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【ライフスキルトレーニング】インタビューVol.1 伊藤陸×松尾大介コーチ×田崎博道社長 〜三段跳・伊藤陸 大きな飛躍の裏側にあった変容や学び〜

日本陸上競技連盟

日本陸連では、昨年度に引き続き、株式会社東京海上日動キャリアサービスのサポートのもと、日本や世界の頂点に挑み続ける陸上競技者のパフォーマンス向上とキャリア自立を両立する「ライフスキルトレーニングプログラム」の実施を本年度も計画。現在、第2期生の募集を行っています。

>>第2期受講生募集についてはこちら
(https://www.jaaf.or.jp/news/article/15527/)


ライフスキルトレーニングは、アスリートがもともと備えている「ライフスキル」(自分の「最高」を引き出す技術)を、言語化して知識として定着させ、さらに自分の目的に応じて使いこなせるようにトレーニングすることによって、競技力の向上はもちろんのこと、並行して人生のさまざまな場面で自身の可能性を最大限に生かせる人材を育てていくことを目指す、学生アスリート年代を対象とするプログラム。2020年11月にスタートした前回は、第1期生として14名の受講生が参加。自身の「ライフスキル」を認識し、競技生活や社会人としてのキャリアの場面で生かせるようなトレーニングに取り組んできました。
今回、ライフスキルトレーニングプログラムの第1期生の学びや成長を、受講生・受講生の指導者・主催者という3者の視点で振り返る対談を企画。第1期生の代表として、9月の日本インカレにおいて、走幅跳で8m05、三段跳では日本歴代3位となる17m00の好記録をマークして2冠獲得を達成した伊藤陸選手(近畿大工業高専)と、伊藤選手の指導にあたる松尾大介先生をお招きし、このプログラムを開発・提供する東京海上日動キャリアサービスの田崎博道代表取締役社長とともに、お話を伺いました。
大きな飛躍を見せたアスリートの変容を、さまざまな視点から伺うことができる、とても貴重な機会となりました。

進行・構成:児玉育美(日本陸連メディアチーム)

「今まで経験したことない内容が学べそう」と応募

―――ライフスキルトレーニングプログラムは、現在、第2期生の受講者を募集しています。初年度のプログラムを経験された伊藤陸選手(近畿大工業高専)に、まず伺います。昨年、このライフスキルトレーニングプログラムの募集を目にしたとき、どういう印象を持ちましたか? また、なぜ、応募してみようと思ったのでしょうか?
伊藤:陸上競技では、これまでに合宿等に参加はしていたのですが、そういうものとはまた違い、自分が今まで経験したことのないような内容を学ぶことができるのかなと感じたのが、初めて目にしたときの率直な感想です。そのとき、高専の5年生ということで、進路をどうしようかと本当に迷っていたんですね。内面の成長に特化した内容を学んだり、そういう話を聞いたりすることで、この先、自分がどうするかを決める、あるいは見識を深める機会になるんじゃないかと思って、応募しようと思いました。

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―――進学しようと考えていたのですか? それとも就職を?
伊藤:大学に行くという選択肢もありましたし、コロナ(新型コロナウイルス感染症;COVID‑19)の影響もあって、実業団に行くか行かないかというところで揺れていました。結局、高専に残って専攻科に進むことを選択したわけですが、そのときは今から環境を変えてやるべきなのか、それとも、もう2年(学生のまま)残ってやるべきなのかということで、かなり迷っていました。

―――コーチの松尾大介先生は、伊藤選手がライフスキルトレーニングプログラムを応募する段階で、どんな感想をお持ちになりましたか?
松尾:応募書類を出すということで、その確認をした際に、「ああ、なるほど。こういう理由で受けたいのだな」と思いました。実際にプログラムの概要を私も拝見して、自分が伝えたいことでもあるな、と感じました。コーチとして、教員として、選手…学生に、こういうことを伝えたいと、もともと思っていたことが多くあったんです。でも、私自身は、そこを専門的に勉強しておらず、選手・学生に上手に説明できていない面もあったので、本当にこれは伊藤にとっても大きな経験になるな、受かるといいなと思いました。

