【フットサルに生きる男たち】「俺がやっていてよいのかな」。“がんと闘うFリーガー”久光重貴がそれでもピッチに立つ理由

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チーム・協会

【軍記ひろし】

2020年1月11日、“最後のセントラル”と銘打たれた駒沢屋内球技場での集中開催で、1人の男が2019/2020シーズンの初出場を果たした。

湘南ベルマーレの背番号5、久光重貴。

2013年に右上葉肺腺がんと診断されながらも、現役Fリーガーとしてプレーをし続けてきた。“がんと闘うFリーガー”となってから7年目のシーズンは、これまでの中でも最も苦しいものでもあった。開幕戦以降、ベンチ入りすらこともできず、リーグ戦は最終盤を迎えていた。

長期の治療で入院することもあり、練習に参加できない時期も長かった。スポーツの世界では1日練習を休めば、元に戻すのに何日もかかると言われる。ほとんど体を動かせない入院生活となれば、その影響は計り知れない。

それでも、久光はピッチに戻ってきた。1回の出場時間は短くても、およそ病を抱えているとは思えないような動きを見せた。シュートチャンスは惜しくも決められなかったが、3-1での勝利に貢献。試合後はサポーターと“勝利のダンス”を踊った。

試合後、ミックスゾーンに現れた男は、「ゴール、決めたかった」と悔しがりながらも、充実した表情を浮かべていた。

「久光はいらない」と言われる日まで

──ピッチに立っている姿を見られてうれしかったです。

開幕戦はメンバーに入ったけど出場はしていなかったので、今日が初出場です。ずっと治療の期間が長くて、ピッチに立つことができてなかった。ピッチに立って、うれしさとか、この環境って当たり前じゃないなとアップの時にすごい感じて。試合に入った時に、感じたのが、自分たちのチームでやってる練習の方が強度が高いなと。

──試合よりも練習のほうが激しい?

練習ではぶっ倒れるぐらいやってて、それができたから今日ピッチに立てたのかなと。ここに来るまでに若い選手たちと同じ強度でやれたのが支えになっていたというか。僕1人じゃ、たぶんここまで上げられなかったと思うんです。だから若い選手たちにも感謝している。(奥村敬人)監督が送り出してもらえなければ、アップゾーンで動いているだけしかできません。監督が与えてくれたチャンスだし、そこに応えたかった。ゴールはとれなかったけど、あのピッチに立てたことは感謝の気持ちでいっぱいです。

──ピッチに立っている間、ずっとフルパワーで走っているように見えました。

今の自分の現状を把握するために、最大限のところまでやらないといけない。それによって、「これ以上は行けないんだな」って物差しを作って。もちろん、もっと前に行きたいとか、プレスに行きたいとか感じるところはあります。ただ、できないところはあきらめて、俺にできるところはなんだろうと見つけるようにしています。

──やっぱりコンディションを上げるのは大変ですか?

チーム練習はしばらく休むこともあります。そうすると、(コンディションが)ゼロになる。自分の教えてくるクリニックで蹴るだけでゼーゼーしちゃうぐらい(苦笑)。(足の)筋力が落ちるから、ボールを蹴った時に重さを感じるようになる。

一番しんどいのが下半身。一番始めはイメージ先行で肉離れを何度も繰り返しました。だから、しっかりと筋力をつけてから、動きの練習をしています。ゼロに落ちるのはしんどいですけど、自分の中で「階段」を上っていくような感じです。1個ずつ、1段ずつ。

──どうして、そこまでできるんでしょうか。僕だったら絶対に心が折れてしまいます……。

3分だろうと10秒だろうとピッチに立った時は病気のことも忘れるし、周りが病気だからと遠慮しているのも感じない。このピッチに立つ時間は長かろうが短かろうが真剣にボールを蹴れるんです。それ以外の時は病気のこととか、いろんなことを考えちゃうけど、無心でボールを追いかけられる。それから……。

──それから?

このピッチに立つことで、まず一つ目は自分と同じ病気の人に対して、同じ治療でもこれだけできるとスポーツを通じて伝えたい。ガンというイメージを変えたい。僕自身も告知を受けた時に不安で仕方なかった。でも、明るい情報を発信することができれば、フットサルだけじゃなくて、他の分野で頑張ってる人にとっても、病気になっても諦めずに頑張ろう、一歩前に進もうという気持ちになればうれしい。それは僕にしかできないことですから。

もちろん、それができるのはクラブが契約してくれているから。クラブから「いらない」と言われてしまえば、他の道でやらなきゃいけない。今こうやって一生懸命やれている場所をもらえるのは幸せなことだし、それを自分のところで止めるだけじゃなくて、伝えて行く作業をやっていく。このピッチがある以上はやらなきゃいけない。

──ペスカドーラ町田や東京都選抜で共にプレーした森谷優太選手と横江怜選手が今シーズン限りで引退を発表しましたが。

その話を聞いたときに、正直しんどかったです。僕も何度もこれやめたほうがいいのかなと思う場面がたくさんあったし、この試合が最後でも悔いが残らないなと思ったこともたくさんあった。明日のことなんてわからない。もしかしたらピッチに立てないかもしれなくても、今日の練習が最後でも悔いを残したくない。

レオと森谷とは小田原アリーナで(町田と)練習試合をやった時に同じピッチに立てたのは、うれしかったです。彼らがいたからこそ、もうちょっと頑張ろうと思えた。もっと言うと、(金山)友紀さんがあれだけ頑張ってるからこそ、まだまだやめられない。レオや森谷は俺よりもできるはずなのに、俺がやっていてよいのかなっていう気持ちはあります。でも、僕には僕でやらなきゃいけない責任も生まれていて。

本音を言うと、まだまだやり切ってほしかったなと。やり切ったのかもしれないですけど。選手がやめる時って、チームがやめるか、自らやめるか、2つに分かれると思うんです。僕はもっとやれたんじゃないって。もっとやりたかったという気持ちで辞めたくない。クラブから「お疲れさん」と言われた時に、しっかり頭を下げて、気持ちよく終わりたい。

そのことは、ベルマーレに来てからずっと思ってる。町田を辞めた時に、フットサルをやめようかどうか考えていたけど、このクラブに拾ってもらって。こんなに長い期間やるとも思っていなかったですからね。だからこそ自分がやれることはやり切らないといけないなと。その思いだけです、今は。

──こういう選手がいることを、もっと多くの人に知ってほしいと心から思います。

僕にとってもそうだし、チームにとっても、今日も明日も初めて見にくる人に、ベルマーレって面白いなと思ってもらわなければいけない。1試合1試合、1回1回の練習にどんな思いを込めてやっているか。プレーをする以上は悔いを残したくない。

「勝利のダンス」を踊る“がんと闘うFリーガー”久光重貴 【軍記ひろし】

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