【記録と数字で楽しむ第108回日本選手権】男子100m:自己ベスト9秒9台2人、10秒0台4人、10秒1台13人が残り2枚のパリ行き切符を争う。至近11年間は連覇なし、群雄割拠を制するのは誰だ?

日本陸上競技連盟
チーム・協会

【フォート・キシモト、アフロスポーツ】

6月27日~30日に新潟市(デンカビッグスワンスタジアム)で行われる「第108回日本選手権」の「見どころ」や「楽しみ方」を「記録と数字」という視点から紹介する。

各種目の「2024年日本一」を決める試合であるとともに、8月1日~11日に行われる「パリオリンピック」の日本代表選手選考競技会でもある。また、「U20日本選手権」も同じ4日間で開催される。こちらは、8月27日~31日にペルー・リマで行われる「U20世界選手権」の代表選考会を兼ねている。

本来であれば全種目についてふれたいところだが、原稿の締め切りまでの時間的な制約などのため、6種目をピックアップしての紹介になったことをご容赦いただきたい。なお、エントリー締め切りが6月6日で、エントリーリストの暫定版公表が14日(確定版の公表が21日)。この原稿はそれ以前に執筆したため、記事中に名前の挙がった選手が最終的にエントリーしていないケースがあるかもしれないことをお断りしておく。

過去に紹介したことがあるデータや文章もかなり含まれるが、可能な限り最新のものに更新した。
スタンドでの現地観戦やテレビ観戦の「お供」にして頂ければ幸いである。

なお、「10000m」の日本選手権は5月3日に袋井市(小笠山総合運動公園静岡スタジアム/通称・エコパ)で実施された。「混成競技」は6月22日・23日に岐阜市(岐阜メモリアルセンター長良川競技場)で、「リレー種目」は10月5日・6日に国立競技場で行われる。また、「競歩」は「20km」が2025年2月16日に神戸で、「35km」は2024年10月27日に山形県の高畠町で行われる。「マラソン」は、2023年4月から2025年3月に行われる「ジャパンマラソンチャンピオンシップ(JMC)シリーズ」の総合成績(ポイントランキング)の結果が「第108回日本選手権」という扱いになる。

「パリオリンピック」の代表選考要項は、
https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202309/21_112524.pdf

6月7日時点での「代表内定選手」は、
https://www.jaaf.or.jp/news/article/18659/

選考に関わる世界陸連の「WAランキング(Road to Paris 24)」は、
https://worldathletics.org/stats-zone/road-to/7153115

をご覧頂きたい。

こちらが一番わかりやすいかも?
https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202406/road_to_paris.pdf

・記録は、日本選手権申込資格記録の有効期限の6月5日現在。
・記事中の「WAランキング」は6月11日時点のもの(世界陸連のあるモナコ時間の水曜日、日本時間の毎週木曜日に発表されるので、できる限り最新のものを盛り込みたいところだが、原稿の締め切りの都合で6月11日時点のものとした)。
・記事は、6月12日時点での情報による。上述の通り、タイムテーブルと暫定エントリーが公表された6月14日以前に書いた原稿のため、記事に登場する選手が最終的にエントリーしていないケースがあるかもしれない。また、確定版エントリーリストは6月21日に公表される。
・現役選手については敬称略をご容赦いただきたい。

なお、日本選手権の期間中、ここで取り上げることができなかった種目以外の情報(データ)も日本陸連のSNS(X=旧Twitter or Facebook)で「記録や数字に関する情報」として、その都度発信する予定なので、どうぞご覧くださいませ。

【男子100m】五輪代表内定のサニブラウンは出場回避。自己ベスト9秒9台2人、10秒0台4人、10秒1台13人が残り2枚のパリ行き切符を争う。至近11年間は連覇なし、群雄割拠を制するのは誰だ?

