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力んでいるのか、そうでないのか…分からない境地

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 「集中していると、力んでいるのか、そうでないのか分からないものです…」。こう語る人物がいる。
篆刻(てんこく)作家の永田煙草(ながた・えんそう)さんだ。愛知県在住の55歳である。
限られた石材空間に字を刻んでいく思想と技は、中国で深まり日本へも伝来した。記録では紀元前の秦(しん)の時代からあったという。

この篆刻による印と日常使用しているハンコは別物。厳然とした違いがある。個人や団体を表すしるしとしてのハンコは記号的な存在であるが、「篆刻の印には書としての筆意と美しさがなければならない」と煙草さんは語る。

筆意とは、意思であり、祈りであり、心構えであり、精神であり、趣であり、人格であり、生きざまである。
また、美が求められる。芸術論では当たり前のことだが、美は身体性をともなう。それは、いのちのありようとしての勢いにも通ずる。
いずれも書と同じ。ゆえに煙草さんは「書道として篆刻が存在している」という。
彫る道具を鉄の筆、すなわち鉄筆(てっぴつ)というゆえんである。紙に筆で字を書くように、石に字を書くのである。
ちなみに鉄筆は別名、石刀(せきとう)ともいう。

身体性をともなうものを芸術と感じることをふまえれば、機械と人の技との違いをわきまえておく必要があるだろう。もっともこれは、機械彫りの印鑑を否定するものではない。むしろ現代社会においては欠かさざるものであることは当然のことわりである。

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それにしても篆刻の舞台は物理的に小さい。そこに筆意と美を込めるのだ。
わずか5mm四方の中に「勢い」を刻むこともあるという。なんという志向と技であろう。大きな世界観なくしてできるものではない。
そして勢いあまることもあるらしい。さらに天然素材ゆえ欠けが生じてしまうこともあるという。

煙草さんは、「程度にもよりますが、それが味にもなりうる」と口にしている。
これぞ身体性である。

「集中して取り組んでいるとき、力んでいるとか、そうでないとかは分からないものです。あとで少し彫り過ぎている部分をみて、力んでしまったかなと振り返ることはありますが…、やっている最中は自覚していないですね…」という。

ボートレーサーも同じなのかもしれない。

筆意や美を意識し過ぎた作品は、作為が感じられ心に沁みてこない。
身体が自然に反応してこそ芸術の極み。

「無の境地」とはそういう世界なのであろう。

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