私のミッション・ビジョン・バリュー2021年第3回 中山開帆選手インタビュー「不撓不屈」

水戸ホーリーホック
チーム・協会

【©MITOHOLLYHOCK】

水戸ホーリーホックでは、プロサッカークラブとして初めての試みとなるプロ選手を対象とした「社会に貢献する人材育成」「人間的成長のサポート」「プロアスリートの価値向上」
を目的とするプロジェクト「Make Value Project」を実施しています。

多様性と交流を基盤に、様々な業種の講師を招聘し、異業種の方々の価値観や使命感に触れることで、プロアスリートとしての存在意義や社会的な存在価値を選手たちに問い続けます。

その一環として、キャリアコーチと選手が継続的に面談をして「ミッション」「ビジョン」「バリュー」の策定をする取り組みが昨年から行われています。

ミッション・・・社会の中での自分の役割
ビジョン・・・ミッションを実現した理想の未来像
バリュー・・・日々のこだわり、行動指針

原体験を振り返り、自らのサッカー選手であるうえのスタンスや価値観、使命感を見つめなおすことでピッチ内外でのパフォーマンス、言動、行動の質の向上につなげていこうという取り組みです。

今季も選手・スタッフの今季策定した「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を紹介していきます。
2021年第3回は中山開帆選手です。

(取材・構成 佐藤拓也)

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Q.MVV作成のための面談はどのぐらい行いましたか?
「昨年は毎月面談を行ってMVVを作成しました。昨年とMVVは同じなので、今年の面談は2回ぐらいしかしてないです」

Q.面談を行ってみていかがでしたか?
「自分が何のためにサッカーをしているのかということをあらためて言語化したことによって感じることがありました。そこに対して強く向き合うようになったことはよかったと思っています」

Q.そういったことを頭の中で考えたことはあると思います。第三者と話をしながら、引き出してもらうことによって気づくこともあるのでは?
「忘れていたことを思い出すこともありました。昔のことを思い出しながら話すことによって、当時の気持ちを思い出しましたし、今と比べて、その時はどうたったのかといったことを考えるようになりました。そういった意味でいい面談になったと思います」

Q.昨年策定したMVVのパネルはどこに置いていますか?
「寝室の寝る時に必ず視界に入る場所に置いてあります。寝る前に見るようにしています」

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Q.では、まずMISSIONについて聞かせてください。「諦めかけている人に、自分を信じる大切さと難しさを伝え、希望を与える存在になる」とあります。
「これまでのサッカー人生はうまくいかない時間の方が多かった。それでも諦めずにやってきて、こうやって7年もプロとしてプレーできていることに自分でも驚いています。今年はありがたいことに試合にも使ってもらえました。いろんな人に可能性があるということを示すことができたらいいなと思いますし、諦めかけている人に向けてのモデルになれればいいなと思って、この言葉を選びました」

Q.うまくいかなかったのはいつ頃ですか?
「ずっとですよ。プロになれる人は子どもの頃からチームで一番うまくて、選抜や世代別の代表に選ばれている選手だというイメージを持たれている方が多いと思いますが、僕はすべてのカテゴリーで本当に真ん中ぐらいのレベルの選手でした。小学校の時は試合には絡めてはいたものの、決して突出した存在ではありませんでした。地区トレセンに選ばれたことはあったのですが、すぐに落とされました。そこで悔しい思いをしました。中学生の時はクラブチームに入ったのですが、3年生の夏前ぐらいまでレギュラーではありませんでした。最後にレギュラーをつかんで、全国大会出場を決めたのですが、たまたまその試合を見に来てくれた東福岡高校の監督に誘われて、東福岡高校に行くこととなりました。高校は1年の時からトップチームに入っていいスタートを切ることができました。3年生になってもプリンスリーグやインターハイには出場しましたが、最後の選手権ではけがを理由にレギュラーを外されてしまいました。そして、大学では2年生までは控えでした。3年になった時には2部リーグに降格してしまったんです。その出来事は自分にとってかなり絶望的だったんです。1部にいないとプロのスカウトになかなか見てもらえないですから。で、3年の時に1部昇格できなくて、4年の時も2部でプレーすることになりました。ずっとうまくいかなくて、常に逆境というサッカー人生でした。北九州に誘われてプロになることはできたものの、出場機会に恵まれない日々が続きました。それでもなんとか7年プロであり続けているという感じです」