・予選/6月29日(土)14:30 7組3着+3
・準決/6月29日(土)18:20 3組2着+2
・決勝/6月30日(日)18:25


ベスト記録9秒台2人+10秒0台&1台17人=19人で史上最高のハイレベル

2023年ブダペスト世界選手権で6位に入賞したサニブラウン・アブデルハキーム(東レ)が5月30日にオスロでのダイヤモンドリーグで9秒99(+0.4)で2着。五輪参加標準記録10秒00をクリアして、日本陸連の代表選考基準によって「パリ五輪代表内定」となった。これにともない、8月の五輪本番に合わせるため、日本選手権への出場を回避する選択をした。

22年オレゴン7位、23年ブダペスト6位と2大会連続で世界選手権のファイナリストとなったサニブラウンの姿を新潟で見ることができないのは残念だが、代表切符の2枚目と3枚目を目指しての10秒間の戦いはやはり目が離せない。

日本選手権では22年までは、大会1・2日目に実施されてきたが23年からは3日目に予選、最終日に準決勝と決勝。今回は、3日目に予選と準決勝、最終日に決勝が行われる。具体的なタイムテーブルは6月14日に発表されたが、大会最終日の18時25分に最終種目の「メインイベント」として行われる。

タイトルにある通り自己ベスト記録では9秒台2人、10秒0台4人、10秒1台13人が出場予定。10秒19以内19人は史上最多。21年が11人、22年が10人、23年が13人だった。なお、申込資格記録では、21・22・23年ともに10秒1台までは9人、今回は15人だ。

出場できるのは史上最速レベルの10秒32まで

今回の日本選手権の申込資格記録は「10秒34」で、23年1月1日から24年6月5日が有効期間。ターゲットナンバー(上限人数)は「56人」。
つまり「10秒34以内」をクリアしていても57位以下の選手は出場できない。申込締切日の6月6日23時59分で60人がエントリー。「56番目」は10秒32。51番目から10秒32が6人いて計56人。10秒33と10秒34の選手4人は残念ながら出場できないことになった。なお新潟の競技場は9レーンあるので、56番目タイがいても最大63人までが出場可能だった。

参考までに、21・22・23年もターゲットナンバーは「56人」だった。申込資格記録は21・22年が「10秒45」。21年は10秒45以内の52人が、22年は10秒41以内の63人が、23年は10秒35以内の59人がエントリーできた。今回は、申込資格記録が23年から0秒05のアップ。実際にエントリーできたラインは23年よりも0秒02アップした。この種目の「底上げ」というか充実ぶりを示しているといえよう。

そんな中、13年以降の優勝経験者6人のうち21年9月に引退した高瀬慧さん(富士通)を除く5人の中では9秒95(21年)の日本記録保持者・山縣亮太(セイコー)は23年10月の国体で10秒12で走っていたが24年3月上旬から生じている右脚の違和感(ふくらはぎからハムストリングスにかけてのしびれ、突っ張り感)によって出場を見送り、歴代10位タイの10秒03(20年)のケンブリッジ飛鳥(Nike)は故障などもあって有効期間内に申込資格記録をクリアできなかった。

2013年以降、連覇なし。坂井が「連覇」の有資格者

<2012年以降の男子100m優勝者>
・所属は当時のもの

【JAAF】

以上の通りで、2013年以降は5年連続で初優勝の選手が戴冠。その後も連覇した選手はなく毎年チャンピオンが変わっている。今回は、坂井が連覇を果たすのか、はたまた13年から続いているように別な選手が頂点に立つのか?

自己ベスト10秒09以内の6人の対戦成績は?

自己ベスト10秒09以内でエントリーした6人の日本歴代での順位は以下の通り。

【JAAF】

自己ベスト10秒09以内の6人の選手間の決勝レースでの直接対決の成績をまとめた(一方が、欠場した場合を除く。調査漏れがあったらご容赦を)。サニブラウンは今回の日本選手権には出場しないが、五輪代表に内定しているので9秒台の3選手同士については星取り表を掲載し、他の選手との対戦成績も掲載した。


