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【一山、圧巻の2時間20分29秒!東京五輪日本代表選手に内定!】びわ湖毎日マラソン・名古屋ウィメンズマラソン

日本陸上競技連盟

びわ湖毎日マラソンと名古屋ウィメンズマラソンが3月8日、東京オリンピックのマラソン日本代表選手を選考する「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)ファイナルチャレンジ」の男女各最終戦として行われました。

両大会は、それぞれに男女マラソンの第104回日本選手権も兼ねての実施でもありました。女子最終戦として行われた名古屋ウィメンズマラソンは、30km以降を独走した一山麻緒選手(ワコール)が、日本歴代4位となる2時間20分29秒で圧勝。代表内定の条件を大きくクリアして、東京オリンピック女子マラソンの日本代表に内定しました。一方、海外招待のエバンス・チェベト選手(ケニア)が2時間07分29秒で優勝した男子最終戦のびわ湖毎日マラソンは、日本勢では、一般参加の作田直也選手(JR東日本)が自己記録を大幅に更新する2時間08秒59秒をマークして4位に食い込む健闘で最上位を占め、日本選手権を獲得。ただし、オリンピック代表争いにおいては、この大会で大迫傑選手(Nike)が東京マラソンで出した2時間05分29秒を上回る記録が出なかったため、男子3枠目の座には大迫選手が就く結果となっています。

ここでは、東京オリンピック代表内定者が出ることになった名古屋ウィメンズの模様を中心に、MGCファイナルチャレンジ最終戦の結果をご紹介します。

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一山、圧巻の2時間20分29秒!
日本人国内最高記録で、東京オリンピック代表に内定

今回の名古屋ウィメンズマラソンは、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、エリートの部のみの開催とし、サブイベントやセレモニー等の中止、沿道での応援自粛を呼びかけるなど、規模を大幅に縮小して行われました。

当日の名古屋は、深夜からの雨が断続的に降り続く天候となり、スタート時(9時10分)は気温9.1℃、湿度88%、北の風0.2m、フィニッシュ時は気温10.0℃、湿度82.1%、北北東の風1.6m(主催者発表のデータによる)というコンディション。ペースメーカーは2段階で5選手が用意され、第1グループ(4名)が1km3分20秒、5km16分40秒(フィニッシュタイム2時間20分39秒想定)、第2グループ(1名)は1km3分25秒、5km17分05秒(フィニッシュタイム2時間24分10秒想定)のペースで最大30kmまでつく設定のなか、レースは午前9時10分にスタートしました。

最初の1kmを3分21秒で入った先頭集団は、ペースメーカーの1人が2km手前で脚を痛めて離脱するアクシデントがあったものの、その後の各1kmを3分20秒、3分19秒、3分20秒、3分21秒と、ほぼ設定通りに進んで5kmを16分41〜43秒で通過していきます。この間、清田真央選手(スズキ浜松AC)が3km手前で後れましたが、日本勢は、岩出玲亜選手(アンダーアーマー)、安藤友香選手(ワコール)、池満綾乃選手(鹿児島銀行)、一山麻緒選手(ワコール)、野上恵子選手(十八銀行)、福士加代子選手(ワコール)ら国内招待選手のほかに、一般参加の細田あい選手(ダイハツ)、上杉真穂選手(スターツ)、佐藤早也伽選手(積水化学)からなる全9名が、ピュアリティー・リオノリポ選手(ケニア)をはじめとする海外招待勢7選手とともに集団を形成。ペースメーカーを除くこの16選手は、その後も安定したペースを刻んで10kmを33分19秒〜23秒(この間の5kmは16分38〜41秒)で通過していきました。

