【スポーツマンシップを考える】自らを成長させるための視点を

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【©一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

投げかけられた指導者からの質問

2月に入り、プロ野球、メジャーリーグもキャンプインした。まだまだ日本列島には寒さも残っているが、オープン戦が始まり、開幕戦のチケット争奪戦などについてのニュースが注目を集めるなど、スポーツニュースや新聞紙面などでも野球に関する話題がさまざま取り上げられるようになってきた。いよいよ、球春到来の様相である。

前回の本稿でも取り上げたように、日本少年野球連盟(ボーイズリーグ)における指導者ライセンス資格取得講習会、全日本軟式野球連盟における競技者対象コンプラインス研修会、ぐんま野球フェスタ2025など、この時期、野球界のなかでもさまざまな形でスポーツマンシップについて学ぼうという動きが数多く見られるようになっている。
また、筆者がスポーツマンシップ大使を務める桐生市においても、桐生市スポーツ文化事業団主催のスポーツ講演会が開催され、「真のスポーツマンを育もう ―スポーツマンシップで球都桐生をさらに豊かなまちに―」というテーマでお話をさせていただいた。 

コーチ・指導者、プレーヤー、保護者、教育関係者など、野球はもちろんのこと、さまざまなスポーツに携わるすべてのみなさんに、このような学びにふれていただく場が少しずつ増えてきていることは本当にありがたいことである。

そのようななか、ある会場で受講してくださっていた方よりこのような質問が提起された。

「私たちは、スポーツマンシップの重要性についてよく理解しているつもりである。
しかしながら、多感な世代の子どもたちに対しては何度注意してもわかってもらえないケースも多い。こうした子どもたちに苦労している指導者も多いと思うが、そうした子どもたちにスポーツマンシップの重要性を伝えていくにはどうしたらいいだろうか。」

たしかに、大人のいうことに耳を傾けることなく、聞き分けのない子どもたちも一定数いるのも事実であろう。スポーツマンシップについて学ぶ機会が何度かあり、そして、その重要性について自覚しているとおっしゃるコーチ・指導者であっても、このような質問をしたくなるのが実情というわけである。
そういう子どもたちと日々向き合っているコーチ・指導者のご苦労を想うと、質問者のようなみなさんに同情したくなる面もある。

さて、読者のみなさんはどのようにお考えになるだろうか。

私たちが本来育むべき若者たちとは

以前にも本稿のなかで取り上げたことで、これは繰り返しになってしまう部分もあるが、あらためて記しておくことにする。

たとえば子どもたちを指導するに当たり、本来であれば暴力・暴言を用いることもやむを得ないという考えをもつコーチ・指導者の方々からお話を伺っていると、「私だって、決して手を上げたいわけではない」、「怒鳴る以外にどのように指導したらいいのかわからない」、「何度言ってもわからない子どもにだけ痛みをもってわかってもらうようにしている」、「大切なことに気づいてほしいからこそ愛のムチを与える。痛みを感じてもらうことで理解してもらうんです」などと口にされるケースが多いのが事実である。 

しかしながら、こうした場合において、コーチ・指導者の思い通りに対応することができない子どもたちの側に非があるのだろうか。
すなわち、「何度言ってもわからない子ども」が悪いと考えるのか、それとも「何度言ってもわかってもらえない」という自らのコーチング能力、説明能力に問題があるかもしれないと考えるのか、という問題である。

たしかに、いろいろな子どもたちがいるのも事実である。「何度言ってもわからない」となってしまう理由はさまざま考えられるため、本来、個別具体的にその原因を探るべきである。したがって、その意味においては、コーチ・指導者側が一概に悪いと決めつけることもできないかもしれない。 

しかしながらそれでも、たとえどのような子どもたちでも理解できるように説明し、実践できるように導いていくことこそが、そもそもコーチや指導者に求められる役割のはずである。
何度言ってもわかってもらえないことを、子どもの理解力に問題があると責任転嫁するのではなく、指導者側の伝える力不足の可能性も自覚し、反省すべき点は見直し、試行錯誤を繰り返すべきなのではないだろうか。

「なぜ、自分の言葉は理解してもらえないのか」

「子どもたちができるようにならないのはどうしてだろう」

プレーヤーを真の意味で尊重し、プレーヤーの気持ちをできる限り理解すべくコミュニケーションを図り、プレーヤーの立場を慮って質問しながら、彼ら自身の口から主体的な答えを引き出せるように努めることが大切である。そうした努力を十分にしないまま、自らの説明能力については疑うことなく棚に上げ、子どもたちやプレーヤーの側に理解できないことの責任をすべて負わせ、受け手側の問題として処理してしまうのは、甚だ身勝手な考え方であるといえよう。
ましてや、そこに怒りの感情を持ち込み、暴力・暴言をもって解決しようとすることは、コーチ・指導者の単なるわがままや弱さにすぎず、言語道断と言わざるを得ない。