<サニブラウンvs桐生祥秀の対戦成績/決勝レースに限る。どちらかが決勝を欠場した場合を除く>

【JAAF】


<サニブラウンvs小池祐貴の対戦成績/決勝レースに限る。どちらかが決勝を欠場した場合を除く>

【JAAF】


<桐生祥秀vs小池祐貴の対戦成績/決勝レースに限る。どちらかが決勝を欠場した場合を除く>

【JAAF】

【JAAF】

サニブラウンは、
vs桐生祥秀とは、5勝2敗(桐生の不正スタート失格を除くと4勝2敗)
vs小池祐貴とは、2勝2敗。
vs多田修平とは、3勝2敗。
vs坂井隆一郎とは、3勝1敗。
vs栁田大輝とは、2勝2敗。
vs飯塚翔太とは、1勝0敗。

桐生は、
vsサニブラウンとは、2勝5敗(桐生の不正スタート失格を除くと2勝4敗)
vs小池とは、14勝4敗。20年以降は3勝3敗、21年以降は小池が3連勝中。
vs多田とは、14勝2敗。
vs坂井とは、2勝3敗。22年以降は、坂井が3連勝中。
vs栁田とは、3勝2敗。
vs飯塚とは、3勝1敗。

小池は、
vsサニブラウンとは、2勝2敗。
vs桐生とは、4勝14敗。20年以降は3勝3敗、21年以降は小池が3連勝中。
vs多田とは、8勝5敗。
vs坂井とは、4勝3敗。
vs栁田とは、6勝4敗。
vs飯塚とは、4勝0敗。

多田は、
vsサニブラウンとは、2勝3敗。
vs桐生とは、2勝14敗。
vs小池とは、5勝8敗。
vs坂井とは、6勝2敗。坂井が勝ったのは14年の2試合で16年以降は多田が6連勝中。
vs栁田とは、2勝1敗。
vs飯塚とは、1勝3敗。

坂井は、
vsサニブラウンとは、1勝3敗。
vs桐生とは、3勝2敗。22年以降は、坂井が2連勝中。
vs小池とは、1勝4敗。
vs多田とは、2勝6敗。坂井が勝ったのは14年の2試合で16年以降は多田が6連勝中。
vs栁田とは、4勝4敗。
vs飯塚とは、1勝1敗。

栁田は、
vsサニブラウンとは、2勝2敗。
vs桐生とは、2勝3敗。
vs小池とは、4勝6敗。
vs多田とは、2勝6敗。坂井が勝ったのは14年の2試合で16年以降は多田が6連勝中。
vs栁田とは、4勝4敗。
vs飯塚とは、1勝1敗。

飯塚は、
vsサニブラウンとは、0勝1敗。
vs桐生とは、1勝3敗。
vs小池とは、0勝4敗。
vs多田とは、1勝2敗。
vs坂井とは、4勝4敗。
vs飯塚とは、1勝1敗。


以上の通りで、6人の直接対決の対戦回数には違いがあるが、個人間の勝敗を総合すると、その序列は、
1)サニブラウン/全員に勝ち越し
2)桐生/サニブラウン以外には勝ち越しor引き分け
3)小池/サニブラウンと桐生以外には勝ち越し
4)多田・坂井・栁田・飯塚/多田>坂井、多田<飯塚、多田>栁田、坂井=栁田=飯塚 で序列をつけられず
ということになる。

6月30日の決勝では、この序列通りの順位になるのか、入れ替わりがあるのか、これ以外の選手がここに食い込んでくるのか……。

上記、自己ベスト10秒09以内の6人以外の24年シーズンで勢いがあるのは、6月2日の布勢スプリントを追風2.8mながら10秒0台で走った鈴木涼太(スズキ/10.06w/公認ベスト10.13=24年)、山本匠真(広島大4年/10.08w/公認ベスト10.16=24年)。あるいは、24年にともに追風参考1回を含め10秒1台4回の和田遼(ミキハウス)、同2回のデーデー・ブルーノ(セイコー)あたりだ。

自己ベスト10秒09以内の現役選手と22&23年ファイナリストの日本選手権での成績

今回は出場しないが、日本記録保持者の山縣が日本選手権に初出場した2011年以降の表題の選手の日本選手権での成績をまとめた。

<自己ベスト10秒09以内の現役選手&23年決勝進出者の日本選手権の成績>
・記載は、23年出場者で自己ベスト10秒09以内は記録順。22・23年決勝進出者は順位順。
・「途」=決勝で途中棄権
・「準」=準決勝落選
・「予」=予選落選
・「-」=不出場

