柔道家・素根輝 大学4年間の経験を礎にもう一度、あの舞台で輝く

日本大学SPORTS
チーム・協会

【日本大学】

 東京五輪の女子柔道78kg超級で金メダルに輝いたのは、日本大学に入学して約3ヶ月後のこと。それから3年、昨年のパリ五輪にも出場した素根輝選手(スポーツ科学部・4年/パーク24(株))だったが、準々決勝の試合中に左膝を痛め、女子最重量級で史上初となる五輪連覇を逃した。振り返れば、東京五輪以降は怪我との戦いでもあり、卒業を迎えた今もなお、完全復活へ向けてのトレーニング過程にある。喜びも苦しみも味わいながら、日本大学学長賞(スポーツ部門)を受賞するなど、人間的な成長も遂げてきた大学4年間だったが、柔道への一途で強い気持ちだけは何も変わらないまま。そして、新たな道を歩みはじめるこれからも、それは変わることはないだろう。

パリ大会は今でも悔しさが残る

−卒業おめでとうございます。日本大学での4年間はどういうものだったでしょう?

ありがとうございます。1年生の時に東京五輪に出場し、コロナ禍にあってすごく大変な思いをしながら準備を重ねていって、その結果、自分がめざしていた金メダルを獲得することができたので、当時はすごくうれしかったのとホッとした気持ちになったとことを覚えています。その後は、膝の手術などもありましたが、本当にたくさんの方に支えていただいて、また戦えるようになり、一昨年の世界選手権で優勝することができました。昨年のパリ五輪も、膝の怪我を抱えていて準備は大変でしたが、先生方やチームの皆さんに支えていただきながら、苦しい中でも五輪の舞台に立つことができたので、自分の中では良かったかなと感じています。

【日本大学】

−そのパリ五輪についてはどう受け止めていますか?
試合までの過程で怪我があって、自分の思うような準備ができなくてすごく苦しんでいました。「自分はどんな試合ができるんだろう」っていう不安を持ちながらやっていましたが、その中でも“金メダル”というのはぶらさずに自分の目標としてありましたし、五輪2連覇を期待されている方もいらっしゃったので、その目標を達成できなかったというのは半年以上経った今でもすごく悔しい気持ちが残っています。
−SNSでも苦しい心情を吐露していましたね?
めちゃくちゃ苦しかったですね(笑)。パリ五輪前は正直、もう柔道から離れたいと思っていた時期だったので。ただ、その中でも五輪という舞台に立たないといけない、そこで戦わないといけないっていう思いもありましたし、今まで感じたことのないぐらいの不安の中で柔道をやっていました。

パリ五輪女子78kg超級準々決勝でトルコの選手を攻める素根選手。 【共同通信社】

−気分転換などは?
いえ、もう柔道のことだけを考えていました。プレッシャーというよりも自分の体の状態にすごく不安を感じていましたし、その中で悩みながら、苦しみながら毎日練習をやっていた記憶があります。すごく悩んでいた時期でしたが、北田(典子)先生(日本大学女子柔道部監督)にお話を聞いていただいたり、近くにいる家族にも支えてもらいました。

−今はどんな気持ちでいるのでしょう?
まずは痛めた膝をしっかり治すというのを第一に考えています。パリ五輪で負けたことで、純粋に「もっと強くなりたい」と思うことができたので、今は膝を直しつつ、次の大会に向けて1つひとつ準備していかないといけないと感じています。

−怪我の状況は?
少しずつではありますが回復に向かっています。順調にいけば秋頃に復帰できればいいなと考えていますが、そこも焦らずに、しっかり治したいと思っています。

日大の仲間たちに会えて良かった

−大学での学びはどうでしたか?
日本大学スポーツ科学部の授業では、自分自身の競技にフィードバックできるようなこともありましたし、他競技の選手のトレーニング方法や休憩の取り方が自分とは違うんだというのを知りましたし、勉強になったことが多くありました。4年生で卒業論文を書くにあたっても、他競技の選手のいろんな話を聞くことができ、「そういう考え方もあるのか」と感じました。ボクシング部の選手が、スランプに陥った時の立ち直り方について話をしていたことがあって、自分もそういう時があるなと思いながら聞いていました。

−卒論のテーマは何だったのですか?
私の得意技は体落しと大内刈りなのですが、運動学的な側面から体落としの技の動作解析を研究しました。柔道部員2名に協力してもらって、私の技の入りと、経験値のある選手、初めてやる選手の技の入り方の違いをモーションキャプチャで比較したのですが、さまざまな角度から映像を見られるし、選手の癖も細かく見ることができたのですごく勉強になりました。いろいろと気づきもあって、今後、自分が技に入る時にも活かしていけるなと思いました。

−日大女子柔道部はどういう存在でしたか?
すごく居心地が良かったですね。毎日練習に参加できていたわけではありませんが、キャンパスに来ている時は柔道部の仲間といる時間が一番多かったですし、試合前にはいつも背中を押してもらっていて、皆さんで応援していただきました。そして、勝っても負けても同じように温かく迎えてくれたので、すごく感謝しています。特に同級生、一緒に入学したメンバーに出会えて良かったなと思いますし、女子柔道部の皆さんと出会えて、一緒に頑張ってこられて良かったなと思っています。