しかし、10km直後の給水地点を過ぎたあたりでナンシー・キプロプ選手(ケニア)が途中棄権。また、10km手前から後方に下がっていた上杉選手が給水を終えたあたりで集団につけなくなり、ドーハ世界選手権代表の池満選手も11km過ぎたあたりで後退。さらに、12km過ぎでは2018年ジャカルタ・アジア大会銀メダリストの野上選手も集団から後れ始めるなど、少しずつ人数が減っていきます。上り基調のうえ向かい風となった10〜15kmは、ラップタイムが16分53秒とややペースダウンして先頭は15kmを50分12秒で通過していきましたが、その後の3kmは、3分18秒、3分19秒、3分19秒と、3分20秒を切るタイムにペースアップ。15kmの給水直後に、前回覇者のヘラリア・ジョハネス選手(ナミビア)と岩出選手が集団からこぼれると、これまでトップ集団の後方でレースを進めていた福士選手も徐々につけなくなり、さらにステラ・バーソシオ選手(ケニア)も後れ始める展開となりました。18〜19kmは3分18秒、19〜20kmは3分21秒で進んで、20kmは1時間06分50秒(この間の5kmは16分37秒にペースアップ)で通過。ペースメーカーを除く先頭集団は、一山、安藤、ヘレン・トラ(エチオピア)、細田、ヒルト・ダンテ(エチオピア)、リオノリポ、ビルケ・デベレ(エチオピア)、佐藤の8選手に。中間点は、この8名がひとかたまりとなったまま1時間10分26〜27秒で通過。岩出選手は1時間11分37秒、福士選手は1時間11分42秒で、それぞれ通過していきました。

ここまで正確なペースを刻んできたペースメーカーのシャーロット・パデュー選手(イギリス)に代わってユニス・チュンバ選手(バーレーン)が前に出た影響か、22〜23kmの1kmが3分13秒に跳ね上がったことで、細田選手が24km過ぎで集団から後れ、先頭集団の日本人選手は、一山、安藤、佐藤の3選手に絞られます。先頭は、23〜24kmを3分24秒、24〜25kmを3分23秒で進み、25kmは1時間23分29〜30秒(16分39〜40秒)で通過。その後の2kmは3分27秒、3分29秒とペースが落ち、下り坂となる27〜28kmは3分23秒に持ち直したものの、28〜29kmも3分26秒と再び落とします。

ここでレースを揺さぶったのは一山選手でした。それまでチュンバ選手の後ろで、トラ選手、リオノリポ選手と並走していましたが、29km直前でチュンバ選手に並びかける場所に位置を移すと、その後はチェンバ選手を急かすような形で主導権を握り、ペースを引き上げます。この1kmが3分14秒に上がったことで集団の形は一気に縦長に。安藤選手がやや後れ、佐藤選手が最後尾につく隊列へと変わっていきました。

先頭は30kmを1時間40分30秒で通過し、ここでトップを引っ張ってきたチュンバ選手と、後方でペースメイクしていたシニード・ダイバー選手(オーストラリア)の2人がレースから外れ、一山選手が単独首位に。リオノリポ選手とトラ選手とが並んで続き、デベレ選手までの上位4選手が1時間40分31秒で、2秒差でダンテ選手と佐藤選手が、5秒差で安藤選手が通過していきました。一山選手は、直後の給水をうまく利用してリードを広げると、30.6kmの折返し点を過ぎたところで、走りを切り替え、本格的に後続を引き離しにかかっていきます。31kmまでの1kmは3分14秒、アームウォーマーを脱ぎ捨てた次の1kmも3分14秒で刻み、さらに33kmまでの1kmは、実に3分10秒までペースアップ。持ち記録では“格上”にあたるリオノリポ選手(2時間20分39秒)とトラ選手(2時間21分01秒)を、ここで完全に突き放しました。