―――田崎博道社長は、ご自身も学生時代は、100mで日本選手権を制した経験もお持ちのスプリンターでした。第1期生の選考に当たっては、応募書類の確認から面接まで、すべて参加されていたと聞いています。伊藤選手について、何か印象に残った点はありましたか?
田崎:すべてオンラインでの実施で、面接も、なかなか実感がつかみづらいなか拝見していたので、当てはまらない面もあるかもしれませんが…。まず、応募書類に添えられていた文面を読んで、今、伊藤さんご本人も仰っているように、「進路について、いろいろと考えるところがあったのだな」ということが伝わってきました。それで、「面接では、どういうお話をするのかな」と聞いていたのですが、ご自身の考えをしっかり持っているというか、持とうとする意欲が感じられたんですね。「芯が強い」という言葉がありますが、そういうところが(オンライン上での)画面からも滲み出ていました。「この人なら、プログラムの意味を、きちんと捉えてくれる」と思いました。
また、伊藤さんは、「極めて簡潔に物事を話す人」という印象でした。実際のライフスキルトレーニングプログラムでのアンケートもそうなのですが、すごくすっきりしています(笑)。「考えていることを、どう表現するか」という意味では、「もう少し豊かな表現ができるようになると、考えていること自体が、もっと明確になってくる」と感じていました。このライフスキルトレーニングプログラムの狙いは、まさにそこなので、ぜひ、受講してもらいたいと思いましたね。

―――伊藤選手、いかがですか? そういった点は、ご自身で認識していましたか?
伊藤:そうですね。話したい内容がたくさんあるときって、「どう伝えたらいいのだろう?」と思ってしまって…。確かに今、言われてみると、そういう面があると思います。

―――松尾先生は、伊藤選手の特徴をどう捉えていますか?
松尾:私は、彼を中学3年生くらいのころから見ていますが、そのものずばり、田崎社長が言われた通りです。おそらく頭の中では、いろいろなイメージや考えがあるのだと思うのですが、そこをアウトプットする、表現するということが、伊藤自身は得意ではなく、非常に少ない言葉、少ない表現でしか自分を表せていないことが多かったです。年相応なのかなとも思う気持ちもありましたが、このプログラムのなかで同世代のトップアスリートの皆さんと話をすることで、自分を表現する力が変わってくるのかなという期待もしていました。

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「“なんとなく”が形になった」(伊藤)

「コミュニケーションの質が変わった」(松尾)

―――実際にプログラムを受けてみて、伊藤選手は、何か強く印象に残っていることはありますか? 講義とか、ゲストスピーカーのお話とか。
伊藤:本当に初めての内容ばかりだったので、いろいろと新鮮でした。それに加えて、僕と同じ世代の、トップの選手たち…話したことがある人も何人かはいましたが、ほとんどは名前を知っている程度。「普段はどんなことを考えているんだろう」と思う選手もいて、そういう人たちの考えを聞けたこともよかったですね。プログラムの内容としては、最初から最後まで「役割性格」という単語が出てきたのですが、「ああ、これって、本当に自分に当てはまるな」と。素のままでいるべきなのか、そうじゃないほうがいいのかということは、自分もずっと思うところがあったんです。あとは、仮説を立てて、検証して、また再仮説を立てることを繰り返していく流れの話とかは、自分がなんとなく思っていたことを、しっかりと言葉にして、知識として教えてもらえたことで、すごく「自分のものになった」とように思います。「“なんとなく”が形になった」という感じがありましたね。

―――そうすると、学んだことのなかには、「あれ、これまでにやっていたな、知っていたな」と思うものもあったわけですか?
伊藤:はい。「ダブルゴール」などの考え方は、なんとなく自分で思っていたものでした。逆に、「ああ、こういう考えもあるんだ」というものもあって、それが僕のなかでは「役割性格」だったんです。

―――松尾先生は、どんなところに伊藤選手の変化を感じましたか?
松尾:プログラムは、けっこう長いスパンで受けさせていただいたわけですが、振り返ると、受講前と受講後とで、伊藤とのコミュニケーションの質が変わってきたのかな、ということは感じています。

―――コミュニケーションの質、ですか。
松尾:はい。今までは、「先生と生徒」という関係だったわけです。おそらく伊藤は、私と話をするときは、背伸びをして私に目線を合わせていて、で、もちろん私は、伊藤のほうに目線を下げて合わせていくということが、やりとりのなかでは多かったのですが、ここ最近は、私は、そう感じることがなくなってきています。もちろん、コーチと選手という立場の違いはあるけれど、ちょうど同じ職場の人間同士のような会話ができるようになっているように感じています。

