【ママさんバレーボール】白いボールを追いかけて⑨岡山編 監督不在、主将も持ち回り制でまとまり 太古の地から全国舞台にチャレンジ スターママ(総社市)

チーム・協会

【Takehiko Ito】

チーム名は不詳も半世紀の歴史誇る

 岡山駅から桃太郎線(吉備線)に乗って北西に30分あまり。山あいに、真新しい住宅が目立つ街がひらけてくる。古代、大和朝廷に匹敵した吉備国の中心だったとされる総社(そうじゃ)市だ。国分寺五重塔のほかにも古墳や遺跡が点在する太古からの地は、20年前に現在の市制が敷かれて以降、岡山市のベッドタウンとして約7万人の人口が増え続けている。その市民の足として倉敷へと伸びる伯備線、岡山への吉備線、さらに広島県まで通じる井原鉄道が接するターミナルの総社駅を出て、線路沿いを西に進む。この地で半世紀近くにわたって活動しているママさんバレーボールチーム「スターママ」の練習会場、常盤小学校を訪ねた。

セッター水間さんを中心に90分間、集中した練習が続く 【Takehiko Ito】

 練習は月曜日と木曜日の週2回。30代から70代までの17人が、日一日と延びる陽が落ちかけた19時過ぎから集まってくる。サポート役のパパさん選手と選手の子どもたちも交えてネットを張り、21時まで白球を追う。その真ん中にいるのが、セッターの水間香奈恵さん(37)だ。市内の飲食店に勤めながら、年中、チームの中心的存在としてエネルギッシュに動き回る。<チームに必要なことを厳しいことや言いにくいこともふくめて自ら前に出て言ってくれる大黒柱>というのがチームメートの評。本人は「口や行動でチームを引っ張ることは得意で、みんなついて来てくれますが、事務仕事は苦手。書記や会計は代表やキャプテンやみんなが助けてくれます」と笑う。
 市のママさんバレー人口は市全体の人口に比べて減少傾向にある。「コロナの影響が大きかった」と水間さん。自身がチームに加わったのは10年前で、その頃は市内には6つほどのチームが活動していたが、現在は4チームになった。もともと活動拠点の常盤小の校区には常盤というチームがあり、その別チームとして誕生したのがスターママというが、古いOGに尋ねてもチーム名の由来ははっきりしない。チーム最年長で45年の歴史を知る在間好子さん(72)によれば、水間さんが加入する前の一時期は練習参加も数人という危機的な状況にあった。「職場が一緒の彼女が来てくれて、明らかにチームが変わってきたんです」

最年長の在間さん(左)は県の合同チームで「おふく大会」をめざす。最年少の川建さん(右)との年齢差は41 【Takehiko Ito】

キャプテンは2年ごとに交代で全員バレー

 あえて監督は置いていない。全員で戦うという表れだ。会計や総務を担当する代表、そしてキャプテンは2年で交代する。現在のキャプテンはレフトアタッカーでチームの得点源の横田実紗子さん(36)で、「いつかは回ってくる役なので、もともと声を出すタイプではありませんでしたが、失点が続いて沈んだときこそ声がけをするようにしています」と話す。全員が全体運営にかかわる意識を共有する持ち回り制は、幅広い年齢層のチームがまとまるための戦術。若い選手がチームを離れていくのは上の世代が率先して引っ張る姿勢がないからというのが、20代後半でママさんバレーを始めた水間さんが他のチームも見ていて導きだした分析だ。
 しなやかに強打を繰り出す横田さんは結婚相手の母親がスターママのレフトアタッカーという縁で、結婚後に姑に誘われて13年前に加入し、義母の引退とともにポジションを引き継いだ。セッター水間さんのトスは、6割から7割が横田さんへあがる。待ちかまえる2代目はきっぱりと言う。
「どんなに強いチームでも、ラリーが続く中でわずかな隙が見えてくる。レシーバーが拾ってくれたボールを大事にするのがアタッカーの役目。中途半端ではなく気持ちを込めて思い切り打つようにしています」
 そうした学びを横田さんが得たのは、3年前の「全国体験」だ。水間さんの熱にも惹かれて若手選手が加入。選手の夫やその友人などの男子選手が練習のサポートに加わり、守備力が上がると、県内では目立たない存在だったのが、岡山、倉敷、美作など県内のバレーどころのチームと渡り合えるようになった。コロナ禍も乗り切り、岐阜市であった第52回全国ママさんバレーボール大会に予選を勝ち抜き初出場を果たす。最後は埼玉に敗れたが、全国のレベルを肌で知った。

同年齢コンビがレフトのキー。財原さん(左)と横田さん 【Takehiko Ito】

ポジション保つためスピード復帰

 その大会を知り合いの縁で応援団の一員で見ていたのが、横田さんと同学年の財原(さいはら)りささん(36)。横田さんと並ぶレフトセミでボールをつなぐ。「岐阜での戦いを観て、どうしても全国にいくチームでやりたくなった」と、他チームから加わった。昨年12月に男の子の母親になったばかり。夫はもちろん近隣に住む姉の協力もとりつけ、4月から練習に参加。子育て中にも「自分がいない間に他の選手が成長してくるので、休んではいられない」という危機感が募り、スピード復帰を果たした。それも、全国舞台へのモチベーションからだ。
 口には出さないが、静かな負けん気をのぞかせるのはチーム最年少で右アタッカーの川建(かわたち)恵理さんも同じだ。総社市の北隣の高梁市から1年前に転居してスターママの一員になったばかりで、保育士として市内の園で4歳児を受け持ちながら練習に通う。玉野光南高時代は左アタッカーで活躍したが、横田さんがいるので右へ。小柄な体を弾ませてコース取りの良いスパイクでポイントを重ね、重い球質のサーブも繰り出す。「自分にトスをと要求はしませんが、ボールが来たらブロックアウトなどの工夫もして決めていきたい」と話し、全国大会でのプレーに静かに照準を合わせた。
 5月末、夏に愛知県である第56回全国ママさんバレーボール大会予選決勝で美作市の勝山クラブと顔を合わせる。水間さんは言う。「コロナもあって苦しい時期にもあきらめないでやってきて、それまで歯が立たなかった県内のチームとも好勝負ができるようになった。でも倉敷の四福同好会など、どうしても勝てないチームがある。勝山さんもその一つ。どこもセッターがいい」
 エース横田さんの個人の目標も目前の大会を超えて、明確だ。「四福さんのエースがばりばりやっているうちに、ぜひ打ち勝ちたい」
 地域の対抗戦は、スポーツの原点だ。身近なライバルを超えた先に全国がある。岡山県は12月初め、一日でカジュアルに参加できる「グレースカップ」を地元で開催する。そこには県内の宿敵が顔をそろえるだろう。
旧都の漆黒の夜空に上がった明るいスターが輝いて見えた。

水間さんと同じ職場のベトナム人、チャンさん(26=右)も練習に参加していた 【Takehiko Ito】

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著者プロフィール

バレーボールを通して会員の心身の健全な発展と、その輪の広がりを願いあわせて、社会的価値のあるものとして生涯スポーツに導くことを目的としてガイドラインの設定と各種大会の運営を行っています。

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