早大・箱根2022事後特集『繋』第1回 4区・1年 石塚陽士「もっと爆発力ある走りを」

チーム・協会

【関東学連/月刊陸上競技】

【早稲田スポーツ新聞会】取材・編集 加藤志保
 
昨年の出雲全日本大学選抜駅伝(出雲)で区間賞を獲得し、全日本大学駅伝対抗選手権(全日本)でも区間4位と好走するなど、ルーキーながら主力級の活躍を見せてきた石塚陽士(教1=東京・早実)。初めての東京箱根間往復大学駅伝(箱根)では4区を任され区間6位と好走したが、チームは3年ぶりにシード権を落とす結果に終わった。箱根を走り終えた今の思い、そしてチームとして再起を目指すこの1年に向けた思いを伺った。
※この取材は1月29日にリモートで行われたものです。

「4区を任せられたのはうれしかった」

第98回東京箱根間往復大学駅伝事後特集 【早稲田スポーツ新聞会】

――解散期間はどのように過ごされていましたか

 入部してから初めてのまとまった休暇になったので、帰省して、家でゆっくりしていました。

――箱根を走った後、周囲の人からはどのような反響がありましたか

 やっぱり他の出雲や全日本より反響が大きく、いろいろな人から「見ていたよ」という連絡はもらいました。

――疲労の残り具合は出雲、全日本と比較してどうですか

 終わった直後は、やはり距離が長かったので、疲労が結構残っていたのですが、その代わりに、完全に走らない期間というのも解散期間の中で結構ありました。トータルで見たら、疲労が抜け切るまでの期間は、そこまで変わらなかったです。

――では次に箱根の話に移ります。4区の出走はいつ頃に決まりましたか

 4区で行くと決まったのは、区間エントリーの日の朝だったので、(本番の)4日前の12月29日ですね。4区で確定というのはそこで決まって、その前にも合同取材の頃に「往路で絶対行くよ」という話はしていただいていました。1区か3区か4区かという感じで、4区が5割で1区が3割で、3区が2割というようなイメージでした。

――事前取材で希望区間は3区か8区とおっしゃっていたと思いますが、4区での出走が決まった時の気持ちは

 4区は難しい区間にはなるので、そういう区間を任せられたのはやはりすごくうれしかったので、「しっかりやっていこう」と意気込んでいました。

――普段はあまり緊張しないタイプだとお伺いしたのですが、箱根でも緊張はしませんでしたか

 そうですね、やはりガチガチに緊張して動かないというのはなくて、ほどよい緊張感で臨めました。

――集中練習は100パーセントできたということでしたが、レース当日の調子はいかがでしたか

 それなりに良い状態で仕上げられました。練習してきた成果を出し切れたのではないかなと思っています。

――スタート前に相楽豊駅伝監督(平15人卒=福島・安積)から何か指示はありましたか

 自分に回ってきた時の順位が想定外だったので、想定通りではありませんでした。それでも、3区の直希さん(太田直希、スポ4=静岡・浜松日体)が、前が見える順位に持ってきてくれるから、その流れに乗って、できる限り前を追っていこうという話をレース前にしてくださりました。

――レースプランはどのように考えていましたか

 監督からは、「4区は特に後半で失速しないことが大事で、後半の中でも特に10キロ、5キロが割と難しい区間になってくる」と言われました。そこで(総合順位を)上げることよりも、(総合順位を)落とさないことに重点を置いて走ると、区間順位もついてくるのではないか、と聞いていました。そこを意識して、「前半は少し抑えめでもいいから、後半で上げていこう」という意識で走りました。

――4区で意識していた選手はいましたか

 創価大の嶋津雄大選手です。学年は結構上なのですが、同じ東京の町田出身の選手で、都道府県駅伝(全国都道府県対抗男子駅伝)などでも同じチームでやっていたので意識していた部分はありました。

――シード権とは36秒差でスタートしたと思いますが、焦りはありましたか

 やはりもっと上で回ってくる予定ではあったので、多少の焦りはもちろんありました。ですが、逆に吹っ切れたと言いますか、余計なプレッシャーを感じずにと言いますか、良い意味でも悪い意味でも伸び伸び走れたのではないのかなと思います。

――レース中、相楽監督からはどのような声掛けがありましたか

 最初の1キロを割と速めに2分46秒とかで入って、想定よりかなり速いペースで入ったのですが、その時に「だいぶ体は動いているからそのまま行こう」というふうに声掛けをしてもらいました。また、学連の上武大の選手が来たときなど、要所要所の場面でしっかりタイム差などを教えてもらって、うまく状況を把握できるように声掛けをしていただきました。

――監督車が後ろにずっと付いているというのは、初めての経験でしたか

 そうですね、監督車が伴走するレース自体がそこまでないので、初めての経験でした。その都度声を掛けてもらえるのが、今まで経験したことのないことで面白かったなと思います。

