【ホットピ!~HotTopic~】ビーチサッカー日本代表、いざFIFA ビーチサッカーワールドカップへ!!
13回目の開催となる FIFA ビーチサッカーワールドカップ
1995年から2004年までは「ビーチサッカー世界選手権」の名称で開催されていましたが、05年に国際サッカー連盟(FIFA)の主催大会となり、名称も「FIFA ビーチサッカーワールドカップ」に変更。当初は1年ごと、09年以降は2年ごとの開催に変わり、今大会で13回目を迎えます。なお、日本とブラジルのみ第1回から13大会連続で出場しています。
11人制サッカーの世界的名手がビーチサッカーに転向した例も多く、95年のビーチサッカー世界選手権には、元ブラジル代表で、日本代表監督も務めたジーコ氏が出場。ビーチサッカーワールドカップの05年大会にはロマーリオ氏(元ブラジル代表)やエリック・カントナ氏(元フランス代表)、フリオ・サリナス氏(元スペイン代表)なども出場しました。
ビーチサッカーワールドカップの過去12大会のうち、ブラジルが6回優勝を成し遂げています。以降は、ロシア3回、ポルトガル2回、フランス1回と続いています。
過去ベスト4に3回進出し 最高成績は準優勝
ラモス氏はその後も09年~13年、18年~19年と計3度にわたってビーチサッカー日本代表監督を務めます。09年大会では、サッカー元日本代表の前園真聖氏やフットサル元日本代表の比嘉リカルド氏などを擁したメンバーで臨み、ベスト8に進出。19年大会では過去最高位に並ぶ4位で大会を終えています。
21年のビーチサッカーワールドカップでは、随所で勝負強さを発揮しながら勝ち上がり、初の決勝に進出します。惜しくも開催国のロシアに敗れて準優勝に終わりましたが、ビーチサッカー日本代表史上最高成績を残しました。
田畑監督が掲げる コンセプトは「超攻撃的」
オズ選手が兼任監督だった頃はコーチを務め、オズ選手とともに試合に向けたプランを練ったり、試合中はベンチワークを担ったりと、二人三脚で歩んできました。監督就任時には「ビーチサッカー日本代表監督としての新たな冒険を楽しみにしていると同時に、これまで選手、代表コーチ、そして代表監督代行として培ってきた経験を全て注ぎ込み、世界一を目指すチームをつくり上げたい」と力強いコメントを残しています。
田畑監督が掲げるコンセプトは「超攻撃的」。日本人の長所である協調性を最大限に生かす戦い方であり、攻守両面で見せるアグレッシブなプレーが特徴です。トレーニングキャンプを重ねながら、ポルトガルやスペインへの遠征、また国際大会の出場を通じて、戦術の浸透やチームの強化に努めてきました。
アジアカップ3位で ワールドカップ出場を決める
グループステージではイラク、サウジアラビア、中国を相手に3連勝を飾り、首位でノックアウトステージへ進出。準々決勝でもレバノンを8-3で下して順当に勝ち上がります。ところが、勝てばワールドカップ出場が決まる準決勝でオマーンに2-3と敗れてしまいます。3位決定戦はグループステージで勝利したサウジアラビアとの再戦。ワールドカップ出場権獲得のためには勝利が求められる緊張感の中、3-1で勝利して世界大会の切符を手にしました。
大会を終え、田畑監督は「決勝に行けなかったことはただただ悔しいし、アジアの戦いの難しさを感じた」と振り返ったものの、「ワールドカップの出場権を獲得できたのは選手やスタッフのおかげ。切り替えて、この悔しさを持ってワールドカップに挑んでいく」と語りました。
セーシェルを舞台に 戦いが繰り広げられる
田畑監督は対戦する3チームについて「どのチームも強い相手なので油断はできない。相手を受け止めるのではなく、挑んでいく気持ちで戦いたい」と話します。そして大会の目標については「優勝しかない」と宣言し、「そのために一試合一試合をしっかり戦いたい」と意気込みを語りました。
セーシェルは東アフリカ沖のインド洋に浮かぶ115の島からなる諸島。首都のヴィクトリア(マヘ島)を舞台に大会が行われます。「自然が豊かで、海がきれいで、リゾート感はありますが、われわれは遊びに行くわけではない」と田畑監督。日本は5月1日(木)20時(日本時間)、大会のオープニングゲームとして初戦のグアテマラ戦に臨みます。
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