一山選手は、急な上り坂のある33kmからの1kmも3分16秒で駆け抜けると、さすがに次の1kmは3分19秒にペースを落としたものの、この5kmを16分14秒でカバーして35kmを1時間56分45秒で通過。その後も、3分18秒、3分16秒、3分15秒、3分21秒、3分19秒と刻んで40kmを2時間13分16秒(この間の5kmは16分31秒)で通過し、この段階で、優勝と、東京オリンピック代表内定のための条件となっていた2時間21分47秒(MGCファイナルチャレンジ第2戦の大阪国際女子マラソンで松田瑞生選手がマークした記録)のクリア、さらには大会記録(2時間21分17秒、ユーニス・キルワ、バーレーン、2017年)、日本人国内最高記録(2時間21分18秒、野口みずき、2003年)をも上回る、2時間20分台突入を確実にします。最後の2.195kmは7分13秒でカバーして、日本歴代4位となる2時間20分29秒でフィニッシュ。4回目にしてマラソン初勝利を果たすとともに、日本選手権初優勝も達成。前述の条件を満たしたことにより、残り1枠となっていた東京オリンピック女子マラソン日本代表に内定しました。

レース直後の優勝インタビューで心境を問われ、「今日みたいな日が来るのが夢だったので、夢みたい」と声を弾ませた一山選手は、「30km以降に1人で行けるような練習をしっかりこなすことができたので、今日は本当にイメージ通りの走りができた。今日は、30kmからが本当の勝負だなと思っていた。その通りの走りができたので、とても嬉しい」と笑顔でコメントしていました(一山選手のコメントは別記ご参照ください)。

また、レース後の記者会見で、瀬古利彦日本陸連マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、「この雨のなか、後半(のハーフが前半よりも)23秒もいいということは驚き。今日、いいコンディションだったら2時間20分は切っていたと思う」と一山選手の走りを高く評価。記録の出やすい海外マラソンを走ったら、2時間18分台を出せる力が十分にあるという見方を示した上で、「オリンピックも楽しみだが、彼女が将来、日本記録を狙う一番手だと思っている」と賞賛しました。

一山選手に続いて、ナゴヤドームに戻ってきたのは、チームメイトの安藤選手。30kmで先頭集団から離された段階では、佐藤選手からも後れて7番手を走っていましたが、35〜40kmで他選手が大きくペースダウンするなか17分14秒で走って、佐藤選手やトラ選手らをかわして3位に浮上。ラスト2.195kmを7分31秒で走り、リオノリポ選手も逆転し、セカンドベストの2時間22分41秒でのフィニッシュとなりました。

3位・リオノリポ選手、4位・ダンテ選手に続いては、佐藤選手が日本人3番手となる5位でフィニッシュしました。佐藤選手は、昨年の全日本実業団ハーフマラソンで優勝(1時間09分27秒)を果たすなど急成長を遂げている選手ですが、マラソンは今回が実質初レース。序盤からハイペースとなった先頭集団のなかで一歩も引くことなくレースを進め、30km過ぎで上位3選手からは離されたものの一時は単独4位を走行。寒さの影響もあり、35〜40kmを18分03秒と大きくペースを落として6位まで順位を下げましたが、残り2.195kmは7分45秒で走って上位選手を追い上げ、2時間23分27秒の好記録をマークしました。このほか、24km付近まで先頭グループにつく健闘を見せた細田選手も、自己記録を一気に2分53秒更新する2時間26分34秒をマークして、日本人4番手となる8位で競技を終えています。


びわ湖の日本人トップは一般参加の作田
オリンピック内定には届かずも、大幅な自己記録更新者が続出

男子のMGCファイナルチャレンジ最終戦となるびわ湖毎日マラソンも、前日からの雨が降るなかでのレースとなりました。午前9時の気象状況は、天候雨、気温9.5℃、湿度81%、北北東の風2.1mというコンディション。風雨が強まる状況のなか、計測機器のトラブルにより出発の号砲が鳴らないアクシデントも発生し、レースは予定より10分遅れての午前9時25分にスタートしました。

