【東京マラソン2021】レポート&コメント〜鈴木健吾・一山麻緒が強さを見せつけて日本人トップに輝く!世界記録保持者のキプチョゲ・コスゲイは日本国内最高記録で優勝!〜
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
国際的には、「アボット・ワールドマラソンメジャーズシリーズXIV」の第1戦として位置づけられていますが、同時に、日本陸連が東京オリンピック後に開設した「ジャパンマラソンチャンピオンシップシリーズ(JMCシリーズ)」、オレゴン2022世界選手権マラソン日本代表選考会、杭州2022アジア大会マラソン日本代表選考会のほか、2024パリオリンピックのマラソン代表選考競技会として2023年秋に実施されるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の出場権を懸けた「MGCチャレンジ」も兼ねています。エリートの部に出場した日本人選手は、JMCシリーズのポイント獲得、世界選手権の派遣設定記録突破、MGC出場権獲得など、それぞれに掲げたターゲットを目指して、レースに挑みました。
日本国内最高記録で快勝!
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
男女世界記録保持者が来日、また、日本勢も男女ともに日本記録更新が可能なメンバーが揃ったことにより、ペースメーカーは男女それぞれに2段階に分けて用意されました。男子の第1ペースメーカーは2分54秒(フィニッシュ想定タイム、以下同じ:2時間02分22秒)、第2ペースメーカーは2分57秒(2時間04分29秒)で、女子は第1ペースメーカーが3分14秒(2時間16分24秒)、第2ペースメーカーは3分17秒(2時間18分32秒)が設定タイム。男女ともに第1ペースメーカーの設定でフィニッシュした場合はマラソンの日本国内最高記録が、第2ペースメーカーの設定でフィニッシュした場合は、日本新記録が誕生する想定です。午前9時10分に号砲が鳴り、東京の街へ飛び出していったランナーたちは、その期待を裏切らない高速レースを展開していきました。
まず、男子では、2時間01分39秒の世界記録保持者で、昨年、札幌で開催された東京オリンピックを制して2連覇を果たしたエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)が、圧巻のレースを見せつけました。東京マラソン初参戦となるキプチョゲ選手は、スタート直後から、ほかの海外招待選手らとともに飛び出すと、第1ペースメーカーの設定タイムを上回るラップを刻んで、レースを進めていきました。下り基調ながら最初の5kmを世界記録樹立時よりも7秒速い14分17秒で入ると、10kmを28分37秒(この間の5km14分20秒。以下、同じ)で通過。15kmは43分16秒(14分39秒)と、世界記録樹立時よりも22秒上回って通過していきました。20kmを57分53秒(14分37秒)で通過すると、ハーフは1時間01分03秒での通過。世界記録樹立時との差は徐々に縮まってきたものの、世界記録樹立時のようにネガティブラップ(前半よりも後半のほうが早いペースとなること)となった場合は、2時間1分台の可能性も残すなかでの後半戦となりました。
25kmを世界記録樹立時より3秒後れる1時間12分26秒で過ぎていくと、26km過ぎにはペースメーカーをかわして先頭に立ち、これについたアモス・キプルト選手(ケニア)とタミラト・トラ選手(エチオピア)の3人によるトップグループを形成しました。29km過ぎでトラ選手が後れ、前を行くキプチョゲ選手の後ろにキプルト選手がぴたりとつく状態で30kmを1時間26分51秒で通過。この間のラップを14分25秒に引き上げます。その後、さらにペースが上がるかと期待されましたが、キプルト選手が横に並びかけての競り合いとなったことで、やや牽制する様相となり、次の5kmは14分39秒にペースダウン。しかし、キプチョゲ選手は、35km通過直後の給水を終えると、そこからエンジンをかけたかのようにリードを奪い、キプルト選手を突き放していきました。
37km過ぎにある田町の折返点で約4秒だった差は、1時間56分03秒で通過した40km(14分33秒)では13秒となり、ここで“勝負あった”の状態に。キプチョゲ選手は、最後の2.195kmを6分37秒でカバーして、日本で初めて2時間3分を切る2時間02分40秒の日本国内最高記録でフィニッシュ。レース後は、「日本で初めての2時間2分台を出すことができて、とても嬉しく思っている。(昨年夏の)東京オリンピックでは、札幌で金メダルを取ったのだが、もう一度日本で、この東京で走れたということで、大変にワクワクした。感謝の気持ちでいっぱいである。記者会見のときに、“STRONG(ストロング)なマラソンを走る”と話したのだが、2時間2分で走れたということで、それがどういう意味だったか、わかっていただけたのではないかと思う」と振り返りました。2位のキプルト選手も自己記録を17秒更新する2時間03分0313秒をマークして、世界歴代順位を12位から9位へとジャンプアップさせる好結果を残しています。
8選手がMGC出場権を獲得!
