スポ止めカンファレンス「競技転向 強みを伸ばす」

チーム・協会

【スポ止めカンファレンス「競技転向」】

 長かった緊急事態宣言がやっと終わり、そろそろ日常にもどりつつある…と誰もが期待を寄せる中、新たな変異株への不安が囁かれはじめ、学生アスリートは、コロナ禍にまだまだ翻弄され続けているのが現実です。そんな学生アスリートを救いたい。9月18日に開催したオンライントークイベント『スポーツを止めるなカンファレンス〜コロナ禍での成長〜』ではプロアスリートや科学者ら幅広い分野のトップランナーたちとともに学生アスリートの抱える悩みや課題との向き合い方などが話し合われました。
 脳科学とスポーツ、女性アスリートの生理とコンディショニング、競技転向で得られる新しい視点、日本の部活動の可能性、そして東京オリンピックで快進撃を見せた女子バスケットボールが描く未来像など幅広いジャンルでディスカッションが行われました。トップランナーたちの視点から見るスポーツの可能性とは。学生アスリートへのメッセージとともに詳細をレポートします。

トークテーマ:「競技転向 強みを伸ばす」
【出演者】
陸上女子100mハードル日本記録保持者/陸上日本代表 寺田明日香
プロ7人制ラグビー選手/7人制ラグビー日本代表 白子未祐
スポーツを止めるな代表理事 野澤武史
スポーツを止めるな共同代表理事/元ラグビー日本代表 廣瀬俊朗


【スポ止めカンファレンス「競技転向」】

 真新しい国立競技場のレーンに立つ、選手紹介の後に迎える一瞬の静寂。これまで支えてきてくれた仲間の顔が浮かび、目に涙が。「いや、まだ泣かないぞ」。陸上女子100メートルハードル日本代表・寺田明日香選手はすっと前を見据えた。『On your marks…Set』。号砲とともに飛び出す、今は走ることが楽しい。そう気づかせてくれたのは競技転向でラグビーをプレーしたからこそ出会えた思い。
 代表選考ではいつ落とされるか不安だった。そんな時に「未祐なら大丈夫」と声をかけてくれたのはかつてのラクロス仲間だった。7人制ラグビー日本代表・白子未祐選手は信じる思いを推進力に変えてピッチを駆けた。今しかないチャンスを掴め。自分で選んだ道に全力でトライした。アタックしたからこそ得られるものがある。新しいことへの挑戦はいつも楽しい。
 東京オリンピックで躍動した陸上・寺田選手と7人制ラグビー・白子選手の共通点、それは『競技転向』。互いに世界選手権出場やユース日本代表選出の経歴を経てラグビーに挑戦し、その経験を活かして飛躍を遂げました。スポーツを止めるな代表理事の野澤武史と廣瀬俊朗とともに競技転向による強みの伸ばし方を考えるトークセッション。競技転向は宝の山?それとも冒険!?コロナ禍の今こそ。新たな一歩が大きな未来への扉を開く。

競技転向のきっかけ。共通点はチャンスを掴め!

 小学4年で陸上を始めた寺田選手、高校から100メートルハードルに取り組み高校総体3連覇。卒業後も日本選手権3連覇を成し遂げるも怪我や摂食障害などにより2013年に引退。その後は大学進学や出産と慌ただしい日々の中、16年にラグビーへと競技転向。その経緯について寺田選手は「23歳で陸上を引退、その後はリオ五輪で7人制ラグビーが正式種目に決まったときにラグビー関係者の方から声をかけてもらいましたが、その時はアスリートとして競技を続ける気持ちにはなれなかった」と当時の思いを語ってくれました。
 転機が訪れたのは東京五輪の開催決定。再び関係者から声をかけてもらう中で「オリンピックを一緒に目指そう、そう言ってもらえてありがたかった。そのチャンスに挑戦したいと思った」と競技転向を決断したそうです。

【寺田明日香さん】

 白子選手の競技転向へのきっかけは野澤武史!?。大学4年時には日本選手権優勝、ユース日本代表としてアジアパンパシフィック選手権優勝、大会MVPに輝く実績。「さらに上を」と目指す中で、偶然にも試合の視察で来ていた野澤の目に白子選手の躍動する姿が飛び込み「ラグビーでオリンピックを目指さないか」と即勧誘。当時、ラクロスの米国プロリーグへの挑戦という話もあったが「現役選手として迎える東京五輪は二度と来ない」と大会まで1年を前にした19年にラグビーへ競技転向を決意した。「それでオリンピックいけちゃうんだから。ほんますごい」と廣瀬も白子選手の挑戦と急成長にびっくり。2人の躍進の裏にあった競技転向の苦労や喜びについても聞いてみました。

【白子未祐さん】

競技転向ならではの苦労。その先に出会えた新しい自分像や競技への向き合い方。

 身長168センチ、体重48キロ。ラグビーを始めたころの寺田選手はまさに“ひょろひょろ”。「何度もぶっ飛ばされましたね」と笑いながらも、どうすれば体を大きくできるのか、何を食べ、どのようなトレーニングが必要なのかを考えるきっかけになったと言います。「死ぬほど食べた」と言う通り体重は筋力の上昇とともに最高61キロまで増加。18年にラグビーを引退、陸上への復帰を選んだ後もこの体づくりが活かさているとのこと。「日本の陸上選手は軽い方が有利と思われていますが、海外の選手はラグビー選手ばりに体が大きい。骨格的に恵まれていない私たちが彼女たちと戦うにはどうすればいいのか、そういう意味での体づくりへのメンタルブレークを得られた」。
 白子選手は短い期間で何かできるかに集中。「種目転向して自分ができないことがたくさんあり悩んだ時期もあったけれど、できないことを気にせず自分のできることに集中しました。自分の強みをしぼっていけたことがよかった」と競技転向を通して自分の新たな一面と出会えたことを紹介。野澤は「強みの抽象化、自分を俯瞰してみる。メタ認知することで自分の活かし方が見えてくることってたくさんある。これも競技転向ならではの視点かな。アスリートのセカンドキャリアにもつながる部分が大いにあるね」とうなずいていました。

新しい挑戦!やってみたい!でも…そんなときの2人の決断軸は?

