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軍記ひろし

【森谷優太&横江怜、引退対談】「ここまで一緒にやれてうれしい」。町田一筋の同級生2人が、同じ時期にピッチを去る理由。

SAL

2019年12月24日に横江怜が、25日に森谷優太が、それぞれ今シーズン限りでの引退を表明した。

ペスカドーラ町田の選手としての13シーズンにとどまらず、前身のカスカヴェウ時代からクラブ一筋で戦ってきた。森谷は「3」、横江は「9」。その背番号はもはやレジェンドナンバーだろう。彼らは同い年(森谷は1984年1月13日生まれの35歳、横江は1983年6月13日生まれの36歳)。かつて東京都選抜や日本代表としても共に戦い、切磋琢磨してきた。その2人が、同じタイミングでピッチを離れる。

2007シーズンのFリーグ初代得点王となった横江は、攻撃的な選手として、どの時代の町田でもチャンスメーカーとなってきた。スコアラーとしての一面は年々、控えめになっていったが、一方で守備面での貢献など、味方を助けるプレーで欠かせない選手であり続けた。左右どちらのサイドも苦にすることなく、両方の足で強烈なシュートを打てる。ミゲル・ロドリゴ前日本代表監督もその能力を高く評価してきた。

森谷は、今でもFリーグ屈指のユーティリティープレーヤーだ。リーグ開幕からまもない時代はテクニックを生かしたドリブル突破が際立っていたが、チームオーダーに沿って七色にプレースタイルを変えた。前線でボールを収めるピヴォとなることもあれば、フィクソとして守備の舵を取ることもある。現在の攻撃者ぞろいのチームでは、ゲームのキモを心得たバランサーとして、チームに安定感をもたらしてきた。

2人とも、切れ味はそのままに、年齢を重ねるごとに円熟味を増しながら、どちらかというと縁の下の力持ちとして、チームを支えてきた。36歳。決して若くはないが、十分に第一線で戦えるパフォーマンスを維持している。まだ、引退は早いのではないか? そんな周囲の声もあるなかで、彼らはなぜ引退するのか。

口数は少ないながら、誰よりもクラブを想う森谷の言葉を引き出すというこちら側の“裏の狙い”を胸に、12月28日、彼らにとって、町田市立総合体育館でプレーする最後のホームゲームとなったエスポラーダ北海道戦後(○3-0)、2人に「ミックスゾーン対談」を申し込んだ。

自分のできることに集中してやってきた(森谷)

Fリーグ屈指のユーティリティプレーヤー、森谷優太 Fリーグ屈指のユーティリティプレーヤー、森谷優太 軍記ひろし

──勝利おめでとうございます。チームにとってもホーム最終戦でしたし、2人ともこの試合を前に今シーズン限りでの引退を発表されました。どんな想いで試合に臨んだのでしょうか?

横江 朝起きたときや会場に入るときなどに、もっと「最後なんだな」と感じると思っていたんです。でも意外とそんなことはなくて。いつも通り朝起きて、いつも通り会場に入って、いつも通り試合の準備をして。でも「森谷さんのために」、「レオさんのために」、「レオさん、今日ゴール決めてよ」と言ってくれた若い選手もいましたし、そういう意味では、僕が一番ほしかったのは勝利。負けた試合の後にセレモニーをやりたいくないですし、本当にチームが勝つことだけを求めていたので、それを達成できて素直にうれしかった。

森谷 僕もここ(町田市立総合体育館)に来るまでは、今日が(ホームでプレーできる)最後という実感があまりなかったのですが、試合後にはそういうものがこみ上げてきました。本当に今日の試合は勝つことがすべてだった。だから僕も、勝つことだけを考えて試合に臨みました。

──試合は、森谷さん、横江さんと、金山友紀選手、新倉康明選手のセットが先発。ルイス・ベルナット監督から2人へのメッセージを感じるようでした。

横江 それはおそらくあったとは思います。それをどう感じ取るのかということよりも、長年一緒にやってきた友紀さんと森谷とできるのはうれしかったですね。(今週は)練習もあのセットでした。やっぱり、すごくやりやすかった。練習そのものもそうだし、このメンバーでできるのが楽しくて、ストレスもありませんでした。そういう部分が見えたから、監督は試合で先発起用したのかもしれないですね。