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
地力を見せつける形となったのは、昨年のびわ湖毎日マラソンで2時間04分56秒の日本記録を樹立した鈴木健吾選手(富士通)です。スタート直後はペースメーカーに近い位置にいたものの、ペースが安定し始めてからは集団の中に下がってレースを進めていきました。再び前に出てきたのは、19kmの終盤あたりから、ここで、井上大仁選手(三菱重工)、吉田祐也選手(GMOインターネットグループ)、ラバン・コリル選手(ケニア)と集団を形成。ハーフは、自身が日本記録を樹立した時より3秒速い1時間02分33秒で通過していきました。次の5kmは14分38秒に引き上げ、ペースメーカーの前に出ていきそうな勢いで先頭を牽引。原則20km、最大で25kmまでの予定だったペースメーカーが24.5km過ぎでレースを終えると、そこからは吉田選手、コリル選手、井上選手、林奎介選手(GMOインターネットグループ)を突き放しにかかりました。25kmを1時間14分00秒で通過したあとは単独で前を追い、シュラ・キタタ選手(エチオピア)をかわして5位に浮上、30kmを1時間28分42秒で通過して、日本記録樹立時とのタイム差を17秒へと広げます。1時間43分35秒での通過となった35km(14分53秒)までには、前から落ちてきたジョナサン・コリル選手(ケニア)を抜いて4位に上がりました。さすがに推進力に翳りが出てきた40kmは1時間58分43秒(15分08秒)と、初めて15分台にペースダウンしましたが、ラスト2.195kmを6分45秒で走って、セカンドベストでパフォーマンス日本歴代でも2位となる2時間05分28秒をマーク。日本陸連が設定するオレゴン世界選手権派遣設定記録(2時間07分53秒)を大きく上回っただけでなく、東京マラソンが最終戦となる男子のJMCシリーズIにおいて首位に躍り出て、シリーズチャンピオン(第105回日本選手権優勝者)を獲得する見込みとなり、オレゴン世界選手権代表の座をほぼ確実に。また、2023年秋に行われるMGCへの出場権も手に入れることとなりました。
鈴木選手のほかにも、3選手が2時間7分台を、11人が2時間8分台をマークするなど、日本勢の躍進が目立ちました。7位でフィニッシュした其田健也選手(JR東日本、日本人2位、2時間07分23秒)と8位の湯澤舜選手(SGホールディングス、日本人3位、2時間07分31秒)はオレゴン世界選手権の派遣設定記録も突破。日本人4位(9位)の聞谷賢人選手(トヨタ紡織、2時間07分55秒)、同5位(11位)の土方英和選手(Honda、2時間08分02秒)、同6位(13位)の佐藤悠基選手(SGホールディングス、2時間08分17秒)までの6選手が、記録と順位の条件を満たしてMGC出場権を獲得しました。また、定方俊樹選手(三菱重工、18位・日本人11位、2時間08分33秒、と田口雅也選手(Honda、25位・日本人18位、2時間09分27秒)の2名が、ワイルドカードによる条件を満たし、8名もの選手が新たにMGCファイナリストの仲間入りを果たしています。
2時間16分02秒で圧勝!
