ラ・リーガのレジェンド、カシージャスが引退

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スペインフットボール界のレジェンドがまた一人、ピッチを去る。8月4日、イケル・カシージャスが39歳での現役引退を発表した。マドリー近郊の町モストレスで生まれ育った彼は、長いキャリアにおいて合計24タイトルを獲得してきた。その中には2008年から2012年にかけて、スペイン代表の主将として掲げた3つの偉大なトロフィーも含まれる。

カシージャスはレアル・マドリー、ポルト、そしてスペイン代表の歴史において、数々の伝説を残してきた。全ては1999年12月、ボド・イルクナーとアルバノ・ビサーリの負傷により、当時18歳の若者に先発のチャンスが巡ってきた日にはじまった。ビルバオのサン・マメスで行われたアスレティック・クルブとのアウェー戦のことだ。

あの日以降、カシージャスが後ろを振り返ることはなかった。ほどなく彼はレアル・マドリーの正GKとなり、21歳の時にはもう2度のチャンピオンズリーグ制覇を経験していた。特にグラスゴーでレバークーゼンを2ー1で破った2度目のチャンピオンズリーグ決勝では、決定的な役割を果たしている。あの試合はジネディーヌ・ジダンの芸術的ボレーによるゴールが人々の記憶に残っているが、真の勝利の立役者は後半に好セーブを連発したカシージャスだった。

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その後も彼はレアル・マドリーとスペイン代表のキャプテンとして、多くのトロフィーを掲げてきた。レアル・マドリーでは5度(00/01、02/03、06/07、07/08、11/12)のラ・リーガ・サンタンデール優勝に加え、コパデルレイを2度、スーペルコパ・デ・エスパーニャを4度獲得。国外ではチャンピオンズリーグを3度、UEFAスーパーカップを2度、インターコンチネンタルカップを2度、クラブワールドカップを1度手にしている。

スペイン代表ではEURO2008、ワールドカップ2010年大会、EURO2012を立て続けに制したチームのキャプテンを務め、神がかりなセーブの数々により「サン(聖)・イケル」と呼ばれるようになった。中でも決定的な役割を果たしたのは2010年のワールドカップだ。パラグアイとの準々決勝ではオスカル・カルドソのPKをストップ。オランダとの決勝ではフリーで対面したアリエン・ロッベンのシュートを片足で弾き出し、オランダの先制点を阻んでいる。

こうした特筆すべきセーブの数々により、カシージャスは個人としても数々の賞を手にしてきた。2007年から2012年まで6年連続でUEFAのベスト11に選ばれ、07/08シーズンにはラ・リーガの最少失点GKを讃えるサモラ賞にも輝いた。ラ・リーガで樹立した通算334勝は、リオネル・メッシに次ぐ史上2番目の記録である。

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12/13シーズン以降はベンチを温める試合が増え、2015年には9歳から所属していたレアル・マドリーからの退団を強いられた。だが隣国ポルトガルの強豪、ポルトへの移籍後も輝かしいキャリアは続き、17/18シーズンには国内リーグ優勝を経験。チャンピオンズリーグでは通算最多59試合の無失点記録を樹立している。

だが残念なことに、彼のキャリアは予想外の事態によって一転してしまう。2019年5月1日、彼は練習中に心臓発作を患い、病院へ搬送された。幸い大事には至らなかったものの、回復後もピッチに戻ることは叶わぬまま、今夏に引退を表明することになった。

カシージャスは20年に渡ってフットボール界に確かな足跡を残してきた。とりわけラ・リーガにおける活躍は特筆すべきもので、2019年にはラ・リーガの現役選手アンバサダー「ラ・リーガ・アイコンス」の第一号に就任。レアル・マドリーとのつながりも深く、フロント入りの噂が度々報じられている。

カシージャスが引退を発表した当日、レアル・マドリーは感動的な声明を出し、彼のキャリアを讃えていた。

「本日、我々の118年に渡る歴史において最も重要な選手の一人がプロ選手としてのキャリアを終えた。彼は誰もが愛し、尊敬する選手だった。ピッチ内外における模範的な振る舞いにより、レアル・マドリーにいくつもの伝説を書き加えたGKだった。イケル・カシージャスはこれからも永遠に、レアル・マドリーの魂に宿り続けるだろう」

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