【新日本プロレス】 プロレスラーを目指したキッカケは逸材の一言! SHOの“悩み相談”にもズバリ回答!?【棚橋弘至×SHOのスペシャル“初対談”が実現!】

チーム・協会

【新日本プロレスリング株式会社/中原義史】

いまや新日本プロレスが誇る二人のPodcasterとしても活躍している棚橋弘至、SHOの二人。ファン時代、SHOの憧れの存在だった逸材の“馴れ初”めとは? さらにジュニア戦線で悩める状態のSHOに先輩から、的確なアドバイスも!?

撮影/中原義史


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SHO「自分が『プロレスラーを目指してます』って言ったら、棚橋さんが「じゃあ、待ってるよ』って言ってくださったんです」

【新日本プロレスリング株式会社/中原義史】

──今日は棚橋選手とSHO選手の対談ということで……。

棚橋 ハイ!

SHO よろしくお願いいたします。

──まず、最初にお二人の出会いからお聞きしたいんですけど、これは結構有名な話なんですよね。

SHO ええ。あれは、自分がまだ山口県の徳山大学の2年か3年の時だったんですけど、キリンビバレッジ周南総合スポーツセンターという会場が周南市にありまして、そこに新日本プロレスが来たんですよ。その大会を観に行ったんですけど、その時のサイン会で生の棚橋さんを初めて見ました。

──どんな会話をしたんですか?

SHO 「いい身体してるね?」って言われて。フフフ。

棚橋 ウン。本当にいい身体してたからね。その時、SHOくんはテレ朝とコラボした花柄のかわいいカラフルな棚橋Tシャツを着ててね。「それ?」って思いながら話したんだけど、よく憶えてるでしょ?

SHO そうです!(笑)。

──凄い記憶力ですね(笑)。でも、やっぱり「目立ってた」ということですよね。

棚橋 カッコよかったし、いい身体してるし、かわいかったしね。

SHO で、自分が「プロレスラーを目指してます」って言ったら、「じゃあ、待ってるよ」って言ってくださったんです。

──いわゆる棚橋選手の「待ってるよ」問題ですね(笑)。のちのち、辻陽太選手にも言ったという。

SHO えッ!? 辻も棚橋さんに?

棚橋 ハハハ。辻は大学生の時に自由が丘の駅でバッタリ会って、「写真撮ってください!」って言われたから一緒に撮って、「何やってるの?」って聞いたら、「アメフトです」って言うから、「いい身体してるね」って(笑)。

SHO 自分と一緒ですね(笑)。

棚橋 辻もそれがきっかけでレスラーになったというね。でも、俺、かなりのスカウト部長ですよ。

──木村健悟さん(元プロレスラー、引退後に新日本プロレスのスカウト部長を務めていた)、顔負けですね(笑)。

棚橋 でも、じつは立命館大学のレスリング部の時に、徳山大学に合宿に行っているんですよ。マイバッハ谷口(現・谷口周平、プロレスリング・ノア所属)さんと同学年なんですけど、彼がキャプテンの時だから4年生だったかな? 2泊3日くらいで行きました。まだレスリング部の寮はあるのかな?

SHO 今は新しくなって、取り壊しちゃいましたね。

棚橋 そうなんだ。あの当時は結構汚くて、空調もなかったんだよね。

SHO 自分たちの時はまだ残ってたんですよ。凄く古い寮で。

──徳山大学というと、じつはバッドラック・ファレ選手も在籍していたんですよね。

SHO はい、ラグビー部ですよね。自分が在学中に、「出身者が新日本プロレスにいるよ」って言われて、誰だろうと思ったら、当時のキング・ファレ(デビュー当時のリングネーム)だったという。

棚橋 ファレとはかぶってないの?

SHO かぶってないです。

棚橋 でも、そういうどっかですれ違ったとか、どっかで縁があったとか、何かしら目に見えない繋がりがありますよね。

棚橋「ヤングライオン時代は、肉体的な課題もあったけど、海外遠征でがっつり改善して、バランス最高になって帰ってきたよね」

【新日本プロレスリング株式会社/中原義史】

──SHO選手にとって、棚橋選手はもともとどういう存在だったんですか?

SHO プロレスを好きになるきっかけだったんですよ。

棚橋 いやあ、うれしいね(ニッコリ)。

SHO 高校の後輩でプロレス好きのヤツがいたんですけど、その後輩にガラケーの動画でプロレスを見せてもらって、「あっ、この人、カッコいいな」って思ったんですよ。

──その「カッコいいな」と思ったのが、棚橋選手と中邑(真輔)選手の試合だったんですよね。

SHO だったと思います。ちゃんとは憶えてないんですけど、ドラゴンスープレックスをやっていました。

棚橋 順繰りですね。ボクが小橋(建太)さんとか藤波(辰爾)さんとか武藤(敬司)さんを見てプロレスラーに憧れた。SHOくんはボクを見てプロレスラーに憧れた。今は新しいファンがSHOくんを見てプロレスを好きになる。「あんな身体になりたい」ってなるんですよ。

SHO なってもらえたらうれしいですね。

──じつはですね、SHO選手のデビュー直前のインタビューが公式サイトで発見されたんですよ。

SHO ええッ!? なんか恥ずかしいですね(笑)。

──そこでも「棚橋さんに憧れて」っていう話をしてます。

棚橋 今こそお蔵出ししないと(笑)。新日本プロレスコンクルソ問題がありますからね。今、じつは1位と5位が並んでいますから。

SHO (写真を見ながら)……ああ、こんな感じで坊主でした。

【新日本プロレスリング株式会社/中原義史】

棚橋 でも、坊主であっても「きれいな顔してんな。ジャニーズ系だな」って思ったので、「これは早いうちに潰しておかないと」って思ってたら、CHAOSに行っちゃって(笑)。
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著者プロフィール

1972年3月6日に創業者のアントニオ猪木が旗揚げ。「キング・オブ・スポーツ」を旗頭にストロングスタイルを掲げ、1980年代-1990年代と一大ブームを巻き起こして、数多くの名選手を輩出した。2010年代以降は、棚橋弘至、中邑真輔、オカダ・カズチカらの台頭で再び隆盛を迎えて、現在は日本だけでなく海外からも多くのファンの支持を集めている。

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