 はつらつと話す2人に、廣瀬は「やってみないとわかんないって本当にたくさんある。学生アスリートもやってみるということを大事にしてほしい。でもやりたいことがたくさんある中で何かを捨てなきゃいけない時もありましたよね、どういう基準でやることをお二人は決めましたか」と質問。
 寺田選手は「その時しかできないことを大事に。後々後悔すると思ったことは基本やる。可能性が少しでもあるのならトライ。私の場合は何かを犠牲にするのではなくどっちもとる。なぜどちらかを捨てなきゃいけないの?周りの人の力も借りながら突き進めばいい。そう思えるようになったのも頼り、頼られるチームスポーツであるラグビーのおかげですね」と振り返る。白子選手は「私はどっちもということはできない性格。でもどちらを選んでも後悔しないように全力で取り組めば良いと思う」とポジティブな気持ちで向き合うことの大切さを伝えてくれました。

陸上からラグビーへ。そして再び陸上へと挑戦した寺田選手、その気持ちの変化は。

 ここで白子選手から寺田選手への質問タイム。「ラグビーに競技転向すると決めた先に、再び陸上に戻るつもりはありましたか?」との問いかけ。一瞬の暗い表情を見せた寺田選手は「やりたいという気持ちはあったけど…、陸上選手って自分が今どれくらいのタイムで走れるかわかっちゃうんです。その時のタイムは仮に日本選手権に出ても予選落ちかな。そこで陸上に戻って何のために走るのか。いろんなことが怖くて陸上には踏み込めない状況だった」と当時の心境を振り返ってくれました。
 ラグビーへの競技転向の中で芽生えた陸上への思いについて「ラグビーの中だったら足が速いことを活かせる。誰かと一緒になって良いものができるような気がした。何よりもタックル、パス、逃げる、追うというプレーの中で自分が走ることがやっぱり一番好きなことに気づけた」とありたい自分を発見。0.01秒を競う陸上の世界にありながら「今はタイムを気にせず走れる」と笑う。その結果こそが復帰後の日本新記録更新や日本選手権優勝へとつながっているようでした。

スポーツが止まってしまった学生へ

 野澤は「コロナだけではなく、怪我や挫折、学生アスリートにはいろんな壁がありますよね。そんなときののり越え方は」と廣瀬に質問。「僕もワールドカップ前にキャプテンを外された時は落ち込みました。何のためにやってきたんだろうって。でもその時にメンタルコーチに“代表から離れても良いんだよ”と言われたことが大きい。辞めても良いんだ、そう考えられたときに『いや、離れたくない』と思えた。キャプテンじゃなくても良いやん、チームのために頑張ろうって気持ちを切り替えられた」と自身の経験を紹介。
 廣瀬の言葉に深くうなずく寺田選手。「コロナ禍や怪我で練習ができないとき、気持ちが落ちるじゃないですか。その時に離れる、逃げる、違うことをするって悪いことと思われがち。でも離れることで心のありようって変わってくる。そこで『やりたい』と思えれば前よりもずっと強くなれる。だから辛い、逃げたいという自分をまずは認めることはすごく大切」と語ってくれました。白子選手も「辛い練習のとき、やるか、やらないかを決めるのは自分、やりたいと決めたら自分のためになるように頑張ってほしい」とアドバイスしてくれました。

コロナ禍での成長。自分にフォーカス、やってきたことは未来につながる。

 五輪中止、大会延期、無観客…。開催前にはさまざまな声が飛び交った東京五輪。学生アスリートも状況は同じ。寺田選手は「今だからできることに目を向けてほしい。周りの人の意見を変えるのは難しい。それよりも自分がどうしたいかをひたすら考えて。大会がなくなったとしてもそれに向けてやってきたことはなくならない。むしろそれは強みになる。私も五輪がすべてとは思っていない。スポーツは人生を豊かにするもの、競技を通して成長があってほしい」と学生たちに思いを届けてくれました。
 白子選手も「人それぞれいろんな考え方がある。私たちが言ったことが絶対ではない。それぞれのやり方で目標に向かってほしい。結果が出なくても絶対に成長につながるはず。私もラグビーを続けてその先にラクロスへの再挑戦もあるかもしれませんね」と新たな競技転向の夢も宣言!?2人の今後の活躍に期待が膨らむ時間となりました。

【コロナ禍での成長】

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著者プロフィール

一般社団法人スポーツを止めるな

コロナを機に、競技を止めてしまう学生アスリートを一人でも食い止め、スポーツを通じて“未来”を創りたいと考えております。 デジタルを手段にして彼らが競技継続できるように進路支援やモチベーション向上支援を行い、また、その活動を通じて公平で透明な環境を整備致します。 「スポーツをやってきて良かった」という実感や「これからもスポーツを頑張っていきたい」という張り合いを創り、Nextステージで輝く自立した人財育成を目指します。

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