【自主トレ密着】朝6時、近藤英人はまるで呼吸をするかのようにトレーニングをする

チーム・協会

【【クボタスピアーズ(ラグビー)】自主トレ密着記事】

早朝のクラブハウスにメトロノームの音が響いた

カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ…

6月某日早朝6時。
この日は晴天。
船橋市栄町にあるクボタスピアーズのクラブハウスを朝日が照らした。
青々とした芝生にスプリンクラーから散布された水滴が落ちる音。
一日の始まりを伝える鳥の鳴き声。

工場が密集する一画にある、クボタスピアーズのホームグラウンド。
だれも活動していない静寂に包まれたこの時間帯は、なんとなく自然を感じることができる。

そんなグラウンド内にあるクラブハウスに、カチ、カチ、カチ、とメトロノームの音が響いた。
クラブハウス2階のレスリングなどの練習を行うフロアに、近藤英人選手の姿があった。

静かなクラブハウス。
メトロノーム。
近藤英人。

それらは、クボタスピアーズのオフシーズンの朝の光景として、芝生に水が落ちる音や鳥のさえずりと同様、もはや自然の一部のような存在となっている。

近藤英人。兵庫県出身。2016年入団の28歳。東海大仰星高校⇒東海大学⇒クボタスピアーズ。 主にウィングとして活躍し、入団1年目から試合に出場する。トップリーグ通算8トライ。 【【クボタスピアーズ(ラグビー)】自主トレ密着記事】

「鍛える」のでなく「研く」

シーズンが終了し、クボタスピアーズは現在オフシーズン。
オフシーズンになると、チームとしてのトレーニングは行われず、コンディションの調整は各選手に委ねられる。いわゆる「自主トレ」が始まり、内容、頻度、時間帯、そして場所も含め、それぞれの選手の判断で行われる。
選手はこの自主トレを社業やコンディション、そして自身のプレーの課題を考慮して、主体的に取り組む。故にこの自主トレは、選手の個性が溢れていて面白い。
自主トレを見ることで、その選手の来季のプレーが見えてくる。そして、期待が膨らむ。
そんな自主トレに取り組む選手に密着する【自主トレ密着】記事。

今回、密着するのは近藤英人選手。
ウィングとして活躍し、2016年の入団時から公式戦に出場。
長いストライドで走るラン、無尽蔵の持久力、柔らかいステップ、と走力を活かしたプレーが魅力。
入団以来、コンスタントに公式戦に出場し続け、トライゲッターのウィングとしてこれまでトップリーグ8トライ。なかなかトライが獲れないシーズンはあったものの、それでも安定したパフォーマンスでチームの勝利に貢献し、クボタスピアーズの片翼を担ってきた。
しかし、昨シーズンのトップリーグ2021では、入団5年目にして初の公式戦出場記録なし。
常にポーカーフェイスで感情を表に出さない近藤選手だが、この結果にどう感じているのか、そして来シーズンへの思いとは。近藤選手の自主トレを通して、その胸の内を聞いてみた。

いつも出勤前にクボタスピアーズグラウンドで自主トレするという近藤選手。出勤前ということでスーツ姿だった 【【クボタスピアーズ(ラグビー)】自主トレ密着記事】

スマートフォンを操作し、メトロノームの音を再生させると、近藤選手の自主トレが滑らかにスタートした。まずは動物の動きを見立てた動きのエクササイズ「アニマルフロー」を用いて、体を目覚めさせる。

「この動きはビーストといいます。」

とビースト(野獣)というワードを発するには、あまりに爽やかな表情で動きの名前を教えてくれた。

その後も、スマートフォンに記録されたメニューを見ながら、淡々とメニューをこなす。
特徴的なのは器具や重りを一切使わないこと。

アニマルフローの動きを一通り終えると、

プッシュアップジャンプ
腕立て伏せから飛び上がる動き、近藤選手の場合はこれをいくつかのバリエーションで行う。
スクワットジャンプ
しゃがんだ状態から飛び上がる動き
ブリッジ
近藤選手は寝た状態からのブリッジと、直立した状態からブリッジを行う
片足スクワット
片方の足でしゃがみ、もう片方の足を前に出す動き。ピストルスクワットとも呼ばれる。
マッスルアップ
懸垂をするときのようなバーにぶら下がった状態から、一気に体を引き上げ、上半身をバーの上まで持ち上げる動き

と、すべて自重でメニューをこなす。

どれも体の連動性や瞬発力を意識した種目だ。


「今日はこうゆう日なので。フリーウェイトのような重量で負荷をかけたトレーニングもしますが、こういった自分の体重をいかに扱えるかを重視したトレーニングも行います。特に瞬発力は、ウィングというポジションには必要なので。」

と語る。「今日はこうゆう日」ということは他にはどんな日が。

「グラウンドで走る時もあれば、ウェイトトレーニングやオフフィートトレーニング(バイクやローイングマシン)を行う日もあります。土日はビーチでアジリティ(俊敏性)のドリルを行ったり。」

多彩。となるとトレーニング頻度は…

「毎日ですね。平日は仕事前か仕事後にここ(クラブハウス)で。土日はビーチにもいったり。時々、一日2回トレーニングする日もあります。」

まるで合宿。一人自主トレ合宿。
チームとしてのシーズン中の練習頻度でも、週5日、うち2部練習は1〜2日間。
頻度だけみるとシーズン中を上回る練習量。

その理由を聞いてみると、

「ラグビーの練習ができないので、動かせるだけ動かしておこうと思って。ラグビーの練習があるときはこうしたメニューはどうしても割合的には少なくなってしまいます。だからオフシーズンはこうした自分がやりたいトレーニングを好きなだけしています。好きなんですよね、オフシーズン。」

