歴史は書き換えられ続けている
「リーグワンアワードが年間ベストトライを表彰するなら」最有力候補と思うトライについてだ。
そのとき当欄は、ヤマスタで行われたサンゴリアス戦でヴァレンス・テファレが見せた爆走を推した。自陣ゴール前5m地点から直線距離でおよそ95mを、大きく弧を描いて走り、一度転んでも起き上がって走り切るというスーパートライだった。
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"シズオカ・ショック"の地を震わせた2度の熱狂
まず塗り替えたのはテファレ本人だ。
サポートに追走していた北村 瞬太郎、山口 楓斗、岡﨑 颯馬が次々と抱きつき、信じられないものを見たとばかりに喜びを爆発させた。
さらなるスーパートライが生まれたのは後半39分だ。
イーグルスに3点差に追い上げられ、LOジャック・ライトがイエローカードを受けて14人になり、自陣ゴール前に攻め込まれた大ピンチで、相手SO田村 優が置いたボールをPRショーン・ヴェーテーを先頭にFWが乗り越える。
ターンオーバー。
SH北村 瞬太郎が瞬時にボールを拾いピック&ゴー!
目の前にいた相手FBをパスダミーでかわすと、ロケットさながらの加速で相手ゴール目指してピッチを駆け上がる。
だが相手もさるもの、パリ五輪セブンズ日本代表キャプテンの石田 吉平が後方から猛加速。みるみるうちにその差が詰まる。
「ボールを拾って、パスダミーで一人を抜いたら前が空いていたので、自分で最後まで行くつもりでした。でも吉平さんがえげつないくらいの勢いで追いかけてきた。やばいと思ったけど、吉平さんも80分ずっと走ってたし、逃げ切れると思ってたんですが……ワールドクラスの選手に追いかけられる感覚を実感しました」
トライを量産している今季の新人賞候補ナンバーワンと、セブンズに行っていなければ間違いなく一昨季の新人賞&トライ王候補になっていたスピードスターの、息をのむ走りあい。
最後は石田の手がかかろうとする瞬間、北村が右へ左へと小さなステップを切って追う石田のバランスをわずかに狂わせ、ギリギリでトライライン左隅にダイビングトライを決めるのだ!
せめぎ合いの素晴らしさも含めて、当欄はこのトライを今季のリーグワンベストトライの最有力候補と断言する(付け加えれば、この試合の最初のトライとなった前半7分のイーグルス石田の右サイド9人抜きも、ベストトライ候補にノミネートされそうな素晴らしいトライだった。そのとき、トライの瞬間まで諦めずに追っていたのが実は北村だったことも、72分後に演じられる大活劇への伏線だったように思えてしまう……)
改めて、素晴らしいトライを、そしてそれを防ごうとするせめぎ合いを見せてくれた両選手、両チームに心より敬意を表したい。ありがとうございます。
熱狂の前にあった冷静
それはレヴズがこの試合で、80分間を通じて見せていた落ち着き。
言い換えれば成熟ぶりだ。
この試合で、レヴズは試合開始から30分までに不用意なミスなどからあっという間に3つのソフトトライを献上。0-21のビハインドを負ってしまう。
「今までのレヴズなら負けていた試合です」
35歳のベテラン日野 剛志も、23歳のルーキー北村も、まったく同じ言葉を口にした。
そう。レヴズは21失点にも動揺しなかった。
31分、得意のラインアウトモールから日野がトライ。
前半終了のホーンが鳴った後も執拗に攻め続け、再びゴール前ラインアウトからモールを押し、日野が出てからタヒトゥアがトライラインにねじ込み、10-21と追い上げてハーフタイムを迎えた。
印象的だったのは、プレーが途切れるたびに日野が笑みを浮かべていたことだ。
ことさらチームを落ち着かせようとしているようには見えなかった。
感じられたのは自然な、内面からにじみ出てくる自信と積極的なアタックマインドだ。
落ち着いていたのは日野だけではない。
苦しい展開が続いていた前半23分、PR河田 和大の負傷退場により茂原 隆由が入って最初のスクラムでPKを勝ち取ったとき、後半7分に相手ゴール前のスクラムでPKを勝ち取ったとき、レヴズのFWは派手に喜ぶことをせず、すぐに次のプレーへと意識を切り替えていた(後半7分はその直後に組んだスクラムから連続攻撃を繰り出し9分に大戸 裕矢がトライを決めた)。
かつて、冷静さと共に手放した勝利
相手ゴール前のスクラムでペナルティーを獲得したレヴズFWは次々と両腕を突き上げ、抱き合い、「ヒャッホウ!」「ヤァーー!」と大声で雄叫びを延々と上げ続けた。
その試合をさばいていた、オーストラリアから招聘されたアンガス・ガードナー主審はその過剰な振る舞いに眉をひそめ、主将のクワッガを呼んで「興奮しすぎだぞ」と注意を与えた。
その4分後、自陣に攻め込まれた場面でのラインアウトを相手が失敗したとき、レヴズFWはまたも大声で雄叫びをあげ、相手に向かって喜びを見せつけると、ガードナー主審は躊躇なく笛を訂正し、レヴズにペナルティーを科した。
8点をリードしていたレヴズは最後の5分間に8点を失い、ほぼ手中におさめていたビジターでの勝利を引き分けで終えてしまったのだ。
まだ結果を出せていないチームにとっては、自分たちのひとつの成功を過大に称えることが次に繋がる鼓舞だったのかもしれない。
喜怒哀楽の感情はエネルギーの源だ。
だがその表現が過剰になると、メンタルの安定を損ないかねない。
だからディシプリン(規律)とリスペクト(敬意)はラグビーの根幹にあるのだ。
それをどこかに置いてきたようなはしゃぎぶりは、むしろ自信を持てていないゆえの、不安の裏返しにも見えた。
レヴズは、その段階を卒業したのだと思う。
この日のエコパでは、レヴズFWはスクラムでペナルティーを奪っても、ディフェンスでターンオーバーを勝ち取っても、ハイタッチで抑制した喜びを見せるにとどめ、仲間を称えることはあっても過剰な示威行動には走らなかった。
遂行したひとつひとつの成功に手応えを得ても、それはもっと大きな勝利へのセットアップに過ぎないことを誰もが理解しているのだ。
そして届ける熱狂と歓喜
後半26分、自陣ゴール前からのヴァレンス・テファレの90m独走スーパートライでは、テファレは起き上がりざまバックスタンドに向かって両腕を広げ、仲間はそこに次々と抱きつき、一大スペクタクルトライの歓喜を爆発させた。
後半39分、3点差に追い上げられ、14人になって自陣ゴール前まで攻め込まれる大ピンチから北村 瞬太郎が一気に95mを走り切ったときには、ベンチに下がっていた選手たちが続々と飛び出してきて北村に走り寄り、極限の疲労の下で走り切った爆走ルーキーに次々と抱きつき、称え、喜びを爆発させた。
それらはとても自然なアクションだった。
そんな瞬間に出会えるのがスポーツの魅力であり、それを極限までタフな状況で見せてくれるのがラグビーなのだ。
ブルーレヴズはこの日、それを見せてくれるチームになったことを証明した。
タフに身体を張り続け、感情を抑えて仕事を続ける選手たちのカッコよさと、そんな積み重ねの末にスーパートライが完成したときの本当の喜びを、この日エコパに集まった8,113人は目撃し、体験した。
秩父宮でのブレイブルーパス撃破に続いて、この日もブルーレヴズはまた一段、ステップを上がった。スタンダードを上げた。
歴史は書き換えられ続けている。
(大友信彦|静岡ブルーレヴズ公式ライター)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。
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