Q.うまくいかない中でぶれなかったことは?
「サッカーが好きだったということとサッカーで成功したいという思いが強かったことだと思います。あとは両親を含めて周りの人に恵まれていました。今まで携わってくれた指導者の方々がいい人ばかりだったので、そういう方々のためにもプロになって恩返しをしたいと思っていました。その思いはぶれませんでしたね」
Q.水戸での中山開帆選手はどんな状況でも真摯にサッカーを向き合っていますし、試合に出ていなくても、声を出して盛り上げるなどチームのために行動ができる選手という印象があります。今までもそういう意識でサッカーと向き合ってきたから今があるのでは?
「常にそういう意識を持っていたわけではないですね。年齢を重ねて気づいたところの方が大きいです。選手なので試合に出られないと悔しいですし、特に北九州の時は今のような態度ではなかったと思います。それで怒られたこともありました。でも、どんな時でもチームのために行動できる先輩の姿を見て、自分もこうしないといけないと気づかされることがありました。それで変わったところがあったと思います」

Q.今年は愛媛戦でJ2デビューを果たし、完封勝利をおさめました。今まで諦めずにやってきたことが報われた思いがあったのでは?
「本当に報われたと思いました。J2の北九州に加入したのに出場機会に恵まれず、J3に落ちてしまった。なので、J2の試合に出たいという思いを強く持っていました。そこで出場機会を与えてもらい、ずっとやってきてよかったと思うことができました」

Q.今後に向けての大きなモチベーションになりましたね。
「自分でも『できる』と思えましたし、まだまだ上を目指せるとも思えたので、自分にとって大きな1試合になったと思っています」

Q. 「自分を信じる」ために大切なことは何だと思いますか?
「どこまで自分がやっていることにプライドを持てるかだと思うんですよ。一生懸命やることが恥ずかしい風潮ってあるじゃないですか。それでも自分を信じて、自分がやっていることを恥ずかしいと思わずに取り組んでいくことが大事だと思います」

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Q.次はVISIONについて聞かせてください。「自分を信じ抜いた先に出た結果を誇りに思える人や、諦めない人で溢れている社会」とあります。
「この言葉を考えたのは昨年末でした。その時、まだJ2の試合に出ていませんでした。今年、出場した時、まさにこの言葉だと思いました。信じ抜いた先にチャンスが待っている。6年半も悔しい思いをしてきたからこそ、試合に出た日は本当にうれしかった。これがあるから、サッカーをやめられないと思いましたし、試合に出るためにこれからも頑張ろうと思うことができました。それは苦しい経験をした人しか分からないと思いますし、苦しい時間を多く重ねた分、喜びも大きかったんだと思います。なので、そういう喜びを多くの人に味わってもらいたいんですよ」

Q.苦しみを乗り越えた先に明るい未来が待っている。そのために諦めずに続けることが大事だということを伝えたいということでしょうね。
「僕はこれまでの人生で簡単に成果を得られるという経験がなかったんです。きつい思いをして一つの成果を得るという人生なので、苦労することが身についているところもあると思います。その中で言えることはどんな状況でも続けることが大事だということですね」

Q.昨年水戸に加入するまで数カ月間所属クラブがなくなった時期がありました。その期間があったからこそ、考えが変わったのでは?
「あの期間はいろんなことを考えさせられました。人間的に大きく成長できた時間だった。北九州と契約満了になった後、アマチュアからのオファーしかありませんでした。正直、アマチュアチームでプレーする覚悟もありました。その中で水戸の練習に参加させてもらって、この雰囲気の中でやりたいと強く思いました。やっぱり、Jリーグにこだわり続けたいとあらためて思いましたね」

