【Inside Story】コベルコ神戸スティーラーズ 営業マーケティンググループ 田中大治郎

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【コベルコ神戸スティーラーズ】

チームを陰で支えるスタッフの奮闘ぶりを紹介する【Inside Story】第2回目は、営業マーケティンググループに所属し、プロモーションを担当する田中大治郎氏が登場。現役時代は、ウイングでプレーしていた快足をいかし、攻撃的なスクラムハーフとして活躍。また、ファンサービスにも人一倍熱心で、ファンの方々から「だいちゃん」「大治郎」と親しまれ、2018年シーズンをもって現役を退いた後も、いまなお人気は続く。そんな彼の原動力は、スティーラーズへの熱い思いなのだ。

スティーラーズは子供の頃から憧れのチーム

 MEN IN RED(メン・イン・レッド)、通称「M.I.R」のエージェントTとして、インスタライブに登場し、選手と軽快なトークやモノマネ対決などを行い、時には選手よりも目立つことも(笑)。人前に出ることが大好きだという田中氏の『コベルコ神戸スティーラーズ愛』は、子供の頃までさかのぼる。
奈良県生駒市出身。小学1年でラグビーをはじめ、世界のトライゲッターとして活躍していたスティーラーズのOBである大畑大介氏とアンドリュー・ミラー氏に憧れた。花園にも足を運び、スティーラーズの試合を観戦していたという。
強くてかっこいいスティーラーズの選手を見て、
「僕も赤いジャージを着てプレーし、人気者になりたい!」
と心に決めていた。しかし、赤いジャージを目指してはいたものの、高校時代は、なかなか目立った成績を残せずに、京都産業大学へ。
転機となったのは大学1年。
当時、コーチを勤めていたスティーラーズOBの吉田明氏から、ウイングからスクラムハーフへコンバートを勧められた。
パスをもらって周りにいかされる立場から、周りをいかすポジションへ。
「難しかったのですが、それがはまって1年から試合に出ることができました」
大学4年の時には、関西大学リーグ2012シーズンAリーグのベスト15に選ばれた。
「大学4年のシーズンが終了し、実家に帰っていた時に、大西先生(当時の京都産業大ラグビー部監督)から電話があったんです。先生からスティーラーズへの入団が決まったぞと言われて…。驚きましたし、これまでで一番嬉しい瞬間でした」
スティーラーズの赤いジャージを着て、活躍したい。その一心で、子供の頃からラグビーに打ち込んできた。
「中学時代、遊んでいる子もいたのですが、そういう子たちに流されたらダメだと父から言われてきました。父は、ハンドボールで国体に出場した経験があり、競技に打ち込んできた人です。1つのことをやり通すようにずっと言われてきて、そういう父に影響を受けてラグビーを頑張ってきました」
子供の頃からの夢が現実となり、心から幸せを感じた。

試合出場を目指して、懸命に取り組んだ。

 スティーラーズで掲げた目標は、「神戸で9番を背負い、いつか日本代表へ」。
高みを目指して練習を積むも、なかなかチャンスは巡ってこない。
ファンサービスに重きを置くスティーラーズでは、ゲームメンバーから外れた選手は、試合当日、チームブースに立ち、グッズ販売の手伝いをしたり、ファンの方々と触れ合ったりする。田中氏は、1年目から積極的にファンと交流。
「ファンサービスは好きでしたね。ファンの方々との交流を通じて、皆さんが応援してくれているのを感じグラウンドに立って恩返しがしたいと思いました」
試合に出ていないにもかかわらず、ファンの方々からの人気はうなぎ登り。さらに、会社では、神戸本社の環境防災部に所属していた田中氏は、部署で唯一の選手として、チームのことやラグビーというスポーツを知ってもらおうとプレゼンテーションを行った。3年目からは神鋼物流(株)総務部へ。仕事を通じて他部署の方にも顔を覚えてもらい、社内でも人気者となり、会社で応援してくれる方々のためにも試合に出たいと改めて決意。しかしながら、結局、公式戦5試合に出場した入団2年目のシーズン以降、3シーズン出番がなかった。
田中氏は、
「こんなにも試合に出られないのによく続けているなと言われることもありました。だけど、腐らずに頑張ればいつかチャンスが巡ってくると思っていたんです」と振り返る。そう、子供の頃、スティーラーズに入るという目標を掲げて、周りに流されずに努力したように、スティーラーズでも諦めずに己に向き合い練習に取り組んだ。
その努力が認められ、現役最後のシーズン、出番が回ってきた。「ジャパンラグビー トップリーグカップ2018~2019」総合順位決定トーナメント1回戦で後半32分から出場。
「すでに引退することは決まっていましたが、最後試合に出ることができて幸せでした」

15シーズンぶりにトップリーグで優勝した2018年シーズンは、チームを盛り上げるファン(FUN)グループの一員として、チームソングを作るなど、一体感の醸成に一翼を担った。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