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
前述の通り、ペースメーカーは2種類の設定が用意され、コスゲイ選手を含む外国人招待選手5名は第1ペースメーカー(3分14秒)を、一山選手、新谷選手、サラ・ホール選手(アメリカ)、ヘレン・ベケレ選手(エチオピア)の4名は第2ペースメーカー(3分17秒)を選択。レースは、男子同様に、それぞれのグループが別の流れで推移していく形となりました。
コスゲイ選手は、最初の5kmを16分05秒で入ると、その後も16分09秒、16分07秒、16分14秒と快調なペースを刻み、ハーフを1時間08分06秒で、25kmを1時間20分48秒で通過していきました。1時間36分59秒で通過した30kmの段階では、エチオピアのアシュテ・ベケレ選手とゴティトム・ゲブレシラシエ選手がついていましたが、次の5kmを16分09秒に引き上げて独走態勢を築くと、40kmまでの5kmを15分48秒へとさらにペースアップして走り抜ける強さを見せつけました。最後の2.195kmも7分06秒でカバー。セカンドベストで世界歴代パフォーマンス3位となる2時間16分02秒でフィニッシュし、日本国内最高記録を更新しての優勝を果たしました。
レース後、「エキサイティングなレースだった。優勝、そして記録を更新できたことを嬉しく思う」と声を弾ませたコスゲイ選手。記者会見では、「32kmで向かい風になった。それがなければ2時間15分を切れたのではないかと思う」とも述べ、好調だったことを印象づけました。
2位のベケレ選手の1時間17分58秒も自己新記録。3位となったゲブレシラシエ選手は、2時間20分を初めて切って、自己記録を一気に2時間18分18秒まで更新しました。4位には2時間17分台の自己記録を持つアンジェラ・タヌイ選手(ケニア)が2時間18分42秒で続き、5位となったヒウォト・ゲブレキダン選手(エチオピア)も自己記録を25秒塗り替える2時間19分10秒でフィニッシュする活況ぶりでした。
新谷は、日本歴代6位の好走
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
この結果により、一山・新谷・森田の3選手が、記録と順位の条件を満たしてMGCの出場権を獲得。一山選手と新谷選手は、日本陸連が設定するオレゴン世界選手権派遣設定記録(2時間23分18秒)をクリアしました。また、一山選手は、女子最終戦の名古屋ウィメンズマラソンを残した段階ながら、JMCシリーズIのポイントランキングで首位に。昨年12月に結婚を発表した夫の鈴木健吾選手同様に、シリーズチャンピオンと第105回日本選手権の獲得、さらにはチャンピオンに与えられる世界選手権代表の座に大きく近づく形となりました。
日本人男女1位およびMGC出場権獲得者の各コメント、および日本陸連の総括は、以下の通りです。
※本文中における5kmごとの通過タイムとラップは、公式発表の記録を採用している。
【日本人男女1位およびMGC出場権獲得者コメント(要旨)】
◎男子
4位(日本人1位) 2時間05分28秒 =オレゴン世界選手権派遣設定記録突破
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
大会に向けては、(昨年の)びわ湖のときと同じ流れで、合宿や大事な練習はある程度近いものはやってはきたが、できない練習もいくつかあった。ただ、最後の2週間を切ってからは、「自分のできる範囲でまとめられた」とは思っていて、そこが大きかったように思う。(事前の)会見では、強気で「ほぼ同じ流れでやれた」と言ったが、本当は、5割6割できたかできなかったかというくらいの状態だった。そのなかで走れたのは、シカゴ(マラソンに向けたトレーニング)からの“タメ”があったのかもしれないし、ニューイヤー駅伝前の脚づくりがよかったのかもしれない。
今回は、ペースメーカーも最大でも25kmまでということで、どういう場面で勝負を仕掛けようかと考えたときに、あまり状態もよくなかったこともあり、早い段階で勝負を決めたいと思った。ペースが落ちていたこともあって、20kmくらいから「元のペースに戻してほしい」とペースメーカーを煽り、ペースメーカーが外れたときに一気に勝負を仕掛けた。そこからは苦しい局面も多かったが、1人で最後まで押し切れて、日本人の中ではあるけれど「勝てた」ということは、僕にとっては収穫になった。しかし、トップ(のキプチョゲ選手)とは3分の差があるし、自己記録で考えても世界のトップとは3分以上の差があり、世界を見据えていくうえでは、少しでも縮めていかなければならない。今後、自分のレースをしながら、チャレンジしながら、少しずつその距離を縮めていきたい。
7位(日本人2位) 2時間07分23秒 =オレゴン世界選手権派遣設定記録突破
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
8位(日本人3位) 2時間07分31秒 =オレゴン世界選手権派遣設定記録突破
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
9位(日本人4位) 2時間07分55秒
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
11位(日本人5位) 2時間08分02秒
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
13位(日本人6位) 2時間08分17秒