自分のことを理解しようとしてくれない大人たちに対して、子どもたちは失望することだろう。怒りの感情をぶつける指導を受けた子どもたちは、「気分を害さないように」と大人の顔色を窺って行動するようになる。
「失敗すると叱られる」という恐怖心が「失敗したくない」という気持ちを育み、結果的にチャレンジ精神は奪われていく。コーチ・指導者や保護者のみなさんが期待するのは、そういった過程を経て育まれた「聞き分けのいい」子どもたちというわけでは決してないはずだ。

「コンプライアンスにうるさくなり、現場の指導者は息苦しい」

「ゲンコツひとつで、監督と選手が通じ合えた時代はよかった」

「あの先生の鉄拳制裁があったから、僕は目を覚ますことができた」

このような声を聞くのも事実である。コンプライアンス(法令遵守)への意識が高まりを見せる現代においては、「体罰は悪いこと」、「スポーツ界からハラスメントをなくそう」ということが繰り返し周知され共通認識になりつつある。そのことによって、指導者にとっては息苦しさを感じている方も存在する。

甘やかす指導が、子どもたちにとって決して幸せなわけでもない。しかし、子どもたちに寄り添うコーチングを甘い指導であると一義的にとらえ、よき成長の妨げになると考える人もいるだろう。

「時と場合と程度によっては、体罰や厳しい言葉を用いた指導も効果的である」という考え方もまだまだ根強くあると感じる。物理的な暴力や体罰を伴わない言葉による暴言やハラスメントのように、まだ表面化していないケースも含めれば、このような指導現場における問題が実際にはかなり多く存在していることも想像に難くない。

挑戦を続けることで成長しよう

私たちを成長させるものの一つに「経験」がある。私たちは経験をし、失敗を積み重ねながら、成長を実感し、その成長できた原因を経験の中に求め、見つけていく。そして、さまざまな経験を通して抽出される共通した抽象的概念こそが「理論」へと昇華されていく。このような経験則に基づく理論が、次世代へのコーチング・指導の礎になっていくケースは多い。

しかしながら、過去の経験から得られる直感は、自らが見つけ出しているものではなく、実は経験を通して得た知見を元に与えられる受容的な感覚にすぎない。そこに留まることなく、主体的・根源的に思考することや、経験を通して得た観念と経験のみでは得られなかった学びや知見とを融合させることで、より実践的に活かすために日常のコーチングに落とし込んでいくことが、私たちには求められるのである。 

先述の問いかけに戻ってみよう。

「私たちは、スポーツマンシップの重要性についてよく理解しているつもりである。しかしながら、多感な世代の子どもたちに対しては何度注意してもわかってもらえないケースも多い。こうした子どもたちに苦労している指導者も多いと思うが、そうした子どもたちにスポーツマンシップの重要性を伝えていくにはどうしたらいいだろうか。」

この問いからは、その言葉とは裏腹に、スポーツマンシップの理解や実践に関して十分な納得感が得られていないことが伝わってくる。そしてそのギャップは、聴いてくださっていた方々、質問してくださった方にだけなにか原因があるわけではなく、私の話し方や伝え方に課題があるからこそ発生していると考えられる。
お話しさせていただいている私自身の問題を浮き彫りにしてくれる大切な質問であり、その点で自戒や反省、そして今後に向けた改善のための貴重な機会であるといえる。

子どもたちについても、自らがそれぞれ思考し、自らを戒め、改められる力を高めていくことが重要なことはいうまでもない。大人の経験に基づく価値観の一方的な押しつけが、子どもたちから個々自ら思考し成長する機会を奪うことにつながりかねないリスクは、私たちもつねに意識し続けておく必要があるだろう。

私たち誰もが、学び続け、成長し続けるべきであり、その権利を有する。子どもたちの未来を考える上では、コーチ・指導者の経験論に基づいた「教えて育てる」という教育的思考から、若者たちと真摯に向き合い、自らも学び成長しながら彼らからも学びを得るような「共に育む」という共育的発想への転換がより重要になってくる。

難しい時代を迎えたと憂いを抱く必要はまったくない。よりよいコーチングに唯一無二の正解があるわけではないからこそ、それを追い求め続けるために試行錯誤を続けることは、むしろ当然のことであると認識すべきなのである。

このたび、あらためてこのような気づきをいただけたことも、受講してくださっていた方が勇気を出して質問するというアクションがあったからこそ。本当に心からありがたく思っている。そして、その勇気が、質問者の方自身にとっても新たな気づきを得る機会になっていたらうれしい限りである。
みなさんのチャレンジに感謝の念をもちつつ、私自身もみなさんとともにアップデートし続けていけるように、これからも挑戦していきたいと思った次第である。

【©一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

中村聡宏(なかむら・あきひろ)

一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授

1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。
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著者プロフィール

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