水泳・100mバタフライ木村敬一、ライバルがいたからこそ流せた「君が代」
【photo by kyodo】
切磋琢磨してきた富田「絶対一緒に表彰台に上がるぞ」
「選手の招集所でもずっと隣にいました。とくに言葉を交わしたわけじゃないですけど、絶対一緒に表彰台に上るぞって、そういう気持ちで僕はレースに臨むことができました」(富田)
スタート地点に立った木村は、「緊張していた」ものの、「予選より体の状態はすごくよかった」という。その言葉通り、スタートで飛び込み、浮き上がった時点で、木村は隣の3レーンを泳ぐロヒール・ドルスマン(オランダ)とともに先頭に、富田は3番手につける。
たくさんの力を得て進む木村(左)と、美しく抵抗の少ない泳ぎで進む富田(右)と泳ぎのスタイルも異なる 【photo by Takashi Okui 】
ターン後、コース右寄りに浮き上がった木村は、「1回コースロープに当たった」という。
「そこから一気にしんどくなって。そのあたりまでは覚えているんですけど、以降はすごくバテちゃって。これはもしかしたらダメかもしれない、でも何としても勝たないと、と思いながら泳いでいた」(木村)
「金メダルおめでとう」
「それを聞いて、一つのチャレンジが終わったんだなと思いました」(木村)
スタンドで見守っていた日本代表チーム、そして会場のボランティアたちにも笑顔が広がる。みんなが木村の金メダルを待っていたと実感する瞬間だった。
タッパーの寺西さんから結果を聞いた瞬間、喜びがこみ上げた 【 photo by Takashi Okui 】
「タッパーの方から自分の順位とタイムを聞いて、すぐに『キムは?』と。1位って聞いて、その瞬間に喜びがこみ上げてきました」(富田)
2017年に木村と同じクラスになった富田は、2019年の世界選手権・同種目でワンツーを獲ったとき、報道エリアでこう話していた。
「自分がS11になってからいろんなことを教えてもらうと同時に、心から尊敬している選手。(同じクラスのライバルになる前の)リオのときから誰よりも金メダル欲しいと思っている立場だったので、世界の舞台でも上に立ってもらえるのは心の底からうれしい。彼が一番、僕が二番はこれ以上ない喜びです」
東京パラリンピックという最高の舞台で、このときのさらに上をいく喜びを分かち合った二人。レース後、笑顔で抱き合い、互いの健闘をたたえ合った。
9年越しの悲願達成
金メダルは、ライバルの富田がいてこそ獲れたともいえるかもしれない。
「常に刺激し続けてくれた宇宙さんの存在は、今日、僕が戦う上でなくてはならなかった。(富田がいることで)国内の大会でも、(パラリンピックの)金メダルを争うくらいのパフォーマンスをし続けなければいけなかった。決勝の舞台でプレッシャーにつぶされることなく戦い切れたのは宇宙さんと競い合ってきたから。宇宙さんには感謝しています」
富田もまた、木村がいてこその銀メダルだった。
「ライバルとして勝負を挑んできたが、彼の努力も、彼のすごさも一番近くで見てきた。最終日に二人でのワンツーフィニッシュという二人が一番力を入れてきた結果を残すことができた」
表彰式では、2歳で視力を失った木村が「君が代」を聞きながら号泣。富田はその隣で穏やかに笑って見せた。
「僕が唯一、金メダルを獲ったんだって、認識できる時間だなって思うと、ここは(涙を)我慢しなくていいかもしれないと思った」(木村) 【 photo by Takashi Okui 】
key visual by kyodo
※本記事は2021年9月に「パラサポWEB」に掲載されたものです。
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