【JAAF】

【JAAF】


小池は6年連続、栁田は4年連続、鈴木は2年連続入賞を継続中。

10秒09以内の回数の日本歴代リスト

公認条件下での「10秒09以内」の個人別回数は下記の通り。

<10秒09以内の回数>
・2024年6月5日現在。公認記録に限る。
・氏名の( )囲みは、非現役

【JAAF】

22年5月14日時点では「23回」の桐生がダントツで「15回」のサニブラウンが2位だった。しかし、この1年あまりでサニブラウンが8回を積み上げ(うち9秒台2回)、24年5月30日に桐生と肩を並べた。上位には9秒台の4人が並ぶ。世界のセミファイナリストになった朝原宣治さん、伊東浩司さんが4位タイに名を連ねているのは、さすがである。
今回エントリーしている桐生、小池、多田、坂井、栁田、飯塚の6人は、予選・準決・決勝で上記に最大3回を上積みできる可能性がある。

トップ・桐生の年別の「10秒09以内率(予選を含む。追参を除く)」は、

【JAAF】

個人別10傑平均記録の日本歴代リスト

先に紹介した「10秒09以内の回数」が多い選手が上位に並ぶのは当たり前だが、個人の自己ベストから10番目の記録の平均値による日本歴代リストを調べたのが下表だ。

<個人別10傑平均記録による日本歴代リスト/10傑平均10秒199以内>
・2024年6月5日判明分
・氏名の前の「△」は今回不出場の選手。「×」は非現役を示す

【JAAF】

【JAAF】

1年前は山縣・桐生・サニブラウンの順で平均記録は「1000分の3秒以内」に並んでいた。が、この1年でサニブラウンが9秒台2回を含め大幅にタイムをアップさせた。あと1回9秒97以内で走れれば、平均タイムが大台突破の「9秒999」となる。

自己ベストが10秒09以内で日本歴代でも15番目までに名前を連ねている15人は、この「個人別10傑平均記録(10秒199以内)日本歴代リスト」にも全員が入っている。つまり、15人の10秒09以内の自己ベストが、好条件に恵まれての「一発」ではなかったことを証明しているといえよう。

自己ベストと10番目のタイムの差が最も小さいのは、桐生の0秒06、次がサニブラウンの0秒07、0秒11の山縣とケンブリッジがこれに続く。

20歳11カ月の栁田と同じ年齢時での9秒台選手を比較すると……

1年前の23年5月中旬までの「個人別10傑平均記録」では「10秒206」で15位だった栁田大輝(東洋大3年)が一気に9位にまで上がってきた。2003年7月25日生まれで、今年の日本選手権の段階で20歳と11カ月。

日本選手権では、群馬・東京農大第二高校2年生だった20年に7位、翌年も7位で高校生にして2年連続のファイナリストとなった。男子100mで高校生が2年連続入賞したのは栁田が史上3人目。それ以前は、57・58年の蒲田勝さん(和歌山・田辺高)の5位と2位が最初で64年東京五輪100mと400mRに出場した。2人目は、86・87年の名倉雅弥さん(埼玉・坂戸西高)の3位と4位、87年ローマ世界選手権の400mRに出場した。大学1年生となった栁田は22年には2年連続7位からステップアップし、3位。そして大学2年生の23年は優勝した坂井と0秒02差の2位と2年連続の表彰台に立った。
21年東京五輪は400mRの補欠。22年オレゴン世界選手権では400mRのアンカー。23年ブダペスト世界選手権では100mで準決勝進出、400mRでは2走を担当し5位入賞。パリ五輪への出場権のかかった24年世界リレーでも2走をつとめ4位入賞し資格獲得に貢献した。
桐生が高校3年生で2位、大学1年生で優勝。あるいはサニブラウンが高校2年生で2位、日本の学年での大学1年生で優勝した実績には及んでいないが、栁田も極めて順調に歩を進めている。23年7月には、アジア選手権を10秒02(0.0)の自己新で制した。