──あのセットは今シーズン、見たことがありませんでした。

横江 あの4人はなかったですね。今日の試合はうまくいきませんでしたけど(苦笑)。

──1-0で迎えた後半、横江さんは、相手ゴレイロが上がってパワープレーをしていたボールを奪ってゴールを決めました。

横江 僕以上に、周りがすごく喜んでくれましたね。(ピレス)イゴールなんて、会場に入ったときから僕の顔を見て泣きそうになっていましたから。でも、僕もつられてしまうタイプなので、それはやめてくれ、と。イゴールは僕がゴールした瞬間も一番最初に駆け寄ってきて、ちょっと泣いていたらしいです。それを見て僕ももらい泣きしそうになった。やめてくれ、って(苦笑)。友紀さんも「まだ試合中だぞ!」って。周りが、僕に点を取ってほしいという気持ちを感じましたし、第2PKはオマケですけど、ああやって「レオが蹴ってこい」と送り出してくれた。周りに感謝ですね。

──終盤に第2PKを獲得したシーン。森谷さんが蹴るような雰囲気がありましたよね?

森谷 いや、俺は蹴る気はないですし、そんな雰囲気はないです(笑)。

横江 それはなかったね(笑)。

──そうですか? ベンチからピッチにいる森谷さんに「森谷、森谷!」って指を指していて、それに対して森谷さんがイヤイヤって断るような仕草が見えました(笑)。

森谷 でも、僕自身は本当にそんな気はなかったですよ。

──監督もそこでタイムアウトを取ったので、満を持して森谷さんが来るかなと。

森谷 いや、僕はあそこで出ても決められないですよ。

──金山さんにもそのシーンのことを聞いたのですが、「もしあそこで森谷が自分でボールを持ったら、誰も文句は言わずに蹴らせたけどね。でもそこで自分がいかずに、すぐに後ろのポジションについていたのが、森谷らしいな」と。

森谷 そうですかね……。

横江 でも、蹴る選択肢は1パーセントもなかったでしょ? 練習ですら蹴ってないし。

森谷 持ってないね。

──意外ですね。

森谷 そうですか?

──横江さんも点を取っていたし「じゃあ俺も」となるものかなって。

森谷 そういう感覚は、特になかったですね。毎回そうですけど、自分の役割はそこじゃない。まあレオは取るだろうなと思っていましたけど、自分はとにかく勝ちにこだわるだけでした。

──森谷さんはもともと、どちらかというとテクニカルな部分もあって、なおかつどこでもやれるオールラウンドな選手の印象でした。でも最近は特に、後ろでバランスを取っていることが多いですよね。

森谷 そうですね。セットにもよりますが、自分はとにかくハードワークして、ディフェンスなどもマイボールにこだわってやってきました。僕にできないことが他の選手にはできるので、僕としては自分のできることに集中してやってきました。

──それこそ10年前はもっとドリブルを仕掛けていました。

森谷 そういうシーンも年々、減ってきていますね。逆にそういうことをできる選手がたくさんいるので。

──プレースタイルの変化というところは、横江選手も、Fリーグ初代得点王のスコアラーというイメージもありましたが、どちらかというと、チームのバランスを見ながらチャンスメイクもするし、守備でも貢献するという印象になっていきました。徐々に変わっていったということでしょうか?

横江 僕は監督のオーダーに沿ってやってきた選手です。どちらかというと攻撃的な選手ですが、1年目は(当時の)バイアーノ監督に「お前はとにかく点を取れ」という役割を与えてもらったからそういうプレーをしていました。監督が代われば、求められることも、チームのスタイルも変わる。岡山(孝介)監督にはディフェンスの部分もすごく求められていたので、そこは重視しました。だから監督が代わっていくなかで成長していけたと思っています。もともと特別な武器がなかったので、とにかく頭を使って、今は何を求められているのか、今は何をすべきなのかをずっと考えてやってきました。チーム、監督の色に合わせることが自分の個性。何でもやるし、何でもできるようにする。そこはずっと頭に入れて取り組んできました。だから点を取るアタッカーというよりも、今は室田(祐希)のようなドリブラーもバナナ(ヴィニシウス)のようなフィニッシャーもいるので、彼らを生かすことがチームの強みというところですね。