楽しんでいる。純粋に楽しんでいる。
しかし、休養も必要なオフシーズン。
社業もあるなか、疲労は溜まらないのだろうか。

「オフシーズンは自分の体を見つめ直して、どこを鍛えようとか、ここを伸ばそうとか考えながら自主トレすることを意識しています。その中で仕事が忙しく、時間が取れない時や疲れている時などがあれば、それでも短い時間やメニューを軽くしてトレーニングはするようにしています。なるべく動かしながら体を回復させるイメージです。仕事の時も座りっぱなしにならないようにして、体が固まらないように気を付けています。」

今日はトレーニングをしようとか、今日は疲れているからやめておこう、とかではない。
「トレーニングをしない」という選択肢がない。

それは、まるで呼吸。
息を吸うか吸わないかではなく、当たり前のように吸って吐く。

メトロノームの音に合わせて、一定のリズムでトレーニングをする近藤選手を見ていると、それくらいトレーニングとは近藤選手の生活の一部として根付いているものなのだな、と感じた。

「トレーニングで意識することは、いろいろあります。もちろん心肺機能を高めたり、筋肉を大きく強くするためには追い込むことも必要です。ですが、私は自分の感覚的なものを大切にしていて、それは毎日動かすことで研かれると思っています。」

このコメントから、近藤選手の自主トレに対する信念を見た。
どうしても「鍛える」というイメージの強いトレーニング。
しかし、近藤選手は「鍛える」ではなく「感覚を研く」ことを意識する。
だからこそ、毎日行い、日々自身の感覚との対話を忘れないのだ。

スクワットジャンプを行う近藤選手 【【クボタスピアーズ(ラグビー)】自主トレ密着記事】

1ヵ月遅かったパフォーマンスの充実。厳しいレギュラー争いに勝ち抜くには

「昨シーズンは、プレシーズンでパフォーマンスがあまり良くなかったです。その中で、シーズンでのメンバー選考に外れてしまいました。けれど、シーズンに入ってからコンディションも良く、パフォーマンスが上がっていく感覚がありました。しかし、チームも勝ち進み、同じポジションの選手のパフォーマンスがいいと、いくら自分のパフォーマンスが良くても選考から外れてしまいます。そういった意味では、自分のパフォーマンスを早い段階でいい状態に持っていくことが、昨年からの課題です。」

昨シーズンについて質問すると、セット間の休憩の間に、息も切らさずそう答えた近藤選手。

6年目、28歳になる近藤選手だが、入団当初からこのある種の達観した姿勢は一貫していた。
ルーキーイヤーは開幕戦にリザーブでトップリーグデビュー。自身の感覚を研き続け、それを信じながらここまでやって来た。
しかし、昨シーズンの試合に出れなかった悔しい経験。こうした壁に当たった時、信じてきたものを疑いそうなもの。だが、近藤選手はブレない。
それは、開幕後に手ごたえを感じるものがあったからだ。
「あと一か月早くこのパフォーマンスが出せたら。」
きっとそんな思いもあったはず。
しかし、自身は爽やかに前を向き、「どうしたらいいパフォーマンスをプレシーズンに発揮できるのか。」を考える。
その答えのひとつが、この自主トレだ。

「ウィングは良い選手が多いので、その中でも、だれが見ても認められる選手にならなくてはいけないと思っています。自分の持ち味である走力を活かして、だれよりも走り、だれよりもトライが獲れる選手にならなくては、試合に出られません。」


そうした自身の来季への決意とも思えるようなコメントの後に、こう続けた。

「今年のオフシーズンは、自主トレに来る若い選手が増えた。」と。

近藤選手だけではない。若い選手たちは、このオフシーズンをチャンスとばかりにクラブハウスで汗を流す。
だれだって試合で活躍したい。
どんなにチーム内外から、ボルツ(昨シーズンの試合メンバー以外の選手たちの呼称)が称賛されていても、ボルツで甘んじている自分を許すわけにはいかない。

だれもがシーズンの再開を心待ちに準備を進めるオフシーズン。
感覚を研ぎ澄まし、プレシーズンから最高のコンディションを目指す近藤選手から目が離せない。



文・写真:クボタスピアーズ広報 岩爪航
※試合中の写真のみ福島宏治チームフォトグラファーの写真を使用しています。

約1時間の自主トレを終えた近藤選手のさわやかな表情。時刻はまだ朝の7時。これからスーツに着替え出社する。この日の夜、近藤選手にクラブハウスで再開。2回目の自主トレに汗を流していた。 【【クボタスピアーズ(ラグビー)】自主トレ密着記事】

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著者プロフィール

〈クボタスピアーズ船橋・東京ベイについて〉 1978年創部。1990年、クボタ創業100周年を機にカンパニースポーツと定め、千葉県船橋市のクボタ京葉工場内にグランドとクラブハウスを整備。2003年、ジャパンラグビートップリーグ発足時からトップリーグの常連として戦ってきた。 「Proud Billboard」のビジョンの元、強く、愛されるチームを目指し、ステークホルダーの「誇りの広告塔」となるべくチーム強化を図っている。NTTジャパンラグビー リーグワン2022-23では、創部以来初の決勝に進出。激戦の末に勝利し、優勝という結果でシーズンを終えた。 また、チーム強化だけでなく、SDGsの推進やラグビーを通じた普及・育成活動などといった社会貢献活動を積極的に推進している。スピアーズではファンのことを「共にオレンジを着て戦う仲間」という意図から「オレンジアーミー」と呼んでいる。

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