9秒台選手4人が現在の栁田と同じ年齢だった「20歳11カ月」の段階での自己10番目までの記録と栁田と比較すると、以下の通りだ。

・掲載は、生年月日順

【JAAF】


同じ年齢での自己ベストも10傑平均記録も桐生とサニブラウンには遅れをとってはいるが、山縣と小池には先行している。
栁田の100mの公認記録が残っている小学校5年生の時からと各選手の年次ベストは以下の通り。
栁田は高校1年生の時は停滞したが、それ以外は毎年順調に記録を縮めてきている。

記録の後ろの「*」は、その時点での自己新を、「=」は自己タイを示す。

【JAAF】

【JAAF】

各選手の「平均ピッチ」「平均ストライド」「ストライドの身長比」は?

スタンドからのリアルタイムでその歩数を数えることは困難だろうが、TV中継やネットにアップされている動画をスロー再生して、各選手の歩数をカウントして、「平均ピッチ」「平均ストライド」などを計算&比較してみるのも「楽しみ方」のひとつである。

自己ベスト9秒台の日本歴代の上位4人。10秒09以内の記録を持つ今回の出場者6人と今回は出場しないが日本選手権のタイトルを獲得したことがあるケンブリッジが自己ベストをマークした時の「100mに要した歩数」「平均ピッチ」「平均ストライド」「ストライドの身長比」を調べたのが以下の表だ。

<自己ベスト10秒09以内の現役選手がそのタイムをマークした時の100mに要した歩数・ピッチ・ストライド・身長比>
・自己ベストの記録順に掲載
・身長・体重は記録を出した時に公表されていた数値

【JAAF】

今回の出場者の中では、サニブラウンの大きなストライド(1歩平均228.8cm)、坂井と小池の毎秒5歩を超える極めて速いピッチが目を引く。特に坂井の「1秒間平均5.200歩」というピッチは、世界の歴代上位選手にも見当たらないような「超高速ピッチ」である。

サニブラウンの「平均ストライド228.8cm」と坂井の1秒間の「平均ピッチ5.200歩」を結合して100mを走ったら「8秒41」というタイムになる。
逆に、坂井の平均ストライド(192.3cm)でサニブラウンの平均ピッチ(4.383歩)ならば「11秒87」で女子の全国インターハイ決勝進出レベルくらいだ。

ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、2009年ベルリン世界選手権で現世界記録の9秒58(+0.9)を出した時、100mを「40.92歩」で駆け抜けた。その平均ストライドは「244.4cm」。196cmの身長に対する比率は「124.7%」。最後の1歩は「302cm」。1秒間の平均ピッチは「4.271歩」だった。

ボルトの「平均ストライド244.4cm」で、坂井の「平均ピッチ毎秒5.200歩」を刻んで走れれば「7秒87」が出る計算になる。
坂井の平均ストライド(192.3cm)にボルトの平均ピッチ(4.271歩)ならば「12秒18」。このくらいで走れる日本人女性は毎年300人前後。男性ならば、野球部、サッカー部、ラグビー部など身近にもかなりこのくらいで走れる人がいることだろう。

「個人別10傑平均記録」のところでふれた、栁田が2023年のアジア選手権で10秒02(0.0)の自己ベストで優勝した時の歩数は「45.2歩」だった。
が、21年(高校3年生)の日本選手権で7位(10秒41)になった時は「43.9歩(平均ピッチ4.217歩/秒・平均ストライド227.8cm)」。翌22年8月のコロンビア・カリでの「U20世界選手権」の準決勝で当時の自己ベスト(10秒15/+0.7)をマークした時には、「43.3歩」で走った。1秒間の平均ピッチが「4.266歩」でボルトとほぼ同じ(4.271歩)。平均ストライドは「230.9cm」、身長が182cmとされていたのでストライドの身長比は「126.9%」。身長が8cm高いサニブラウン(190cm)よりも平均ストライドが2cmほど長かった。また、ストライドの身長比もボルト(124.7%)よりも大きかったのには驚かされたものだった。