──「役割に徹する」ことは、2人の共通点ですね。チームのために、自分をどう出すか。

横江 若い頃は、それほどチームが勝てばいいという想いは強くありませんでした。正直、負けた試合でも「今日は点を取ったし、調子もよかったし」ってことも……。日本代表に入ったり、チームでキャプテンを任されたりもして、だんだんとですね。自分が何もできなかったとしても、チームが勝てばいいというふうにシフトしていきました。そこは年齢も理由ではありますが、バランスを考えるようになりました。

森谷 レオと同じですけど、僕もチームに求められることをやってきました。自分がフットサルを始めたのは(ペスカドーラ町田の前身の)カスカヴェウですが、いろんな個性のある選手がいました。そのなかで自分が試合に出るために何をすべきかというのは、そのときから考えていましたね。自分が周りを生かすというか、レオが言ったことと同じですけど、求められることをやりたいという気持ちが強いです。

自分のなかでスッとやめようと思った(横江)

Fリーグ初代得点王の実績を持つ横江怜 Fリーグ初代得点王の実績を持つ横江怜 軍記ひろし

──2人は同い年で、しかもカスカヴェウ時代からずっとこのチームでプレーしてきました。その2人が、同じタイミングで引退を決めた。これは偶然でしょうか?

横江 どっちでもありますけどね。2人とも、そういう年齢になったということもそうだし。

──クラブのリリースは、横江さんが12月24日で、森谷さんが25日。驚きが続きました。

横江 クリスマスプレゼントということで(笑)。

──ファンにとっても、あまり嬉しくないプレゼントではありますが……。では、決断はどうやって?

横江 その決断は……リリースは僕の方が先ですが、森谷の方がよっぽど早く決断していました。

森谷 そうですね。1、2カ月くらい前には決めて、クラブに伝えていました。

横江 完全に引退するというか、そのニュアンスが難しくて。「引退しても、ちょっとは蹴りたいな」と。僕のなかでは「現役引退」ではなく、Fリーグやペスカドーラではもう蹴りませんという意味です。シュライカー大阪の稲田瑞穂選手が発表していた「Fリーグ引退」はすごくしっくりきました。どこでやるとかも何も決めていないですけど、ずっと蹴っていたいなと。

そして僕らは、発表にすごく悩んだ。クラブとしては、ホーム最終戦でセレモニーをしてあげたいから、それまでにやるのかやらないのかを決めてくれ、と。でも、「発表しなくてよくない?」って。選手権が終わってからこっそりやめますという感じでいいよね、と。結局、発表の数日前に甲斐(修侍)さんと話をして、「やめます。発表してください」と伝えました。クラブからコメントをほしいと言われて僕がポンと動いちゃったから、森谷も「おぉ、発表しちゃったじゃん」となった。

森谷 慌てて(コメントを)考えました。

──ものすごく失礼な言い方ですが、森谷さんのコメント、横江さんのをコピペしましたよね?

横江 あ、ばれてる(笑)。

森谷 待ってたんだよ。レオのを見てからって。

──全く同じフレーズを使われていたので(笑)。

森谷 その作戦でいきました。

──そうだったんですね(笑)。それぞれ引退の決め手はあったのでしょうか?

横江 正直、僕は数年前から考えていました。ちょうど上の子どもが小学校に上がるタイミングだったので、今やめてしまうと、途中で転校することになったりして大変かなって。だから去年、1年生に進級するときにやめようと思って、クラブにも伝えていました。でも、周囲から「やった方がいい」と言ってもらえて、この1年間は続けていました。セレモニーでも言いましたが、やっぱり、優勝だけ。それさえできていれば、何も悔いがなかった。2年前、3年前は優勝できそうなシーズンでした。今年も新しい監督がやってきて優勝を目指したシーズンですけど、現実的に優勝から遠いじゃないですか。もちろん来年も優勝を目指すと思いますが、どちらかというと育成にシフトしていくなかで、やはり僕としては、優勝からさらに遠ざかってしまう可能性があるシーズンが続くのは、厳しいなと。だったら、迷わずに。周囲に相談すると、まだできるとか、もっとやってほしいと言われて悩んでしまうので、自分のなかでスッとやめようと思った。それで、決断をしてから、(横江選手が働くスクールの主宰者である)北澤豪さんにも「やめます」と伝えました。

