【特別企画】水泳部新監督特集 藤井拓郎監督

チーム・協会

【早稲田スポーツ新聞会】

【早稲田スポーツ新聞会】取材・編集 芦沢拓海

2022年4月、早大水泳部の監督に藤井拓郎(平20スポ卒=大阪・太成学院)氏が就任した。藤井新監督は現役時代、北京五輪、ロンドン五輪でメダリストとなっており、さらに三種目で日本記録を樹立したことがある。今回は新指揮官に、就任の経緯や現役時代の活躍、水泳部の現状について話を伺った。
※この取材は6月20日に行われたものです。

目標を持って取り組めているのか

十数年ぶりに早稲田に帰ってきた藤井氏 【早稲田スポーツ新聞会】

――早稲田大学を卒業されてからは所沢キャンパスに訪れたことはあったのですか
 北京五輪までは大学で練習していたので何度かは行っていました。その後は、コーチ目線と選手目線と研究者目線で集まる機会があって、その時に選手代表として一度所沢キャンパスでやりました。
――プールに入ったのは久しぶりとのことですが
 プールの雰囲気は面影が残っていたので懐かしいなと思っていたのですが、プールの入り口から見えるウェイトルームなどの景色が場所も変わっていて綺麗になったなと。14年ぐらいあったので、新しくなったなと思いましたね。
――監督の就任の打診はいつ時ごろだったのですか
 ちょうど1年前ぐらいですね。
――その時の感想はありましたか
 やってみようかなと。
――そして打診を受諾するまでの期間はどのくらいだったのでしょうか
 その時はOB会からの打診だったのですが人事権がなかったので、競スポとやりとしたのがもう少し後になりますね。
――それまでに監督への憧れはありましたか
 憧れというよりは、機会があればやってみたい仕事の一つとは思っていました。
――監督に就任した際、水泳部への第一印象はいかがでしたか
 監督としては4月からだったのですが、コーチ登録は12月からだったので、監督になる前からプールに足を運んで練習の雰囲気を見ていました。何度か通いながら感じていたのは、時期的な面もあってか意識を変えていかなければならないと思いました。
――具体的には
 メイン大会まで時間があったので、中だるみではないですが目標を持って取り組めているのかという感じは受けたので、何のために日々の練習をしているのだろうということを側から見てもわからないとレベルの高い中で勝ち進むには難しいかなと思いましたね。
――今の選手と監督が在籍していた頃の選手の違いはありますか
 私たちが学生の頃は水泳部の寮があったのでそこに入って、練習はもちろん四人部屋で日常の生活も一緒で、寮の仕事とかで絆が深まりました。今は紺碧寮と言って他の部活との共同生活で、また寮の仕事も管理会社がやっていて部員はあまりやらず、さらに一人部屋となっている点が違うと思います。