最大30kmまでつくことで用意されたペースメーカーは、気象条件も考慮のうえ、1km3分00秒、5km15分00秒(フィニッシュタイム2分06秒35秒想定)と、東京オリンピック代表内定のために必要な2時間05分29秒(東京オリンピックで大迫傑選手がマークした日本記録)に届かないペースが設定されました。しかし、スタート時刻が変更したことや悪天候の影響もあって、最初の1kmは3分11秒、2kmまでも3分07秒と、設定よりも大きく遅れる入りに。海外招待選手のサムエル・ドゥング選手(ケニア)とスティーブン・モコカ選手(南アフリカ)が前に出て、ペースメーカーをリードする場面もみられるなか、レースは進んでいきました。60名近い選手が大きく縦長の一団となった状態で、5kmは先頭が15分21秒で通過。1kmごとのタイム差は生じながらも5kmのラップが14分58秒のペースとなった10kmは先頭が30分19秒で通過。次の5kmが14分50秒(先頭の15kmの通過は45分09秒)にペースが上がったこともあり、この間に、前回覇者のサラエディーン・ブナスル選手(モロッコ)、川内優輝選手(あいおいニッセイ同和損保)、野口拓也選手(コニカミノルタ)といった有力選手も集団からこぼれていきます。先頭は20kmを1時間00分12秒(この間の5kmは15分03秒)で通過。中間点を1時間03分32秒で過ぎた時点で28人になると、ここからさらに、MGCファイナリストの荻野皓平選手(富士通)、MGC4位の大塚祥平選手(九電工)といった有力選手も後れ、1時間15分13秒での通過となった25kmでは17名、1時間30分23秒での通過となった30kmでは15名まで絞られました。このうち日本勢は、国内招待の鈴木健吾選手(富士通)のほか、一般参加の谷原先嘉選手(大阪府警)、作田直也選手(JR東日本)、山本翔馬選手(NTT西日本)、吉岡幸輝選手(中央発條)、其田健也選手(JR東日本)、奥野翔弥選手(トヨタ自動車九州)、松本稜選手(トヨタ自動車)の8名。ここまでは鈴木選手が、エントリー選手中トップタイムを持つエバンス・チェベト選手(ケニア)の後ろにぴたりとついて集団前方の位置でレースを進め、そのそばに谷原選手が、また、序盤は先頭グループの後方でレースを進めていた作田選手が鈴木・谷原両選手に並びかける位置まで浮上してきています。

30kmを通過してペースメーカーが外れたところでいったん谷原選手が先頭に立ちましたが、その後、チェベト選手とフィレックス・キプロティチ選手 (ケニア)がリードを奪うと、これに鈴木選手とスティーブン・モコカ選手(南アフリカ)が反応して集団は縦長に。31km過ぎで、いったん、この4人で新しい先頭集団が形成されましたが、続く500mで鈴木選手が対応できなくなり、上位争いはチェベト、キプロティチ、モコカの3選手に絞られました。35kmは、この3選手が1時間45分44秒で通過していきましたが、35.5kmを過ぎたあたりでティベト選手がスパート。2時間00分47秒で通過した40km地点までに2番手との差を36秒まで広げ、最後までその差を維持して2時間07分29秒で優勝しました。

日本人最上位争いは、33km手前でトップグループから落ちてきた鈴木選手を、作田選手と奥野選手がかわすと、その後、作田選手と奥野選手が4位グループをつくり、鈴木選手は6位グループに吸収される形となりました。33km過ぎで奥野選手が後れて、作田選手が単独4位に浮上。作田選手は35kmを先頭と13秒差の1時間45分57秒で通過して、奥野選手との差を7秒差に広げると、2時間01分57秒での通過となった40kmは、首位のチェベト選手とは1分10秒差に開いたものの、アルフォンス・フェリックス・シンブ選手(タンザニア)とともに5位グループをつくった日本人2位の山本選手には26秒の差をつけます。