──周囲の気持ちもわかります。まだやれるんじゃないか、と。

横江 自分でも「やれる」と思うところはあります。でも、体より気持ちの部分。正直なところ、Fリーグがスタートしたときに、10年後はもっと華やかな舞台になっていると思っていました。でも実際には、逆でした。そういうところも含めて、「夢がない」という言い方はしたくないですけどね。10年前から、「コーチみたいにフットサル選手になりたい」というスクールの子どもたちに、「まずはサッカー選手を目指しなさい」と言っていました。その葛藤はすごく寂しいものですよね。もっと華やかになってほしい、盛り上がってほしい、盛り上げたいなという気持ちもあるから、退いた後に何かしらやりたいです。

──今度は舞台裏で。

横江 まだ具体的なものがないので、これから考えていきます。

──森谷さんは何か決め手があったのでしょうか?

森谷 チームには世代交代の流れがきていますし、自分のコンディションも少し落ちてきたと感じていました。選手生活をやるならずっとこのクラブでと思っていたので、意外と早く決断できました。

──森谷さんも、数年前から考えていたんですか?

森谷 まあ、毎年ですよね。

横江 来年、自分はできるのかって。

──そういうのは、30代くらいから感じ始めるものなのでしょうか?

森谷 同世代の選手が引退したり、移籍したりするのを見て、自分もそういう立場になったら、このクラブで終わりたいなって気持ちを持つようになりましたね。

──42歳の現在も第一線で戦う金山さんは、「背中で見せられなくなったらやめる」と話していました。まだ年齢が上の選手がやっているなかで退くことを決める難しさもあるのでは?

横江 友紀さんにはいつも言っていましたよ。そんなにできない、やらないって(笑)。でも友紀さんは、「でも、順番は守れよ」と。それで僕は、「約束はできないです」と返事しました。友紀さんは、自分のなかで納得し切るまで続けてほしい。でも自分はそうじゃなかった。Fリーグの現実に立ち止まってしまった。

僕が現役をやめますといって、それで収入や生活水準は、何も変わりません。むしろ、上向くことの方があるんじゃないかという感じもあります。選手でいるうちは、現役選手だからこその価値があり、その上で対価を受けているのかもしれないですが、やめても、変わらずに維持できるものがあるのも事実です。

これは仕事だから割り切って続けよう、みたいな気持ちはなくて、スッと決めました。

──だからこそ、唯一「Fリーグ優勝」の夢を達成したかった。

横江 本当にそれだけでした。こんな言い方をしてはあれですけど、優勝していくらになるのか。優勝して「やべっちF.C.」とかで(賞金パネルを掲げた選手たちが)出ることがありますけど、子どもたちは「300万?」みたいな。そういう意味でも、サッカーとは環境の違いがありすぎて、メディアに出れば出るほど、寂しくなることが多いんです。日本代表に選ばれたとしても、同じような気持ちになってしまう。

だからこそ、環境をもっとよくしていかないといけない。

──率直なところをお話ししてもらいました。

横江 現実としてあるからこそ、そこをどうにかしていきたいなと。僕自身、フットサル界にすごく成長させてもらいましたし、恩返しをしたいという気持ちがあるから。まずはペスカドーラにですね。少しずつ貢献できたらなと考えています。まずチーム、そしてリーグへと盛り上がりを作っていきたいです。

──このクラブにこだわった理由はどこにあるのでしょうか?

横江 それは森谷の方がこだわりが強いよね。

森谷 このクラブからスタートしました。このチームで試合に出たい、中心選手になりたい、日本代表に呼ばれたいという思いで始めていって、ここまでやってきて、本当にこのチームのフットサルが好きだったし、このチームの一員であることがすべてでした。だからこだわりがあるし、このチームで終わりたい、と。

──甲斐さんから何か言葉をもらったりしましたか?