スタッフとして大好きなスティーラーズを支えよう。

 現役引退と同時にチームディレクターの福本正幸氏からスティーラーズの活動をサポートする、現在の「ラグビーセンター」にあたる「ラグビー部支援室」に来てくれないかと打診を受けた。
当時、28歳。まだまだ体が動く。しかも、2018年シーズンは、これまでになくパフォーマンスが良かった。チームメイトからは、他チームでラグビーを続けたらどうかと助言された。
移籍か、それともスタッフとして大好きなスティーラーズに残るか。悩みに悩んだという。
そこで頭に浮かんだのは、尊敬する父の「1つのことをやり通せ」という言葉。子供の頃から憧れていたスティーラーズに入ることができたのだから、このままチームに添い遂げようと決意した。また、引退が決まった時に、同じポジションで切磋琢磨した徳田健太が「大治郎の分まで頑張る」と涙を流し、互いに固い握手を交わしたことも、スタッフとして残って、チームを支えようと思った理由でもある。
「選手から大治郎がスタッフとしてチームにいてくれて良かったと言ってもらうことも多くて、この決断は間違っていなかったと思います」
そう話す田中氏だが、スタッフ1年目は戸惑うことが多かった。折しも、長年、スタッフとしてチームを支えた今村順一氏が異動し、今村氏とともに活動していたスタッフもチームを去ったばかり。田中氏が今村氏から引き継いだ「イベント・普及」の仕事は、イベントへの選手派遣、神戸市とのタグラグビー教室などの普及活動、試合前やハーフタイムイベントの企画、チームブースの運営、試合告知ポスターなどの制作物のディレクション、チームグッズの企画など、多岐にわたる。やらないといけないことは、山積だ。パソコンは、To doを書いた付箋で埋め尽くされていった。しかも、田中氏のスタッフ就任1年目は、「ラグビーワールドカップ2019日本大会」が開催された年。イベントへの出演依頼が急増した。
「選手の出演料の交渉をしたり、振込先を確認したり…。これまではやってもらう立場でしたが、それをやらないといけない。段取りもわからない中で、頭がパンク寸前でした。仕事のことを考えたら夜もなかなか寝ることができなくて…」と大変苦労されたそう。さらには、土日にかかわらずイベントが入るため、なかなか休みを取ることができない。
「選手をしていた時はわからなかったのですが、スタッフがこうやって支えてくれているからラグビーができているんだと改めて知ることができましたね」
業務に追われる毎日の中でも、「チームのことをより多くの人に知ってもらいたい」との思いから以前からあったFacebookに加えてTwitterとInstagramを開設。
SNSでの情報発信を強化した。
「ワールドカップ効果でトップリーグの試合には多くのお客様が来てくれました。1年目はとにかく大変でしたが、あのしんどさを経験できたことは、今後にいかせると思いましたね」
2年目は余裕が生まれ、会場を真っ赤に染めようと「組み立て式ヘルメット」の配布を企画。徐々に自身のやりたいことをカタチにできるようになってきた。

プロモーション担当として、より質の高いものを。

 スタッフになって3年目の2021年シーズン、日本ラグビー界は変化の時を迎えた。トップリーグからリーグワンへ。チームの体制も大きく変わった。「ラグビー部支援室」から「ラグビーセンター」となり、スタッフの数も増えた。それに伴い、ラグビー普及は、2020年シーズンをもって引退した長崎健太郎氏に、イベントは、依頼主によって担当者がそれぞれわかれることになり、田中氏は、SNSや試合会場での演出などのプロモーションを担当することになった。
「トップリーグ時代はイベント普及という肩書きでしたが、イベントや普及にかかわらず、やることが多くて、自分はいったい何の担当なのかわからなくなることもありました。けど、現体制ではやることが明確になり、より質の高いものをファンの皆様に提供できるようになりました」
昨年7月からスタートした冒頭の「M.I.R」によるインスタライブは、ある日、雷に打たれたようにアイデアが降ってきた。どのチームもインスタライブを行っている中で、「自分のキャラクターを生かして、面白いことができないか」と考えていた時のことだった。元ネタは、トミー・リー・ジョーンズとウィル・スミス出演の映画『メン・イン・ブラック』から。田中氏と広報担当の近藤洋至氏が、黒のスーツに身を包み、チームカラーの赤のネクタイを締めて登場し、それぞれ「エージェントT」、「エージェントK」と名乗って司会進行を務め、ゲストの選手とトークを展開する。
「ラグビーに特化した内容というよりも、見ている人が笑顔になれるような企画にしたかったんです」と考え、モノマネ対決などのコーナーも盛り込んだ。ファンにもすっかり浸透し、あるイベントでは、M.I.Rの小道具である手作りのピストルがプレゼントされたことも。

昨年7月からスタートしたインスタライブ「M.I.R」。「どうせやるなら、どのチームもやっていない趣向を凝らしたインスタライブにしたかったんです」と田中氏。選手の素顔が見ることができて面白いと女性ファンを中心に大好評。2人が手にする赤いピストルはファンの方からプレゼントされたものだ。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

初めてのリーグワン、不安な中でやり切った!