−柔道部の卒部式では涙を流したそうですね?
うれしい気持ちも悔しい気持ちも、いろいろな感情を味わえた4年間だったので、皆さんの前に立って話をする時に、それが全部蘇ってきてすごい泣いてしまいましたね。本当に日大に来て良かったなと感じました。

3月24日(月)に行われた日本大学競技部の卒部式で、学長賞ほかで表彰された素根選手を囲んで(前列左から)林真理子理事長、女子柔道部・和泉希菜選手、北田典子監督、中橋優香主将、大貫学長と、後輩たち。 【日本大学】

−1人の学生として、柔道のほかに何かやってみたかったことはありますか?
いえ、常に柔道のことを考えて、練習して、トレーニングしてっていうような4年間だったので、何か特別なことというのはありません。やっぱり、去年のパリ五輪でもう1回金メダルを獲りたかったというのが一番になりますし、本当に悔しさが残る大会だったですね。

−入学当初、スポーツ科学部の先輩となる水泳・池江璃花子選手と話をしたいとおっしゃっていましたが実現しましたか?
(日本大学)三軒茶屋キャンパスのトレーニングルームで、一度だけお会いしたことがあって、挨拶させていただきました。少しだけお話しすることもできましたが、ずっとテレビで観ていた池江さんが目の前にいる!というような感じで(笑)。ハードなトレーニングをされていたのを、ただ「すごいな」と思って見ていました。競技は違いますが、同じアスリートとして尊敬できる部分はたくさんありますね。

スポーツ科学部教授として池江選手のこともよく知る北田監督が、その時のことを話す。「池江さん自身は、素根さんのトレーニングを見て『やっぱり金メダリストのトレーニングは違う』と言って、逆に刺激を受けた様子で帰って行ったんです」。素根選手は「そうなんですか?今、初めて聞きました」と相好を崩した。 【日本大学】

−最後に、この先の目標に向けての思いをお願いします。
自分の中の最終的な目標は、2028年のロス五輪でもう一度金メダルを獲るということですが、今はそこに向けて1つひとつの試合を勝っていくことが大切だと考えています。そうでなければ五輪の舞台に立つこともできません。ですから、まず怪我を治したうえで、目の前の戦いを一戦一戦大事に、1つひとつの大会で優勝を目指して頑張っていきたいなと思っています。

−ありがとうございました。

素根選手が過ごした日大での4年間、それは女子柔道部全体の成長の日々でもあった。素根選手を入学時から見守ってきた北田監督は、「素根さんが入部してくれ、女子柔道部に意識の面で大きな変化をもたらしてくれた」と述懐する。「東京五輪で金メダルを獲った後も変わらず地道に努力する姿、怪我に苦しみながらもパリ五輪をめざして最後まで向き合う姿を部員たちは見ているし、努力することのすばらしさ、大変さを教えてくれました」と言い、「チームの一員として戦ってくれたなと思います」と感謝を口にした。

女子柔道部には今、ロス五輪をめざす2人の選手がいる。4月の全日本選抜体重別選手権48kg級で準優勝した原田瑞希選手(スポーツ科学部・新4年)と、2月のグランドスラム・タシケント大会48kg級で優勝した宮木果乃選手(スポーツ科学部・新3年)。「世界に行くのはとてつもなく遠いことだと思っていたでしょうが、素根さんと一緒の道場で練習することで、特別な場所ではあるけれども決して届かないところではないと感じているはず。五輪という明確な目標をもって進んでくれていると思うので、そうした点でも素根さんの影響力は大きいと思います」(北田監督)

ロス五輪まで、あと3年あまり。4年前に加わったパーク24柔道部と日大生との2足の草鞋を脱ぎ、五輪メダリストの選手・コーチが数多く在籍する強豪チームの一員として頂をめざし歩んでいく素根選手。揺るぎない信念のもと、柔道一筋に積み重ねていく時間の先に、2つ目の金メダルが待っているに違いない。

色紙に書いた言葉は「継続は力なり」。「継続することは大事ですし、強くなるためには継続してやっていかないといけない。今日は何だか練習をやりたくないなと思う日でも、本当に少しのことでいいので積み重ねて、継続していくことが大事だなと思います」 【日本大学】

Profile

素根輝[そね・あきら]
2000年生まれ。福岡県出身。久留米市立南筑高卒。’25年3月、日本大学スポーツ科学部卒業。パーク24(株)所属。大学1年次の’21年東京五輪では女子柔道78㎏超級で金メダルを獲得し、日本代表としては2大会ぶりの最重量級チャンピオンに輝いた。また、同大会男女混合団体でも出場した全試合でオール一本勝ちを納め、日本チームの銀メダル獲得に貢献。以降も’22年のアジア選手権、グランドスラム・東京、’23年の世界選手権で優勝。’24年のパリ五輪にも2大会連続で出場し、個人戦は7位、男女混合団体は銀メダル。得意技は大内刈り、体落とし。
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著者プロフィール

日本大学は「日本大学競技スポーツ宣言」を競技部活動の根幹に据え,競技部に関わる者が行動規範を遵守し,活動を通じた人間形成の場を提供してきました。 今後も引き続き,日本オリンピック委員会を始めとする各中央競技団体と連携を図り,学生アスリートとともに本学の競技スポーツの発展に向けて積極的なコミュニケーションおよび情報共有,指導体制の見直しおよび向上を目的とした研修会の実施,学生の生活・健康・就学面のサポート強化,地域やスポーツ界等の社会への貢献を行っていきます

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