Q.そういう経験をしたからこそ、日々の練習から無我夢中にサッカーに取り組んでいるように見えます。そういう姿勢がチームにいい影響を与えているように感じます。
「間違いなく、そこは水戸に来て変わりましたね。そういう思いで日々取り組んで、水戸で結果を残して、多くの方に希望を与えられる存在になりたいと思っています」

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Q.次はVALUEについて聞かせてください。「矢印は常に自分」「現状把握と状況分析にこだわる」「努力を怠らない」「常にポジティブに」「他者からの評価、意見を一度受け入れる」「サッカーに嘘をつかない」とたくさん書いてあります。
「いろいろ失敗を重ねてきた中で見つけた答えがこれらの言葉です。『サッカーに嘘をつかない』という言葉に関しては、大学時代やプロ入り2年目ぐらいまではサッカーにすべてを注ぐことができていなかったところがあります。もちろん、練習は全力で取り組んでいましたが、24時間サッカーに集中することはできていなかった。その影響は少なからずあったと、今振り返ると思います」

Q.そういう失敗が糧になっているということですね。
「その時は失敗しているという感覚はなかったですし、できているつもりではありました。でも、結果が出ていないということは、その取り組みは失敗だったんだと思います」

Q.「他者からの評価、意見を一度受け入れる」という言葉が印象的です。受け入れられない時期もあったのでしょうか?
「大学の時、監督とぶつかることが多かったんです。よく言い合いをしていました。当時、監督は元日本代表の松井清隆さんだったのですが、現役時代GKとしてすごい選手だっただけに、GKへの要求が高いんですよ。GKとしてノーチャンスの失点をしてもGKの責任にされたり、試合に負けたらすべてGKの責任と言われたり、そうした考えを受け入れることができませんでした。それでぶつかることが多かった。そうしたことを繰り返しながら、自分の中で一度すべて監督の意見を受け入れようと決めたんです。それからすごくうまくいくようになったんです」

Q.今振り返ると、監督の言っていたことが理解できる?
「できますね。それだけGKに期待していたということだと思うんです。そういったことを理解できるようになったから、プロに行くことができたんだと思っています。その時、すべて一度受け入れるということを身につけることができました」

Q.水戸では本間幸司選手からいろいろアドバイスを受けることがあるのでは?
「めちゃくちゃあります。技術的なところだけでなく、メンタル面や立ち居振る舞いなど常に進化し続けようとしている姿勢は本当に参考になります」

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Q.最後にスローガンについて聞かせてください。「不撓不屈」です。
「この言葉は面談した方から教えていただきました。それで意味を調べてみたところ、いい言葉だと思いましたし、ぴったりだと思ったので、この精神でこれから頑張って行こうと決意しました」

Q.障害があっても屈することなく、乗り越えるということですね。特にGKは1人しか出られないですし、ミスも目立ってしまう、メンタルの維持が難しいポジションです。
「そのために自分を持ち続けることが大事だと思うんです。その決意の言葉です」

Q.今後に向けての抱負を聞かせてください。
「今季、J2デビューを飾ることができましたが、これから多くの試合に出ることだけでなく、チームを勝たせることが目標です。今はニエ(牲川歩見選手)が起用されていますが、僕が出たらニエとはまた違った色を出すことができると思っています。自分の色を出してチームに貢献したいと思っています」
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著者プロフィール

Jリーグ所属の水戸ホーリーホックの公式アカウントです。 1994年にサッカークラブFC水戸として発足。1997年にプリマハムFC土浦と合併し、チーム名を水戸ホーリーホックと改称。2000年にJリーグ入会を果たした。ホーリーホックとは、英語で「葵」を意味。徳川御三家の一つである水戸藩の家紋(葵)から引用したもので、誰からも愛され親しまれ、そして強固な意志を持ったチームになることを目標にしている。

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