森谷 いや、特には(笑)。

横江 今は(甲斐さんが監督を務める)U-18がスペインに(WORLD FUTSAL CUP 2019に出場するために)行っているので、「ごめんな、2人の最後の試合とセレモニーを見れなくて。本当に見たかったし、送り出したかった」ってことは言ってもらえました。引退に関してはまだ、リーグ戦も選手権もありますからね。その後に、お疲れさん会をしようなって。

こいつと出会えてよかったなと、素直に思います(横江)

クラブ一筋で戦い抜いてきた2人が今季限りで引退する クラブ一筋で戦い抜いてきた2人が今季限りで引退する 軍記ひろし

──では最後ですが、リーグ戦は残すところ最後の駒沢セントラルだけとなりました。改めて、森谷さん、横江さんの「自分のここを見てほしい」という意気込みをお聞かせいただけますか?

森谷 僕は、とにかく残りの選手生活を全うして、チームに貢献できるように。どんな状況でも。ただそれだけ。自分のできることをやって、貢献していきたいという思いだけでやります。

横江 そうですね。あんまり変わらないですね。終わった後にすごく寂しい気持ちになるんだろうなって。すごくいろんな人に声をかけてもらって、これだけ応援してくれる人がいたことには実感がわきました。一緒に写真を撮ろうというときに泣いてくれる人までいた。申し訳ない気持ちもありますし、でも本当にありがたかったなと。本当に最後の試合も、変わらない。今まで300試合以上戦ってきましたが、変わらない姿で、チームのために汗をかいて、チームのためにゴールを目指して。こういう選手がいたんだなってことを忘れてほしくない。覚えておいてもらえるような選手でありたいです。最後の最後まで、「あいつはチームのために一生懸命走っていたな」という姿を目に焼き付けてもらえたらうれしいなと思います。

──ありがとうございます。ちなみに……本当に最後ですが、お互いに言いたいことはありますか?

横江 あ、初めて会ったのは高3のときだったのですが、自分はサッカーしかしてこなくて、そこではわりといいところを通ってきました。日本一にもなりましたし。でも、森谷と初めて会った日に、チンチンにされたんです。こいつは覚えてないかもしれないですけど、ボールを取りにいって股を抜かれた。「うわ、ヤベーやつがいるなって」。この風貌で、前歯がなかった(笑)。

森谷 そのときはなかった。

横江 それで同い年だと聞いて、さらに「ヤベーやつがいるな」って(笑)。怖いし、目を合わせたくない。でもめちゃくちゃうまい。で、そのイメージのまんま18年が経った。僕は大学生のときはガロというチームにいましたけど、東京都選抜とか代表とかでも一緒でしたし。同い年にバケモンがいたなと。自分とは性格も全く違いますけど、こいつと出会えてよかったなと、素直に思いますよ。

──今でもバケモノな感じはあるんですか?

横江 いや、バケモンっすよ。それはやっぱり変わらない。俺のなかでこいつはバケモノ。うまいし、何でもできるし。昔はもうちょっとやんちゃなところもあったけど、尊敬できる選手でした。

森谷 昔はね(笑)。

──ということですが、森谷さんからもありますか?

森谷 そうですね。まずは今日、ホーム最後のゲームを、一人ではなく、レオと一緒に迎えられたことがうれしい。それに、(クラブのリリース)コメントも、カバーできましたし(笑)。本当に、選手としては、自分にないものを持っているなと昔から感じていました。レオは点を取れる選手だし、得点王も取っているし、自分に足りないものを持っていると常に感じていました。一緒に試合に出たのは、ガロのユースの大会に出たときでした。僕はカスカヴェウにいながら、ガロのユースの試合に出させてもらえたんです。それが初めてだったのですが、それからここまで一緒にやってこれて。さっきレオも言っていましたが、今でも一緒にプレーするとやりやすいし、今日もストレスなくできた。本当にここまで一緒にやれたことがうれしいです。

──寂しくなりますね……。

横江 質問したのはそっちですからね(笑)。

──はい……。本当にありがとうございました!

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