作田選手が残り1.1kmを切ったところで2時間05分29秒を迎え、この時点で東京オリンピックの3枠目の代表は大迫選手のものに。しかし、作田選手は、最後まで粘って残り2.195kmを7分02秒で走りきり、2時間08分59秒をマークして、2位のモコカ選手、3位のキプロティチ選手に続き、日本人最上位となる4位でフィニッシュ。男子マラソンの日本選手権を獲得しました。

作田選手は、1994年生まれの25歳。千葉・長生高校から順天堂大学を経て、JR東日本所属となって3年目の選手。順天堂大学時代には3・4年時に箱根駅伝に出場。ともに10区を走って、3年時には区間2位、4年時には区間賞を獲得しています。マラソンは社会人1年目の2018年びわ湖で初挑戦し、2時間25分50秒(55位)からのスタートとなりました。昨年4月の長野マラソンでは2時間11分21秒をマークして日本人トップとなる3位の成績を収めています。今回のびわ湖が3回目のレース。長野で出した自己記録を、一気に2分22秒更新しました(作田選手のコメントは、別記ご参照ください)。

このほか、日本人2番手の5位には初マラソンの山本選手が続いて2時間09分18秒をマーク。日本人3・4位の奥野選手(2時間09分28秒、7位)と其田選手(2時間09分50秒、8位)も、それぞれに従来の自己記録(奥野選手は2時間19分52秒、其田選手は2時間14分53秒)を大幅に塗り替えてのサブテン(2時間10分を切ること)達成するなど、悪条件下にもかかわらず、日本人上位選手の多くが、大きな躍進を遂げる好成績を残すレースとなりました。



※本文中、1kmごとのラップは大会時に速報値としてアナウンスされた記録。なお、5kmごとの通過タイムとラップは公式発表の記録を採用した。

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【日本選手権獲得者コメント】
◎一山麻緒(ワコール)
2時間20分29秒
=名古屋ウィメンズマラソン優勝、東京オリンピック女子マラソン日本代表内定
※女子単独レースにおける日本新記録

(悪天候下でのレースとなったが)こういう日だからこそ、オリンピック(内定)を(ここで)決めたら、すごいカッコいいなと思って走った。自分がしたいと思った走りが、スタートからゴールまで、しっかりイメージ通りにできたかなと思う。

(この大会では)毎年、30km以降の給水のところでレースが動くということを、前もってアドバイスをいただいていた。給水で自分が取り遅れて海外の選手と差が出るよりも、自分が1番で給水を取って、そこから勝負していくほうがスムーズにレース展開が運べることは、昨日(永山監督たちとも)話していたので、もう29kmくらいからは「自分で行くんだ」という気持ちで走っていた。

(終盤でレースのポイントになるといわれている33km過ぎの上りついては)試走で1回か2回走った。でも、けっこう私はクイーンズ駅伝(全日本実業団女子駅伝)とかでアップダウンのあるコースを走っているので、そこに比べたら全然やさしい坂だと思ったし、(坂の距離が)短いので「たった100mちょっとの我慢だな」と感じた。そこを我慢したら下りがあるので、一番のポイントとは思っていたが、そこまで悪い印象はなかった。

また、30kmまでは「ジョグ感覚」と言ったら、ちょっと言い過ぎかもしれないが、ゆとりを持って走れたらいいなという気持ちで臨んでいた。(実際には)ちょっと「設定よりも速いのかな」という感じではあったが、「いいぞ、いいぞ」と思って走ることができた。雨についても、気にならないわけではなかったが、そこは去年の(冷たく寒い雨のなかでのレースとなった)東京マラソンがすごくいい経験になっていて、今回はそんなにネガティブには考えなかった。「今までやってきたことは、今日みたいな雨に負けるようなものじゃない」と、今までやってきたことを信じて走った。

(レース全体を振り返ると)今日はあまり苦しい時間はそんなになく、「30kmからが本当に勝負」と思っていたので、「ここからだな」というワクワク(する気持ち)があった。どちらかというと「早くゴールしたい」という思い。なので、自然とゆがんでしまうような、きつそうな表情も、たぶんあまりしていなかったのではないかと思う。