しかし、上述の通り、23年7月のアジア選手権で10秒02(0.0)で走った時は「45.2歩」。24年5月のゴールデングランプリ(10秒21/-0.1/優勝)、ユージンでのダイヤモンドリーグ(10秒26/+1.2/8着)では、「45.9歩」あたりで、高校時代や大学1年生の頃よりもストライドを縮め、ピッチを速めた走りに変えてきているようだ。

パリ五輪への道。日本選手権2位以内を目指しての戦い

パリ五輪の参加標準記録は23年ブダペスト世界選手権と同じ「10秒00」。有効期間は23年7月1日から24年6月30日。ターゲットナンバー(出場枠)は「56名」だ。
19年ドーハ世界選手権が「10秒10」、21年東京五輪と22年オレゴン世界選手権が「10秒05」だったので、2年毎に0秒05ずつ引き上げられてきている。
6月5日までに10秒00をクリアした日本人は、冒頭に紹介したサニブラウン(9秒99/+0.4/24年5月30日)のみ。ブダペスト世界選手権6位入賞と合わせて日本陸連の選考基準によって代表内定となり、パリ五輪に向けて集中するために日本選手権への出場は見送ることになった。

その他の選手も、「10秒00クリア」を目指すがそのハードルは非常に高い。日本歴代で10秒00以内は、5人が11回(うち5回がサニブラウン)しかマークしていない。
バリ五輪の参加標準記録が有効となった23年7月1日以降の1国3人以内でカウントした24年6月11日現在の「WAランキング」で、これをクリアしているのは世界で25名。ブダペスト前の同じくらいのタイミングでのそれが14名だったのと比較してかなりレベルが高い。現段階で26位以下の選手はランキングのポイントで56位以内を争う状況にある。

6月11日現在のパリ五輪に向けた「WAランキング」にリストアップされている日本人は、以下の通り。
・各国4番目以下もカウントした実質の順位をカッコ内に示した。
・記録は、五輪参加標準記録有効期間の2023年7月1日以降の公認ベスト。

【JAAF】

がパリ行き切符の圏内。
他国の4番目以下の選手をカウントしない相当順位は、以下のように続く。

【JAAF】

1週間前の6月4日時点でのランキングでは、下記2人も掲載されていたが、6月11日のものでは名前が消えた。
89にいる位相当(実質156位)1157pt 竹田 一平/10.24(+1.0)2024.05.19

90位にいる位相当(実質158位)1156→1164pt 小池 祐貴/10.11(+1.3)2024.04.20

日本選手権と同じく6月最後の週末に世界中でパリを目指した各国の選考競技会が集中するので、最終的なボーダーラインもどんどんアップする。現時点で4番目以下の選手は、日本選手権で2位以内に入って、「6月30日時点のWAランキング56位以内」に入っていなければ「パリ行き切符」をゲットすることができない。
日本陸連の選考規定では、「WAランキング」の順位よりも日本選手権の成績が優先される。
日本選手権で2位以内の選手が「WAランキング56位以内でない場合」は、「56位以内」で日本選手権での順位の上位2人が代表となる。よって、現段階での「WAランキング」で上位に位置する栁田・多田も安心してはいられないのだ。現在の状況からすると、栁田・多田・東田・桐生・和田・坂井あたりまでが、「56位以内」の可能性が高そうだ。

日本選手権の順位ポイントは、
1位 100点
2位 80点
3位 70点
4位 60点
5位 55点
6位 50点
7位 45点
8位 40点

記録ポイントは、0秒03でほぼ10ポイント差。今回の日本選手権で1・2位が「同タイム着差あり」であった場合、記録ポイントは同じでも順位ポイントの差は20ポイント。記録で0秒06の差がついたのと同じことになる。1位と3位では0秒09差がついたのと同じ勘定だ。優勝して100ポイントが加算された選手と、決勝に進めず順位ポイントが「0」の選手では、タイムで0秒3あまりの大差がついたのと同じである。100mでこの差は、とんでもなく大きい。
ただ、日本陸連の選考基準では、モナコ時間の7月2日に公表される「WAランキング」で56名のターゲットナンバー内であれば、日本選手権での順位が優先される。よってどの選手も日本選手権では2位以内、あるいは1つでもいい順位でフィニッシュすることがパリへの道につながる。
仮に、予選や準決勝で「参加標準記録10秒00以内」をクリアしても決勝で3位以下で上位に「WAランキング56位以内」の選手が2人いた場合は、代表にはなれないのだ。とにかく、決勝で2位以内に入ることである。