―――印象に残っているエピソードはありますか?
松尾:ちょうど、17m00をマークした日本インカレの三段跳のとき、伊藤は、まず3本目に16m82という記録を出したわけですが、私は、もちろんまだ(記録が)伸びる気配はあったけれど、その段階で、これはけっこういい記録だなと思っていたのです。その跳躍のあと、本人が「今の(跳躍)はどうでしたか?」と聞いてきて、私は、客観的に「こうだったよ」と話をしたのですが、そのときに伊藤が話したことは、私が考えていたこととはちょっと違っていて、「今の3本目の助走は、まだしっくりきていないので、4本目は、もうちょっと(助走の)前半部分のスピードを上げたほうが良いと思うのですが。」というような話をしてきたんです。そのときに、彼自身は、すでに自分のなかで客観的に考えることができていて、「こうしたい」というものをもう作り上げているな。その確認だけを、コーチという立場にある私にしたかったのだな、と感じました。つまり、自分である程度、答えを出すことができる選手になってきたなと思ったのです。そう実感したのは、その1回だけでしたが、自分で考える力というのは、確実についてきているなと思っています。

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―――とても興味深いところですね。伊藤選手、そのときは実際に、そう考えていたのですか?
伊藤:自分では、いい記録が出て嬉しかったというのはあったけれど、「なんか違うな」という感じがありました。練習してきた内容を出せたら、いっぱい跳べるだろうということを思って臨んでいたのですが、それとは少し内容が違う感じで記録が出てしまっていたんです。それを、逆に、練習してきた通りの内容で跳べたら、もっといい感じになるんじゃないかなと思い、「こうしたほうがいいのかな」と考えたことを、先生に伝えたことは覚えています。

―――では、ライフスキルトレーニングで学んだテクニックを活用して、というような発想ではなかった?
伊藤:比較したりとか、「こうなるのかな」というふうに考えたりはしていて、それと違っていたという感じなので、これもライフスキルトレーニングで学んだ「仮説を立てて、検証して、また次の仮説を立てる」ということに近いのかなとは思いますね。ただ、意識して、それをきちんとやれていたのかというと、ちょっと微妙なところ(笑)かもしれませんが…。

―――全体講義の際に、特別講師の布施努先生(スポーツ心理学博士)が、「スパイラル方式で身についていくよ」という話をよくなさっていましたが、まさに、その感じなのかもしれませんね。いつの間にか使いこなせるようになってきている…。
伊藤:使いこなす…。うーん、そう言っていただけると、本当にできているのかなとも思ってしまうのですが(笑)。使えているんでしょうか?

―――田崎社長は、どう思われますか?
田崎:ライフスキルトレーニングプログラムは、答え=正解を示すことではなく、「考え方の引き出し」を多くしていただこう、「考えるということ」を学んでもらおう、ということです。その前提には、トップアスリートは「自分の最高を引き出すことができる能力」を持っているということがあります。その能力を発揮する考え方や要素を言語化し、言葉にして表現したり、コミュニケーションをとったりすることで、個々に置かれている環境で、それをしっかり使っていくことができるようになることを目指しています。伊藤さんは、「まさにその通りの応用、使い方をされている」と感じました。伊藤さんが、三段跳の競技の最中に、記録は満足できるものが出たけれど、「ちょっと違うな」と感じたという今のお話は、自分の求めていることが違うところにある点に、自分で気づけているということですし、求めているレベルを実現するために何をするのかについても考えることができているわけです。競技中に、それができるすごさという意味でも、まさにこれがライフスキルを発揮している最高の実例なのだと思いました。
あと、松尾先生がお話しになっていた「会話の質が変わった」という点に付随してもう一つあります。繰り返しになりますが、このプログラムで重要視しているのは、「考え方を学ぶ」ことです。自分の頭の中だけで考えていると、堂々巡りを起こしてしまって、なんだかわからなくなってしまったりするということが起こりがちなのです。そうした状態から抜け出し、明確にしていくための方法が、言語化してコミュニケーションしていくことだと考えています。伊藤さんの場合、すぐ側にいるコーチの松尾先生が、一番よく伊藤さんのことをわかってくださっているわけで、そういう方や、一緒に練習や競技をやっている仲間とのコミュニケーションを深めることが、自分が何をしていくかをはっきりとさせるヒントに繋がっていっているなと感じました。

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得意ではなかったことが、できるようになってきた

―――競技場面でなく、日常生活でも変わったことはあるのでしょうか? 松尾先生との対話のほかに、例えばチームの仲間とのコミュニケーションとか、チーム内でのリーダーシップの取り方だったり、あるいは学校での日常における変化であったり、ご家族との関係だったり。
伊藤:日常も、何かしらの変化はあるのかなとは感じています。実は、今年度から、弟とは一緒ですが、親元を離れての生活を始めたんです(元は寮生活)。コロナ禍のときは基本、家に籠もっての生活になることもあって、最初は親にめちゃくちゃ心配されたのですが(笑)、特につまずくこともなく、しっかりと生活できているほうなのかな、と思います。そこは自分が想定していた以上でしたね。最初は、本当に、自分でもできないんじゃないかと思っていたので…(笑)。また、今の高校1年生、2年生とか、年が離れた子たちとのコミュニケーションが、自分からとれるようになりました。先日も新人戦をサポートする形で参加したのですが、年が離れていることで、相手がうまくコミュニケーションをとりづらい状況なのかなと思い、自分のほうから積極的に声をかけたり、「どう?」と聞いてあげたりができていたので、そこも、ここ何年かに比べると変わった部分かなと思います。