「つなぐ走りではなく、ゲームチェンジャーの走りを」

5区の伊藤にタスキを渡す石塚(左) 【©︎関東学連/月刊陸上競技】

――以前、上りはかなり好きというお話があったと思いますが、4区終盤の上りは走ってみていかがでしたか

 (小田原以降の上りは)ダラダラ続く嫌な感じの上りではあるのですが、5区のような山上りみたいな坂と比べると、そこまでの傾斜ではありませんでした。上りが比較的得意なので、他の選手と差がつけられるいいコースだったと思います。前もかなり追えたので、走っていて一番楽しい区間だったと思います。

――ラスト5キロで2つ順位を上げましたが、そのあたりは振り返っていかがですか

 特段あの5キロでペースアップしたかと言われると、そうではないのですが、先ほどの相楽さんのお話にもあった通り、落とさないことが重要ということが生きてきていると思っています。どうしても、あそこの5キロの区間は順位が下がりやすく、タイムも落ちやすい区間になってくるのですが、そこでしっかり耐えられたことが、やはり(順位を)2つ上げられたことに繋がっていると思います。

――4区、5区と1年生同士のタスキリレーになりましたが、伊藤大志選手(スポ1=長野・佐久長聖)にはタスキを渡す時にどのような声掛けをしましたか

 もう単純に「行け!」と叫んで、「行ってこい!」みたいな感じで(笑)。エネルギーを送るではないですけれど、そういうふうに送り出しました。

――事前取材の際には「淡々とミスをしない走りが特徴」とおっしゃっていましたが、その持ち味は箱根でも発揮できましたか

 できたと思います。そこは自己評価するというよりは、他の人がどう見るかという感じになってくると思うので、自己評価しづらい部分ではあるのですが、概ねできたのではないのかなとは思います。

――区間6位という結果についてはどのように感じていますか

 実力相応といえば相応なのかなとは思っているのですが、ただ区間5位まであと数秒だったと思うので、区間5位にはなりたかったなと終わって思っています。

――ご自身のタイムについては満足していますか

 そうですね、比較的良いタイムだったのではないかなと思います。ただ、気象条件が結構良かったので、そこを加味するともう少し良いタイムが出ても良かったのではないかなと思っています。

――レースで得られた収穫や課題を教えてください

 収穫は、割と小刻みなアップダウンが得意な方だと分かったことです。今までは単調な上り、1回だけの上りの方が得意だと思っていたのですが、小刻みなアップダウンがあることで、平地だけのレースよりリズムがつかみやすく、走りやすいという印象を受けました。そこは今後ロードを走っていく上でもつながってくる部分なのかなと思います。課題は、アップダウンが得意ということの裏返しになってしまうのですが、長く続く平地の区間が苦手だなと感じてしまったことです。最初の10キロはずっと平地なところが続く区間なのですが、そこでタイムが伸びなかったことを考えると、やはりどれだけフラット、平地なところになったとしても自分でリズムを刻んでいって、ペースを落とさずに上げていくっていうのが今後の課題になってくると思います。そういうところを直していきたいかなと思います。

――往路11位という結果についてはどのように感じていますか

 いろいろうまくはまらなかったというのが大きな要因だと思うのですが、そこで自分がもっと爆発力のある走りができていれば、往路順位は変わってきたと思いますし、やはりそこはしっかり自分も反省しないといけない点が多くあると思います。来年箱根を走るとなった時に、そのような『つなぐ走り』ではなくて、流れが悪かったとしても流れを変えられる、ゲームチェンジャー的な役割ができるようにしないといけないなと感じました。

――レース後、相楽監督やチームメイトからはどのような言葉をもらいましたか

 相楽さんからは、練習通りの力が出せたのではないかと評価してもらいました。ただ、今回の箱根で、駅伝らしく突っ込んで走るのではなく、前半に割と抑えめで走るように指示を受けたのは、まだ1年生だからというのもあるのですが、やはりまだ練習が積めておらず、距離対応が難しいからという判断からでした。相楽さんからは、「次はそこを突っ込んで走るという指示ができるように、実力をつけてほしい」と言われました。練習を積んでいかないといけないなと思っています。周りの人や上級生からは、「お疲れ」というお言葉を頂きました。

――復路はどこでレースを見ていましたか

 復路は寮に帰ってきてテレビで観戦しました。

――チームの総合13位という結果についてはどのように受け止めていますか

 当然満足できる結果ではないですし、全く良い結果ではなく、悪い結果だと思うのですが、一度出てしまった結果は受け止めて、来年どうしていくかが重要になってくると思います。今は、どうしてそういう順位になってしまったのかというのをミーティングとかで洗いざらい振り返って、生まれ変わっている途中です。そのようなミーティングや練習を通じて、しっかり来年戻ってきて活躍できる、上位に食い込めるように頑張っていこうと思っています。

