ダム湖でサーフィン? 広島県安芸太田町のユニークな町おこしに注目
ウェイクサーフィンのプロが絶賛したダム湖の魅力
ウェイクサーフィンとは、水面を走るボートの後ろにできる「曳き波」に乗るアメリカ生まれのウォータースポーツ。通常のサーフィンが海の波を利用するのに対し、ウェイクサーフィンはボートで人工的に波を起こすため、波待ちをする必要がない。本場のアメリカではむしろ、風などの影響を受けにくい湖で競技するのが一般的だそうだ。宮本さんは龍姫湖を世界のウェイクサーファーの聖地にすべく体験教室を行ったり、PR活動をしたりしている。
広島出身のプロ選手を地域活性化に繋げたい
「広島にせっかくウェイクサーフィンのパイオニア的選手が誕生したのだから、これを地域活性化にも繋げたい、どこかいい場所はないかと考えていたんです」(福田さん)
そして、偶然仕事で龍姫湖を紹介された福田さんは、一目で自分が探していたのはここだと直感したという。
「私たちが求めていたサイズ感で、周囲を山に囲まれているので風の影響が少なく、ダム湖なので淡水、水量も十分ありボートのポテンシャルをしっかり生かすことができいい波が立つ。まさに最高のゲレンデでした」(福田さん)
「エンジン式ボート乗り入れ禁止」のダム湖で、どう実現させたのか?
「ご相談した町議会議員さんなど、いろんな方のお力を借りて、まずは1回テストをしてみましょうということになりました。ボートを湖に入れた際には、町民の方々にも見ていただきましたが、想像以上に好感触だったんです」(福田さん)
実は福田さんが用意したウェイクサーフィン用のボートは船内機で冷却装置も間接タイプのため、湖水にエンジンが触れることがない。さらにボートのラグジュアリーさも魅力となって、地元住民の方々の理解を得ることができた。そこでいよいよボートを常設してウェイクサーフィンを行えるようさまざまな手続きを始めたのだが、コロナ禍などの影響で計画は中断してしまう。
「1歩進んでは2歩下がるといった感じでしたが、それでも諦めずに1つずつ問題をクリアしていったんです。そして2022年に社会実験の一環としての運用がスタート。翌年には1年を通して湖面の水位や周辺の環境を観測するなどして、春夏秋冬でどんな風に運用できるかを調べました」
その間、宮本さんは2022年ワールドランキング1位を獲得、日本人で3人目のプロになった。そしてついに2023年6月、宮本さんはホームゲレンデを龍姫湖に移し、ウェイクサーフィンの指導や体験教室などを開催する専門スクール「PUBz WAKESURF」を立ち上げるところまでこぎ着けた。
ダムを観光資源に
「町としても、改めて温井ダムを観光資源として位置づけ、湖面利用の推進を図る一方で、湖面の安全・安心・快適な運用に取り組むために、警察や消防、ダム管理所などの地域関係者による『龍姫湖利用協議会』を設立しました。社会実験対象団体を公募した際には、協議会の委員の皆さまの安全面等の審査により、ウォーターアクティビティの社会実験対象団体を決定しました。2023年はウェイクサーフィン、サップ、カヤック、サウナの4事業者に参画していただきましたが、この4事業者で任意団体Lake Ryuki Water Complexを立ち上げ、2024年の夏は大きなイベントも開催されたんです」(岩見さん)
この任意団体の代表には前出の福田さんが就任した。さらに毎年春に実施しているダムの放流では、多い日には1日に1000人を超える人が見学に訪れるそうだ。
「社会実験の一環として、放流日にはキッチンカー等で飲食の販売を行いましたが、これも大変好評でした」(岩見さん)
こうした盛り上がりと平行して、2024年4月、温井ダムは国土交通省が選定する「インフラツーリズム魅力倍増プロジェクト」のモデル地区に選定された。温井ダムへの注目度が高まっている中、岩見さんは、スポーツを中心として始まった温井ダム周辺エリアの取り組みをさらに拡大して、安芸太田町の魅力を届けていきたいと語ってくれた。
地域を大切にする姿勢が受け入れられ、地元の人も応援
「私はPUB(宮本さん)の相談に乗った同級生として表に出ていますが、実は裏方としてもっと多くの同級生が彼を応援して、さまざまな形で協力しています。それに何より、地域の方々が彼を応援していて、これは彼の人柄によるものだと思います」(福田さん)
龍姫湖のプロジェクトが始まった頃から、宮本さんは湖を使わせてもらうからと、ダムの近くの集落の神社に頻繁にお参りをするようになったそうだ。雪が積もった日には神社に続く道の雪かきもした。そうした姿を見ていた地域の人たちが、やがて手作りのぼた餅や惣菜などを持って、宮本さんのもとを訪れるようになった。
「県内のローカル放送に取り上げてもらった時、それを見た地域の方々が『最初は日焼けした変なのが来たと思っていたけど、あんた凄いんだね』と言って、自分たちの住む町が注目されはじめたことを喜んでくれたんです」(福田さん)
そして、2024年の7月に行われたウォーターアクティビティと、レイクサイドのアウトドアスタイルを提案するイベントでは、「宮本さんがやるなら、手伝わなきゃ」と、地元の方々が協力してくれたという。温井ダムのスポーツを軸とした地方創生は、スポーツの力とダムの持つポテンシャルに加え、その魅力を心から理解する人たちの絆があるからこそではないだろうか。
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龍姫湖は基本的に一般人の立ち入りが禁止されている。ウォーターアクティビティを楽しみたい場合は、社会実験対象団体が実施するプランに申し込む必要がある。せっかくだから、もっとオープンにして観光客を増やせばいいのに、と考えがちだが、このようにあえて限定することで龍姫湖は利用者にとって「特別な空間」になっていると福田さんは言う。しかも、利用者を把握できるので安全も担保できる。さらに最近問題になっているオーバーツーリズムの対策にもなっているのだ。一時的に人を集めることは簡単かもしれない。しかし、地域創生には安芸太田町のような将来を見据えた視点も必要なのではないだろうか。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:Lake Ryuki Water Complex/ 国土交通省中国地方整備局温井ダム管理所
※本記事はパラサポWEBに2025年4月に公開されたものです。
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