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
18位(日本人11位) 2時間08分33秒
※ワイルドカード(2レース平均で基準記録をクリア)によるMGC獲得
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
25位(日本人18位) 2時間09分27秒
※ワイルドカード(2レース平均で基準記録をクリア)によるMGC獲得
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
◎女子
6位(日本人1位) 2時間21分02秒 =オレゴン世界選手権派遣設定記録突破
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
この大会に向けての練習では、最後まで(身体を)動かすという練習を、しっかり詰むことができていて、今日のレースでも、余裕がない割には、最後の最後まで大きくフォームを崩すことなく、身体を動かすことができた。そこは練習の成果が出たのかなと思う。しかし、目指していたのは、(2時間)20分を切りたいというところで、タイムについては、後半で上げたかったところが上げられず、「粘る、耐える」というレースになってしまった。後半までをもっと余裕をもって走る力、そして、後半にもう一段階上げられるような思いきりさと、スピード持久力がまだまだ足りないなと感じた。また、今日は前で走っていた海外選手の姿すらも見えなかった。もっと速いラップで押していける力をつけないといけないし、その上で後半に(ペースを)上げられる力が必要だと思う。
7位(日本人2位) 2時間21分17秒 =オレゴン世界選手権派遣設定記録突破
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
10位(日本人3位) 2時間27分38秒
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
【日本陸連総括コメント(一部抜粋)】
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
日本人トップの鈴木選手は、昨年のびわ湖毎日マラソンでマークした日本記録がフロックでないことを証明した。しっかりと最後まで走ったことは評価できる。レースは25kmから1人で行ったが、その前からリードするなかでのパフォーマンス日本歴代2位の2時間05分28秒は、立派な走りだった。また、2時間7分台をマークした其田くん、湯澤くんのほか、2時間8人分台が11人ということで、日本の男子マラソンの底上げができてきているなと思った。ただ、いい展開でレースが進んだだけに、欲を言えば、ここで2時間6分台が何人かいてほしかったなという気持ちはある。
女子では、コスゲイ選手が2時間16分02秒のセカンドベスト。世界記録を狙おうという気持ちで走ったのはないかと思う。日本の一山選手は、東京オリンピックが終わったあとで復活してきて、「一山、ここにあり」を見せてくれた。また、新谷選手は13年ぶりのマラソンだったが2時間21分台と、自己記録を10分更新した。彼女が出てきてくれたことで、日本の女子マラソンが、これからヒートアップしてくれるのではないかと期待している。来週には、名古屋ウィメンズマラソンがあるので、そこに出場する選手たちにとっても刺激になったと思う。
【フォート・キシモト(©東京マラソン財団)】
また、男子では日本人選手の多くが2分57〜58秒という速いペースに挑戦していった点も印象的で、そのなかで鈴木選手が、ペースメーカーがいる段階から前へ行き、さらに前を追いかけたことが心に残った。レース序盤でペースメーカーに指示を出す姿や、(中盤以降での)「このペースで行って、耐えられるのか」という点に不安も抱いたが、彼のセンスや適性で、うまくレースを組み立てた。昨年のびわ湖毎日マラソンでは後半の強さを見せてくれたが、今回は、1人でレースを組み立てて終盤まで持たせるという、また違った強さを示してくれた。もちろん厳しい場面もあったはずだが、そこをうまく乗り切ったところに、マラソンのコツのようなものを捉えているように思った。
女子は、一山さんが2時間21分02秒のセカンドベスト。男子の鈴木選手と同様に、安定した力を発揮できることが彼女の強みといえる。新谷さんも久しぶりの挑戦ではあったが、2時間21分台をマーク。この大会でも、上位2選手が派遣設定記録を突破する結果を得た。
また、MGCファイナリストについては、この大会で、男子は8名、女子も3名が、新たに出場権を獲得しており、いい状態で、パリオリンピックに向けた挑戦ができている。
ただ、このレースでは、世界と日本の力の差が明らかになった。男子においては、外国人選手が来日できず日本人だけで行われた別府大分毎日マラソンと大阪マラソンでは、日本人のレベルアップを感じていたが、いざ、海外のトップ選手が来ると、(記録の差は歴然で)「このような結果になってしまうのか」という印象になる。これは女子についても同様で、日本人選手では2時間20分を切ることが課題となっているが、今大会では外国人選手が5名も、それを果たしている。強化委員会としても、このあたりも見据えて、「どうやって世界に近づけていくのか」を考えていかなければならないと感じた。
文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
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