日本選手権・決勝での「着順別最高記録」

・「/」の後ろは、追風参考での最高記録

【JAAF】

以上の通りで、日本選手権で9秒台がマークされたことはまだない。
会場となるデンカビッグスワンスタジアムは、トラックが硬いいわゆる「高速トラック」で、適度な追風が吹くことも多い。これまで公認条件下での日本人の10秒09以内は、計88回。競技場別では、長居が12回でトップ、布勢(鳥取)が10回。ビッグスワンでの最高記録は、「10秒14(+1.8)水久保漱至/2020年9月12日/日本学生/決勝1位」だ。

世界記録と日本記録のお話。日本選手権での日本新は過去7回

以下は、23年にも紹介した話で、今回の日本選手権からははずれるが、世界記録と日本記録のお話を少々。再掲なので、「以前に読んだ」という方は、ここから先を読むのは時間の無駄である(苦笑)。

現在の男子100mの世界記録が「9秒58」、日本記録が「9秒95」であることは陸上ファンの多くの方がご存知であろう。では、1912年の「初代世界記録」と1911年の「初代日本記録」は??

正解は世界記録が「10秒6」で日本記録が「12秒0」である。もちろん、現在のような100分の1秒単位の電動計時(写真判定)による計測ではなく、ストップウォッチを人間が押す手動計時で、5分の1秒単位のタイムだった。電動計時と手動計時の誤差は約0秒2。よって、手動の10秒6と12秒0は、電動計時なら10秒8台くらいと12秒2台くらいの記録になる。

10秒8台は、このところの五輪や世界選手権での女子のメダル争いくらいのレベル。12秒2台は全日本中学の女子のファイナリストくらいだ。100年ちょっと前の初代世界記録と初代日本記録は、今ではそれくらいのレベルだったのだ。

といっても、当時のトラックは土で、スターティングブロックもなく、トラックに穴を掘っていた。キックの力がしっかりと地面に伝えられる現在のようなオールウェザー・トラックになったのが1968年のメキシコ五輪から。100年前とは比較にならないくらいスパイクシューズも改良され、記録の短縮に大きく貢献していることは間違いない。

そんなことで、手動計時の初代世界記録10秒6と初代日本記録12秒0を、電動計時の10秒8台や12秒2台に換算して、現在の電動計時のタイムと単純に比較するのは、昔のアスリートには気の毒な話かもしれない。

とはいえ、100年間で世界記録は1秒ちょっと、日本記録は2秒ちょっとも短縮されてきたことは確かな事実である。

以下に、この100年あまりで、世界記録と日本記録がどのように進歩してきたのかを振り返ってみた。

【世界記録】
<手動計時>

【JAAF】

・1975年から電動計時のみを過去に遡及して世界記録として公認

<電動計時>

【JAAF】


【日本記録】
<手動計時>

【JAAF】


・1975年から電動計時を公認。1984年に過去に遡及して公認。1993年から電動計時のみを日本記録として公認。

<電動計時>

【JAAF】

以上の通りで、0秒1(0秒10)単位の記録がどのくらいの期間続いたのかを示した。同じ「0秒1」を短縮するにも僅かの期間しか要しなかったこともあれば、世界記録では、手動計時時代の10秒2や、電動計時になってからの9秒9台は20年以上も続いた。また、日本記録では、手動計時の10秒3が29年、電動計時の10秒3台も20年近くも続き、10秒0台も20年以上続いた。

手動計時の10秒3は吉岡隆徳(たかよし)さんが、1935年6月15日に明治神宮競技場(のちの国立競技場)で行われたフィリピンとの対抗戦で走ったもので、当時の世界タイ記録でもあった。男子100mの世界記録保持者となった日本人は吉岡さんしかおらず「暁の超特急」と謳われた。

