開幕戦中止で見えたもの「朗らかなのは覚悟があるから」

チーム・協会

【【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー)】】

朝の笑顔のグータッチ

スピアーズのグラウンドで仕事をしていると、後からポンポンと肩を優しくたたかれた。
振り返ると、ニッコリとした笑顔で大木のようにどっしりと立つ選手がいた。

羅選手だ。

右手は拳をこちらに向けている。
なにも殴りかかろうとしているわけではない。
グータッチで朝の挨拶をしようとしているのだ。
「おはようございます。」

もう日本に来て4年近い。
親しんだ日本語の挨拶で、ポンッとグータッチで朝の挨拶をすませると、またニッコリとして、大きな背中を向けて、練習の準備に戻っていった。

羅選手が立ち去って、なお自分の手にはあの大きな手の温かさが残っていた。
表情はいつの間にか緩んでいた。
さっきまでなにを考えていたのかも忘れた。
だけど「頑張ろう!」と思えた。

たった朝の挨拶のために、こちらまで足を運び、肩をたたいて挨拶をする。
ただのスタッフひとりのために。
羅選手だけではない。どの選手やスタッフもそうだ。

「おはよう」から「お疲れ様」まで、目と目を合わせ、明るくコミュケーションを取る文化がこのチームにはある。

チームは日々の厳しい練習でもその姿勢を変えない。
声を出し、高め合い、正直なフィードバックを互いに交換する。


羅 官榮(ナ グァンヨン)/1992年07月14生まれ(29歳)/韓国出身/身長177cm体重114kg/2018年入団/ポジションはプロップ/愛称はナパル 【【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー)】】

朗(ほが)らかだな、と思う。
曇りがない、明るい。

そうした文化が定着した今季、チームは新しい舞台で戦う。
NTTジャパンラグビーリーグワン

これまでのトップリーグの歴史を継承しつつ、より事業性と社会性、そして地域密着を意識した新しいリーグを主戦場とする。

その歴史ある開幕戦にクボタスピアーズ船橋・東京ベイは選ばれた。しかもホストゲームだ。
トップリーグで優勝経験がないこのチームが。
10年前は、トップリーグの下部リーグにいたこのチームが。

このチャンスをものにしたかった。
相手は埼玉パナソニックワイルドナイツ。
トップリーグ時代では、3度の開幕節で戦い、一度も勝利できていない昨季王者との対戦。

自分たちの真価を試すには、これ以上の相手はいなかった。

開幕戦の中止が決まった日

リーグワン開幕戦まで48時間前となる1月5日の夜。
チームは江戸川区陸上競技場にいた。
開幕戦に備えて、ナイター想定の練習をするためだ。

練習前から聞きたくない噂は、耳に入っていた。
「開幕戦が中止になるかもしれない。」

だがそれはコントロールできなことだ。
自分たちにはどうしようもできなことだ。
スピアーズはやるべきことをやる。

その日の「やるべきこと」はすごかった。

夜の江戸川区陸上競技場に響く声。寒さ以上に肌を刺す緊張感。
プレーしている選手はひとつひとつのプレーに今できる全力で向かい、フィールド外にいる選手も1プレー1プレーに刮目していた。
寒空の下、やけに薄着な選手たちから、汗と湯気が見えていた。
なんだか輝いて見えたのは、蛍光オレンジの練習着がライトに照らさたからだけではないはずだ。

開幕戦中止の連絡が入ったのは、そんな練習中のことだった。

練習をすべて終え、チーム全員が組んだハドル(円陣)の中で、その事実は告げられた。

それを聞いた選手たちは、表情ひとつ変えず、それと向き合った。

ハドルを解き、練習を締めると、いつもの通り個人練習を行う選手たち。

グラウンドの片づけをしていると、冒頭の羅選手が個人練習を終えて、帰ろうとする姿が見えた。

羅選手は、この開幕戦の先発1番でメンバー入りしていた。

入団4年目、大舞台で勝ち取った先発だった。

「残念だったね。」と声をかけると、「はい、楽しみにしていました。」といつも通りニッコリ。
その次に出た言葉に目頭が熱くなった。

「最後のシーズンだと思ってプレーしているので。」

クボタスピアーズ船橋・東京ベイの新ジャージーはナイターに映える蛍光色を採用。練習着も同一カラーで統一されている。(写真は2021年12月24日撮影) 【【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー)】】