 SNSで試合やイベントなどの情報を発信し、試合会場では演出統括として奮闘。ちなみに、ホストゲームで行われるイベント全体に名前をつけようと提案したのも田中氏だ。案を出し合い【Kobe“Smile”Park】と名付けた。
「コロナの影響で、なかなか直接選手と交流できない中で、ファンの方々が少しでも選手と一緒にいるような気持ちになってほしいと思い、【Kobe“Smile”Park】の1つの企画として、等身大パネルやリーグワンから初めてAR撮影用のQRコードを設置したりしました」
リーグワン開幕戦で来場者全員に配布した「開幕戦記念Tシャツ」も田中氏のアイデアからだ。
「みんなを笑顔にしたい」
その思いから、ホストゲームの第12節と第15節では、選手アクリルキーホルダーのプレゼントを実施した。当初の予定では、第12節でBK選手のキーホルダーを、第15節ではFW選手のキーホルダーを配布することになっていたのだが…。
「FWとBKの配布日を分けることで、2試合続けてホストゲームに足を運んでもらおうという狙いがありました。それで、第12節ではBKのキーホルダーを配布することにしたんですが、準備の際に、僕がFWのキーホルダーをピックアップしてしまったんです!というのも、SNSのイベント告知用のビジュアルに、FWの選手を使っていたので、FWだとすっかり思い込んでしまって…。試合当日、ファンの方と喋っていた時に『今日はBKのキーホルダーじゃなかったの?』と言われて、びっくりしました!『やってしまった!』と思って、すぐにSNSに謝罪文を投稿したんですが…。BK選手のアクリルキーホルダーを期待して来場してくださったファンの皆様に、改めてお詫び申し上げます!」
FWとBK選手のアクリルキーホルダーの入れ間違えということはあったが、リーグワンとなり、ホストゲームを自分たちで運営しないといけないという不安がある中で、大きな事故なく1シーズンを乗り越えられたことに対して達成感を感じている。

試合中は、「GO GO!KOBE!」コールのタイミングなどを指示。試合後も「プレイヤーオブザマッチ」表彰のオペレーションなど、大忙し。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

みんなが笑顔になるホストゲームに。

 リーグワン初年度、ホストゲームの会場全体の演出を担当し大変だったことを伺うと、自チームとビジターチームへの演出のバランスだったと田中氏は言う。
「Jリーグのように、当初、ホストゲームでは完全に自チームに偏った演出をしていたのですが、昔から応援してくれているファンの方から、ラグビーはたとえ敵チームであっても良いプレーには拍手をするし、ホストチームに偏った演出はどうかという声があって…。はじめの頃は、自チームのPVしか流さなかったのですが、途中からビジターチームのものも放映し、ビジョンには相手チームのファンに向けて『ようこそ、神戸へ』と映像を出すようにしました。ただ、演出のバランスは、最後まで悩みましたね」
今シーズンの反省を踏まえて、ホストゲームをさらに良いものにし、スティーラーズファンや相手チームのファンに関係なく、スタジアムに足を運んでくれた全員を笑顔にしたい。田中氏の頭の中は、さまざまな企画でいっぱいだ。
「この2シーズンは、コロナ禍ということもあり、ノンメンバーの選手がチームブースに立ってファンの皆様と交流することができませんでしたが、コロナの感染状況次第では、今後、復活させたいと思っています。来シーズンは、お客様にグラウンドに立ってもらったり、DJを呼んだり、いろいろなことをして、会場を盛り上げたいと思います」
ファンの方々のために何ができるのか。どうやったら喜んでもらえるのか。サービス精神旺盛な田中氏は、「この仕事は自分にとって天職だと思いますね」と笑顔を見せる。
「パソコンやスマートフォン等で試合観戦ができる時代ですが、スティーラーズの試合はスタジアムで見ないと!思ってもらえるように、来場していただいたファンの方々全員が楽しめる演出をしていきたいですね」
大好きなスティーラーズのために、ファンのために、田中氏はこれからも勇往邁進する。

文・山本暁子(チームライター)

ホストゲーム開催日は演出統括として朝6時15分に会場入りし、台本の確認やリハーサルなどを行う。来シーズンのホストゲームでは、どんな演出をしてくれるのか。楽しみにしていてほしい。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

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著者プロフィール

コベルコ神戸スティーラーズ

1928年創部。1988年にチームの愛称である「Steelers」の文字をジャージに採用し、人とボールがよく動く「クリエイティブラグビー」を信条に、1989年の日本選手権で初優勝を収める。以降、1995年まで連続で日本一を勝ち取り、歴代最多タイ記録となる7連覇を達成。2003年度より開幕したジャパンラグビートップリーグでは初代王者に輝き、2018年にはシーズン無敗で日本一に輝いた。 2022年から開幕する「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」では、チーム名を「コベルコ神戸スティーラーズ」とし参戦する。

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