点の常盤小の校区には常盤というチームがあり、その別チームとして誕生したのがスターママというが、古いOGに尋ねてもチーム名の由来ははっきりしない。チーム最年長で45年の歴史を知る在間好子さん(72)によれば、水間さんが加入する前の一時期は練習参加も数人という危機的な状況にあった。「職場が一緒の彼女が来てくれて、明らかにチームが変わってきたんです」
キャプテンは2年ごとに交代で全員バレー
しなやかに強打を繰り出す横田さんは結婚相手の母親がスターママのレフトアタッカーという縁で、結婚後に姑に誘われて13年前に加入し、義母の引退とともにポジションを引き継いだ。セッター水間さんのトスは、6割から7割が横田さんへあがる。待ちかまえる2代目はきっぱりと言う。
「どんなに強いチームでも、ラリーが続く中でわずかな隙が見えてくる。レシーバーが拾ってくれたボールを大事にするのがアタッカーの役目。中途半端ではなく気持ちを込めて思い切り打つようにしています」
そうした学びを横田さんが得たのは、3年前の「全国体験」だ。水間さんの熱にも惹かれて若手選手が加入。選手の夫やその友人などの男子選手が練習のサポートに加わり、守備力が上がると、県内では目立たない存在だったのが、岡山、倉敷、美作など県内のバレーどころのチームと渡り合えるようになった。コロナ禍も乗り切り、岐阜市であった第52回全国ママさんバレーボール大会に予選を勝ち抜き初出場を果たす。最後は埼玉に敗れたが、全国のレベルを肌で知った。
ポジション保つためスピード復帰
口には出さないが、静かな負けん気をのぞかせるのはチーム最年少で右アタッカーの川建(かわたち)恵理さんも同じだ。総社市の北隣の高梁市から1年前に転居してスターママの一員になったばかりで、保育士として市内の園で4歳児を受け持ちながら練習に通う。玉野光南高時代は左アタッカーで活躍したが、横田さんがいるので右へ。小柄な体を弾ませてコース取りの良いスパイクでポイントを重ね、重い球質のサーブも繰り出す。「自分にトスをと要求はしませんが、ボールが来たらブロックアウトなどの工夫もして決めていきたい」と話し、全国大会でのプレーに静かに照準を合わせた。
5月末、夏に愛知県である第56回全国ママさんバレーボール大会予選決勝で美作市の勝山クラブと顔を合わせる。水間さんは言う。「コロナもあって苦しい時期にもあきらめないでやってきて、それまで歯が立たなかった県内のチームとも好勝負ができるようになった。でも倉敷の四福同好会など、どうしても勝てないチームがある。勝山さんもその一つ。どこもセッターがいい」
エース横田さんの個人の目標も目前の大会を超えて、明確だ。「四福さんのエースがばりばりやっているうちに、ぜひ打ち勝ちたい」
地域の対抗戦は、スポーツの原点だ。身近なライバルを超えた先に全国がある。岡山県は12月初め、一日でカジュアルに参加できる「グレースカップ」を地元で開催する。そこには県内の宿敵が顔をそろえるだろう。
旧都の漆黒の夜空に上がった明るいスターが輝いて見えた。
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