4年目の覚悟

羅選手には思いがあった。

リーグワンになり、これまでのトップリーグから多くの変更点があるが、外国人選手の登録選手枠も変更点のひとつだ。これまでトップリーグではあった「アジア枠」は廃止され、羅選手はカテゴリーBの枠となる。このカテゴリーBはカテゴリーCといわれる各国代表の選手たちと合わせて、フィールド上に4人までしかプレーすることはできない。
スピアーズはカテゴリーCが3人、カテゴリーBが4人いる。

羅選手は、自身のチームでの立ち位置を考えた時、これまで以上に出場しづらいと考えた。
昨シーズンは、毎回リザーブでの出場。
シーズン終了時には、これまで共に努力を重ねてきた同じ韓国出身の選手が退団した。
勝負の年になると思った。

シーズンオフ中は、母国の自分の家にジムを作り、強靭な体躯に磨きをかけた。
プレシーズンマッチでは、6試合合計250分以上の出場時間で、自身の万全の状態をチームに示した。

4年前、日本でプレーをすると決めた時、いくつかの強豪チームの中からスピアーズを選んだ。
優しくて誠実なキャラクターと、そこから一転する激しいプレーはチームメイトからもファンからも愛されている。

その羅選手が、このシーズンを「最後のシーズン」を覚悟してプレーしている。

そうしてやっと勝ち取った開幕戦の先発だ。
予定通りメンバー発表されれば、母国の家族や恩師、友人も知って喜ぶだろう。
同じリーグワンで、共に奮闘する同郷の仲間にも勇気を与えられるかもしれない。

そんな中での開幕戦の中止。

だけど、いつも通りの羅選手でフィールドを後にした。

こんな状況でもいつも通りでいられるのは、決して鈍感だからではない。
単に明るい性格だから、笑顔でいるわけではない。
ノーダメージじゃない。落ち込むときだってある。

だけど、それでも朗らかにふるまうのは、自分の行く道を知っているからだ。
立ち止まってはいられないからだ。その覚悟を決めているからだ。

相手との戦いの前に、目には見えない大きなものと闘ってフィールドに立つ。
そんな葛藤を見せず、朗らかにふるまう選手からは大きな勇気をもらう。

開幕戦の中止。楽しみにしていた方々も多いだろう。
いろんな思いがあって、このチケットを手にした方も多いだろう。

だけど、リーグワンはそれでも続く。
スピアーズのラグビーは、まだ始まっていない。

落ち込んだ時、元気が欲しい時、朗らかでありたいと思った時。
そんな時は、スピアーズのラグビーを見てほしい。

元気が湧いてきて、「頑張ろう!」と思えるかもしれない。

あの羅選手のグータッチで「おはようございます。」と言われたときのように。




文:クボタスピアーズ船橋・東京ベイ広報 岩爪航
写真:チームカメラマン 福島宏治

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著者プロフィール

〈クボタスピアーズ船橋・東京ベイについて〉 1978年創部。1990年、クボタ創業100周年を機にカンパニースポーツと定め、千葉県船橋市のクボタ京葉工場内にグランドとクラブハウスを整備。2003年、ジャパンラグビートップリーグ発足時からトップリーグの常連として戦ってきた。 「Proud Billboard」のビジョンの元、強く、愛されるチームを目指し、ステークホルダーの「誇りの広告塔」となるべくチーム強化を図っている。NTTジャパンラグビー リーグワン2022-23では、創部以来初の決勝に進出。激戦の末に勝利し、優勝という結果でシーズンを終えた。 また、チーム強化だけでなく、SDGsの推進やラグビーを通じた普及・育成活動などといった社会貢献活動を積極的に推進している。スピアーズではファンのことを「共にオレンジを着て戦う仲間」という意図から「オレンジアーミー」と呼んでいる。

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