―――もともとは、得意ではないことなのですか?
伊藤:そうですね。見ていて、「ああ、こうしたらいいのにな」と、思いはするけれど相手には伝えず…みたいな感じで(笑)、「いつか気づいてほしいな」と見ているだけということが多かったですね。そこは少しずつではあるけれど、1〜2年前と比べると、だいぶ変わった点ではあるのかなと思います。
田崎:一般的には、社会に出ると、自分と違う人たちばかりで、同質ではない異質のなかでやっていく状況になります。そういう方たちと接することによって、何が起きるかが大切だと思います。変わっていく、新しいものを生み出していくためには、違うものと接することが大切で、同質の中から新しいことはなかなか起きにくい。日本の社会全体、あるいは世界が変わっていく今、新しいイノベーションを起こしていこうとしたら、やっぱりダイバーシティ(多様性)だと思います。「違う意見を知る」こと、これがスタートになってきます。「外の人」「違う人」と話すことができるかどうか、ここが非常に重要なポイントです。競技が強くなっていくプロセスのなかで、コーチや先生、仲間とコミュニケーションを深めていくことは、社会に出ていくときのためにも重要な階段、ステップだと思います。

―――松尾先生、普段のコーチングの場面では、これまでは先生から発信したことを、伊藤選手が聞くという形が多かったのですか?
松尾:そうですね。先ほども「コミュニケーションの質が変わった」という話をしましたが、以前は私が話した内容を、伊藤が受けるという関係性が多かったです。伊藤から「こうしたい」という話をしてくることが、なかなかできなかったのかもしれませんが、近年では少しそのやりとりが変わってきていることは確かです。

―――伊藤選手、そのあたりで、ライフスキルトレーニングのプログラムを受けたことが行動の変容に繋がっている面はあるのでしょうか? このプログラムでは、受講生同士がグループで、あるいは1対1でディスカッションする場面も多かったと思いますが、どんな感想を持ちましたか? また、「ここが生きてきている」という例はありましたか?
伊藤:僕、率直に言うと、「みんな、よく話すな」という感想(笑)が一番で、引き気味な僕とはだいぶ違うな、と(笑)。でも、そういう人たちって、すごく活発であったり明るかったりするんですね。布施先生も指摘されていましたが、そのことは、いい印象を与えやすく、そういう印象を持たれることが次にも繋がっていくという話も出ました。また、「ここが生きている」という例では、これは確か1対1のディスカッションのときだったと思うのですが、人と接するときの話の悩みを聞いてもらったときに、「自分から行ってみるのがいいんじゃない?」と言われて、「ああ、やっぱりそうすべきなのかな」と感じたことがあって…。

―――そこ、もう少し詳しく聞かせてください。どういうシチュエーションで?
伊藤:自分が、(高専)5年生の立場で、下の学年の子と接する際に、どういう自分でいればいいのか、というような話をしたときに、「相手が来るのを待っているのではなく、自分から行ってあげるくらいの感じがいいじゃないか?」と言われたんですね。そのとき、僕と年下の選手との関係に限った話でなくて、先生や、ほかの選手たちと話すときであっても、自分から行くらいのスタンスが大事なんじゃない? と言われて、そのときに「あ、やっぱりそうすべきなのか」と。同様のことは、これまでも言われたことはあったのですが、そのときに改めて実感することができたんです。

―――「素の性格」では、自分から行かないタイプ?
伊藤:はい、そうですね。それこそ本当に「役割性格」じゃないんですけど、オリジナルの自分は、引っ込み思案というか、おとなしくて、自分から話しかけていくほうではないと思います。でも、それはそれで、それが自分のオリジナルであるということにしておいて、「後輩が親しみやすいような自分」というものも持って接していけば、もっとより良い関係になるんだな、と、考えるようになりました。

(2021年10月4日収録)

>>【ライフスキルトレーニング】伊藤陸×松尾大介コーチ×田崎博道社長 インタビューVol.2 に続く
https://sports.yahoo.co.jp/official/detail/202110140036-spnaviow


▼プログラムの情報やインタビューVol.2はこちら▼

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