吉岡さんは、1932年ロサンゼルス五輪で6位に入賞している(当時のファイナリストは6人)。五輪のみならず、83年から行われるようになった世界選手権も含めた世界大会の100mで入賞した唯一の日本人だったが、2022年オレゴン世界選手権でサニブラウンが吉岡さん以来90年ぶりの世界のファイナリスト(7位入賞)となった。サニブラウンは翌23年ブダペスト世界選手権でもファイナルに進み6位入賞。世界大会の100mで複数回入賞した初の日本人となった。

このところの日本選手権は「誰が勝つか」ということとともに、その記録にも毎回、大きな注目が集まる。
日本選手権の男子100mで「日本新記録」がアナウンスされたのは下記の通りだ。

【JAAF】

なお、75年の神野さんの10秒48には「二つの注釈」が入る。

その一つ目は、次の通りだ。1975年は電動計時(写真判定)の記録が日本記録として公認されることになった最初の年で、その年の12月31日時点での最高記録を「初代日本記録」として日本陸連は公認することにした。よって、日本選手権が行われた時点(5月31日~6月1日)では「電動計時日本記録」はまだ存在していなくて、当然のことながら競技場内では「日本新記録」とはアナウンスされなかった。

二つ目は、以下のような話だ。68年のメキシコ五輪の準決勝で飯島秀雄さん(茨城県庁)が10秒34(当時のルールで100分の1秒単位を10分の1秒単位に換算し「10秒3」が公式記録とされた)で走っていて、この記録は「アジア記録」として国際的には認められていた。しかし、上述の通り日本陸連は「その年(1975年)の最高記録を日本記録とする」として過去の記録には遡らなかったため、飯島さんの10秒34は「アジア記録」ではあったが日本記録としては認められなかった。

なお、国際陸連(現、世界陸連)や各大陸の陸連では電動計時の記録を公認することになった時、過去に遡及してその最高記録を公認することにしたため、68年メキシコ五輪でジム・ハインズ(アメリカ)がマークした9秒95が「世界記録」として、アジア陸連では飯島さんの10秒34を「アジア記録」として公認した。そのような事情で、飯島さんの10秒34は「アジア記録だが日本記録ではない」という妙な期間が続くことになった。しかし、その後「アジア記録として国際的にも認知されている記録を日本記録として認めないのはいかがなものか?」ということで、84年になって、過去に遡及して10秒34を日本記録として公認することになり、飯島さんの記録が日本記録として16年ぶりに認められたという次第だ。

今回の日本選手権で「日本新記録」がアナウンスされれば、98年の第82回大会以来26年ぶりとなる。是非とも実現してもらいたいものである。

桐生が17年9月9日に日本人初の9秒台(9秒98)をマークした時の話やデータ分析、あるいは山縣が現日本記録9秒95を21年6月6日にマークした時の話やデータ分析など、記録と数字の視点から「超マニアックな話題」を日本陸連HPに書いているので、興味のある方は、どうぞご覧くださいませ。

桐生の9秒98に関する話(8回連載)
↓ ↓ ↓
記録と数字からみた「9秒98」や「9秒台」についての“超マニアックなお話”
▼第1回「世界記録と日本記録の進歩は?」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11324/
▼第2回「桐生選手のトップスピードは時速42.0㎞」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11327/
▼第3回「桐生選手のピッチ、ストライドの年別の変化/日本歴代上位選手とのピッチ・ストライドの比較」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11337/
▼第4回「「初9秒台」の以前とその後」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11338/
▼第5回「世界の9秒台選手の特徴」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11367/
▼第6回「「9秒台」の時の「風速」」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11366/
▼第7回「桐生選手に続く日本人選手の「9秒台」の可能性」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11368/
▼第8回「五輪&世界選手権の「ファイナリスト」への条件」
http://www.jaaf.or.jp/news/article/11369/


山縣の9秒95に関する話(2021年日本選手権「記録と数字で……」の番外編)
↓ ↓ ↓
https://www.jaaf.or.jp/news/article/15003/


野口純正(国際陸上競技統計者協会[ATFS]会員)

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