――初めての箱根路でしたが、箱根はどのような舞台でしたか

 そうですね、個人の区間だけ見ればかなり楽しかったかなという印象はあります。やはり気分も上がりますし、20キロという長い距離ではあるのですが、出雲や全日本の走っている時間より本当にあっという間に、短く感じて、そこはやはり箱根パワーなのかなと思いました。すごく楽しいひとときでした。

――苦しいという気持ちよりも、楽しいという気持ちの方が勝っていましたか

 もちろん苦しい場面もあるのですが、それ以上に楽しさの方が上回ったのではないかと思います。

――大学に入学してから、学業と競技の両立など、環境の変化も大きかった中で、トラックシーズンを振り返っていかがでしたか

 高校から大学の環境の変化っていうのもあり、前半シーズンはやはり大学の授業との両立に苦戦しました。もちろん授業がいろいろ入ってきたり、コマ数が多かったりとかもあって、さまざまな環境の変化がありました。それに対応するのに6月くらいまでかかってしまったので、そっちの方にエネルギーを取られてしまって、うまく走れなかったかなというトラックシーズンでした。

――トラックシーズンは1500メートルがメインで、ロードへの移行、距離への対応に成功した印象を受けましたが、どういった取り組みが生きたと考えていますか

 特にトラックシーズンは1500メートルメインでやってきていましたが、1500メートルでもそれなりに走り込みをしないと、後半、特にラスト1周でへばってしまってなかなかスピードが出づらいというのがありました。ロードシーズンを見据えていたこともあって、トラックシーズン中でもジョグなど距離を重視していたので、そういったところが結構生きたのではないかなと思います。

――夏の時点では、まずは距離の短い出雲からとおっしゃっていましたが、結果として3大駅伝を全て走りました。ご自身としては想定通りでしたか

 そうですね、自分の中ではうまくいったと思っていて、出雲で区間賞取ってそこでアピールできたというのがやはり一番大きかったのではないかなと思います。

――「1500メートルだけの選手とは思われたくない」というようなお話がありましたが、1年間振り返ってみて自己評価としてはいかがですか

 ぼちぼちだったと思います。やはり駅伝の区間順位などを見ると、区間の難易度が段々上がっているというのはあるのですが、距離が伸びるにつれて順位が右肩下がり、少しずつ下がってきていました。なので、そこを来年以降どう持ち越すかが多分大事になってくるので、あともう一歩かなと思っています。

――来シーズンもトラックシーズンは1500メートルメインで考えていますか

 そうですね、5000メートルにもう少し手を伸ばしていくかもしれませんが、基本的には1500メートルが7割で、5000メートルが3割のつもりでいます。来シーズンはユニバーシアード(ワールドユニバーシティゲームズ)とかもあるので1500メートルの標準記録は切りたいと思っています。

――来シーズンは下級生も入ってきますが、チームの中でどのような存在になりたいですか

 やはりずっと授業が忙しいキャラだと思われているので(笑)。多分後輩たちも入ってきて環境の変化とかもあって結構大変だとは思うのですが、もっと大変な人がいるから頑張れではないですけれど(笑)。自分の姿を見て後輩たちも頑張ってくれればいいかなと思っています。

――最後に来シーズンの個人、チームとしての目標をお願いします

 個人としては、ユニバーシアードがあるので、その出場権を得ることにまずは全力を注ぎたいと思います。チームとしては、鈴木創士駅伝主将(スポ3=静岡・浜松日体)が箱根優勝を(目標に)掲げられたので、そこをしっかり狙っていこうかなと思っています。

――ありがとうございました!
◆石塚陽士(いしづか・はると)

2002(平14)年4月22日生まれ。170センチ。東京・早実高出身。教育学部1年。第98回箱根4区1時間2分20秒(区間6位)。石塚選手は初めての大舞台も程よい緊張感で楽しく走れたそうで、取材にも笑顔で答えてくださいました! 学業が忙しい中でも競技と両立し、目標を明確に持っている石塚選手の今後の活躍に期待です!
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著者プロフィール

早稲田大学競技スポーツセンター

「エンジの誇りよ、加速しろ。」 1897年の「早稲田大学体育部」発足から2022年で125年。スポーツを好み、運動を奨励した創設者・大隈重信が唱えた「人生125歳説」にちなみ、早稲田大学は次の125年を「早稲田スポーツ新世紀」として位置づけ、BEYOND125プロジェクトをスタートさせました。 ステークホルダーの喜び(バリュー)を最大化するため、学内外の一体感を醸成し、「早稲田スポーツ」の基盤を強化して、大学スポーツの新たなモデルを作っていきます。

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