大学での水泳は自分よりもチームのため

男子は平河楓男子主将(スポ4=福岡・筑陽学園)のもと、日本学生選手権(インカレ)準優勝を目指している。 【早稲田スポーツ新聞会】

――ここから藤井監督の現役時代の話を伺おうと思います。藤井監督が早大に入学した理由は何ですか
 簡単に言うとネームバリューですね。早稲田の学生ということはかっこいいと言うイメージが子供の時からあって、中学、高校と競技と競技レベルも上がってきて、もう少し頑張れば早稲田でスポーツ推薦に入学できるかもと言うことで、ちょうどその頃に勧誘という形で入学しました。
――当時の監督はどなたでしたか
 細かい指導者は分からないですが、今一緒にやっている奥野(景介氏、昭63教卒=広島・瀬戸内)コーチの指導は受けていたと思います。監督は地平さん(達郎氏、昭47政経卒)だったと思います。
――4年間だと水泳の技術としてはどのようなことが収穫ですか。
 色々なことがありますね、全部と言われればそうですし。分かりやすく言うと、ウェイトトレーニングを導入して、体重も4年間で7キロ増やして体を大きくすることはもちろん、水泳につながる動きを学べたことが自分の中で一番大きかったですね。水中では気づけなかったことが陸上のトレーニングを通じて筋肉の使い方を学びました。
――高校までとの違いはどこにありましたか
 高校までと全然違いますね。水泳部ではインカレがメインのイベントですが、高校の時のインターハイのように個人戦重視ではなく、インカレは完全にチーム戦で、個人の積み重ねではあるのですが優先順位は自分よりもチームのためということだったので、僕自身も高校の時は背泳ぎと個人メドレーを中心にやっていたのですが、ポイントが2倍で種目としての可能性が高いリレーがあるのですが、1年生の時に4年生に多くいたクロールの選手が卒業されて、クロールのできる選手が減ってしまったので、2年生の時にクロールに転向して、それが最終的に卒業後もクロールをやることになったので、そういう意味ではチーム戦がなかったら背泳ぎをやり続けていたかもしれないですし、チーム戦で先輩の抜けた穴を誰が埋めるかというと僕がクロールをやることになったので、そこが高校までの水泳と違うかなと思いますね。
――大学卒業後にはどのような学びがありましたか
 卒業後はプロとしてやっており五輪がほぼメインとなるので、4年単位で動いて、学生とは異なり授業がないので水泳のみに集中する生活を送っていて、それは個人的には水泳を分析したり考える力は個人的には学生の頃よりも増えたので、知識の向上は大きかったと思います。体重も3キロぐらい増え、体力向上もありましたが、どうしたら速くなったかを理論的なことなどを考えることも増えたので、知識としての向上はありましたね。
――指導者を志したのは何時ごろですか
 引退したタイミングじゃないですか。引退した後に何をしようかと思った時に、水泳関連のことをやろうかと思ったのが一つ、できるかは分かりませんが政治家をやってみたいと思ったのが一つ。より求められてるというと、指導者となってやってくれと言われる声が多く求められているなと思ったのと、政治はどうなるか分からなかったので、現実的な方を選んだ感じですね。引退しても水泳の知識には自信があったので、まずは一回やってみようというのがきっかけで始めました。