この大会に向かう前に、(大阪国際女子マラソンで)松田さんが2時間21分47秒で走られたわけだが、自分がもともと(2時間)21分30(秒を出すため)の練習をしていたこともあり、「可能性はゼロじゃないな」と、監督の“鬼メニュー”(笑)を信じてやってきた。(松田選手のマークした2時間)21分47(秒)を切るということだけを考えていたので、それを大きく上回る(2時間20分29秒の)タイムが出せたのは、とても嬉しい。

(2019年9月15日に)MGCが終わってから1カ月くらいは走りたくないという気持ちになり、心と身体が連動していなくて、つらい時期を過ごした。でも、そこから駅伝があったことで、だんだんと気持ち通りに身体も動いてくれて、徐々に走れるようになっていき、練習もしっかり積むことができたように思う。何より自信になったのは“鬼メニュー”をこなすこと。その「(永山)監督のメニューをこなせたら大丈夫」というのが一番大きかった。

(東京オリンピックは)中学生くらいのときから「出たいな」とぼんやり思っていた大会。実業団に入って、それが近い位置まで来ることができた。思っていたことを、今手にするこがことができたのは嬉しいが、まだ「オリンピック(出場を)決められたんだな」という実感は、そんなにないかもしれない。

世界と戦うには、まだまだ記録も劣っているので、オリンピックに向けては、もう一段階質の高い練習をしたい。そして、オリンピック本番では、日本代表として「カッコいい走り」ができたらなと思う。


◎作田直也(JR東日本)
2時間08分59秒
=びわ湖毎日マラソン4位(日本人1位)

目標として2時間10分切りと日本人1位のどちらかを狙っていたので、その通りの結果になって満足している。(機器のトラブルにより、スタートが10分遅れたことについては)「こんなこともあるんだなあ」と、そんなに負担に感じることはなかった。(強い雨のなかでのレースとなったが)雨についてはコーチからも事前に言われていて、「(自分で)コントロールできないところなので、どう思ってもしょうがない」という話をしていたので、特に気にすることはなく走り始めて、最後まで行ったという感じである。

(33km手前で、それまで日本人トップだった鈴木選手を逆転したが)一番の目標は2時間10分切りだったので、周りの選手のことはあまり気にしていなくて、(自分としては)なるべくタイムを削れる走りをしようと思っていたので、その結果が、ああいう形になっただけ。ただ、自分が(ペースを)上げたわけではなくて、鈴木くんがちょっと後れてきたというような内容だった。

例年、この大会では、30km以降でペースメーカーが外れたところで、外国人選手がペースをつくってレースが変化する。このため「30km以降が勝負になる」と思ってスタートしていて、結果、それと全く同じような形になった。(そのことを)走る前から想定していたのと、自分の今の力では離されることはしょうがないと思っていたので、(離された)そのあともほぼ自分の決めたペースで走った。(16分00秒かかった)35〜40kmはちょっと落ちすぎたが、最低限、想定内の走りはできたと思う。

この大会に向けては、継続した練習ができていて、1つ1つの練習のなかで何をつかむかを考えながらやってきていた。練習の質としては、おそらく周りの選手よりも劣っているとは思うのだが、そのなかで最大限得られるものを探して練習していたことが自信につながっていて、「積み重ねがしっかりできている」と自分のなかでは思うことができていた。

マラソンは、自分のなかで一番頑張りたい競技。達成したいなと思っているのはパリオリンピックでマラソン代表になること。今はまだ(その目標に向けて)スタートしたばかりのところにいるので、「積み重ね、積み重ね」で自己ベストを更新していくことで、その先にオリンピック出場があるんじゃないかなと思っている。


文:児玉育美(JAAFメディアチーム)
写真提供:フォート・キシモト

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