僕が生きている間に優勝するきっかけになれば

浅羽栞女子主将(スポ4=東京・八王子)率いる女子はインカレのシード権を死守したい。 【早稲田スポーツ新聞会】

――指導を始めて数ヶ月になると思いますが、今の選手の強みは何ですか
 指導を始めて数ヶ月なので全ての選手を理解しているわけではありませんが、僕の学生の頃と比べると、高校までで色々なことをネットで世界のトップ選手の動画を簡単に見れる時代なので、昔はビデオを録って研究していたのに対し今ではYouTubeなどで簡単に見れるので、高校生でトップ選手を研究できるので、テクニックは昔に比べると圧倒的に高く、練習も科学的で根性論というよりは理に適ったトレーニングをしている子たちだと思うので、練習ができていると思いますね、
――練習ではどのようなアドバイスをしますか
 練習はスタッフが提示するので、気になることがあればメニューをこちらが提示します。ただ、練習をこなすのがいいというよりは、練習の取り組み方を指導することが多いかもしれませんね。メニュー通りにやるだけではなく、今の自分を理解して、大きな大会でこういう風なレースをしたいだったり、こういう記録を出したったりの理想像を作り、理想像と現状の差を理解して、足りない部分をどうすれば理想像に近づけるかということを、ただ頑張ったり言われた通りにやるだけだったりだと、今の競泳のレベルが高くライバル選手もトレーニングを一生懸命やっており、ただやるだけで勝てるほど甘くないので、レベルが高い中で勝ち抜くには一回一回の練習を丁寧にやらなければいけないですし、闇雲にやっても上手くならないよという話をしますね。
――指導を始めてから成長や意識の変化が見られる選手は誰ですか
 田丸(敬也、スポ3=大阪・太成学院)というのがいるのですが、もともと能力があったのですが、僕が入る直前には水泳に集中できなかったことを前監督から聞いていて、今はいい部分が出てきていて変化を感じますが、成長というよりは戻ってきたということなので。
――今年のスローガン「101%」について選手と共有していますか
 チームのスローガンとして共有はしていますが、そこは学生主体ということで僕からは口出ししないですし、皆が101%の力を出すことをスローガンとして掲げているのなら否定はしませんが、掲げている限り実践してほしいですね。
――このスローガンを実行できていると思いますか
 どうなんですかね。全員が全員毎日やっているかと言われると全然足りないとは思うのですが、意識を持ってできていると思うこともありますし、最終的にはインカレという大きな目標になるので、そこに向けて絶対にやり遂げてほしいとは思いますね。
――男子は準優勝、女子はシード権獲得という目標を掲げていますが、これについて対話する機会はありますか
 もちろんありますね。最初、インカレで一区切りになるので、去年インカレというのが10月にあって、そこから新体制で動いているのがあって、そこから僕が4月に就任しているので、シーズンは半分が終わっているんですね。僕はチーム目標を立てた場にはおらず、それを引き継いだのですが、4月に日本選手権があって、そこで目標を立てた当初に加えて各校1年生が入ってきていて、日本選手権が終わった後4年生とミーティングした時に、4月終わった時点での主要大会の全チームの各選手の記録のランキングを出させたんですね。本当に10月に立てた目標が中間地点で計画通りにいっているのかということを集計してもらって、変えるのだったら今だと、頑張れば到達できるのが目標であって、準優勝とはいっても、全員がそう思えればいいですが、無理だと思う人が一人でもいれば良くないという話をして、ランキングが出たのですが、上二つが突出していて、3番目から5番目が競っている状況で、3位なら現実的だと。上二つと早稲田が水泳では大差である120ポイントという現実からもう一度目標を学生ミーティングで考えさせて、結論としては中間地点では力はあるが思ったような記録が出ていない選手がいて、その選手が機能すればいけるという学生の判断として、目標を変えずにやっています。
――理想の指導者像は何ですか
 一番は遠慮せずに言い合える関係というか、言いたいことを言い合える信頼関係が大事だと思いますし、選手も萎縮せず思っていることを聞けるような体制というか、言っても否定されたり機嫌を損ねるのではないか思われたりな関係ではなりたくないなと。お互い変に傷の舐め合いのようにいいところばかり言うのではなく、直すべきところは直したほうがいいと言い、誉めるべきところは誉めてあげると言う関係が理想です。
――最後に早稲田大学の水泳部の監督にかける意気込みをお願いします
 何で早稲田でやるかと考えた時に、学生時代にインカレ総合優勝ができずにOBになってからも一度も達成できていない中で、現場に携わっていない以上は見守るだけというか、心の中で応援しているだけでしたが、インカレで総合優勝したいと言うのがずっとあって、現場に入れるようになって自分も上手くやれば優勝に近づけるチャンスはあると思っているので、見守るだけではなく自分がやりたいことをやってどこまで行けるかと言う挑戦でもあるので、自分がどこまで行けるか分かりませんが近づけたいし、指導している間に優勝できればいいですが自分の水泳における考えをチームに反映させて、監督に引き継ぐ中で良いものを現場に流し込んで、僕が生きている間に優勝するきっかけになればいいかなと思いますね。
――ありがとうございました!
(取材・編集 芦沢拓海)

◆藤井拓郎(ふじい・たくろう)
1985(昭60)年4月21日生まれ。184センチ。大阪・太成学院高出身。2008(平20)年スポーツ科学部卒業。2008年北京五輪400mメドレーリレー銅メダリスト、2012年ロンドン五輪400mメドレーリレー銀メダリスト。200m個人メドレー・100mバタフライ・100m自由形の元日本記録保持者。
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著者プロフィール

早稲田大学競技スポーツセンター

「エンジの誇りよ、加速しろ。」 1897年の「早稲田大学体育部」発足から2022年で125年。スポーツを好み、運動を奨励した創設者・大隈重信が唱えた「人生125歳説」にちなみ、早稲田大学は次の125年を「早稲田スポーツ新世紀」として位置づけ、BEYOND125プロジェクトをスタートさせました。 ステークホルダーの喜び(バリュー)を最大化するため、学内外の一体感を醸成し、「早稲田スポーツ」の基盤を強化して、大学スポーツの新たなモデルを作っていきます。

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