【フットサル/独占告白】なぜ稲葉洸太郎は「F1復帰」よりも「現役引退」を選んだのか?「僕だからできることがあるんじゃないか」

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チーム・協会

【Y.S.C.C.横浜】

元フットサル日本代表で、W杯の日本人最多得点記録保持者でもある稲葉洸太郎が、今シーズン終了後の現役引退を発表した。

2年目を迎えたY.S.C.C.横浜ではF2リーグの首位を走るチームを、ピッチ内外での豊富な経験と高い技術で牽引してきた。

まだまだ十分な実力を誇るドリブラーは、なぜF1で再びプレーすることなく、ピッチから離れる決断を下したのか。

(インタビュー・文 北健一郎)

まっさらな「稲葉洸太郎」として

──12月6日に今シーズン限りで現役を引退するという発表がありました。改めて、今の気持ちを聞かせてください。

スッキリしてますね。

──ピッチを離れる寂しさはない?

全然ないんです。Y.S.C.C.横浜に来て2年目ですが、もうちょっとで優勝というところまで来ました。自分として伝えるものは伝えたし、やり切ったという気持ちが強いです。まぁ、ボールを蹴ることを止めるわけじゃないですから。

──クラブからは契約延長のオファーはあったのでしょうか。

ありがたいことに、まだ僕の力が必要だから、来シーズンも残ってほしいと、何度も言ってもらいました。応援してくれているファンやサポーターのみなさんも含めて、そういう期待に応えられなかったのは申し訳ないです。

正直に言えば、来年F1に行ったとしてもみんなに喜んでもらえる、稲葉は頑張ってるなと思ってもらえるぐらいのプレーをできる自信はあります。F1で(古巣の)浦安とすみだを倒したかったというのもある。

でも、それをやったとしても、フットサルの世界の中での話題にしかならないんです。やるならもっと世の中の人に知ってもらいたい。Fリーグを取り巻く環境は少し厳しくなってきていて、セントラルでもお客さんが少ないこともある。そこへの危機感がすごく強いんです。

――Fリーグを、フットサル界をなんとかしたいと。

そうです。引退を決められたのも、それが一番の理由です。僕が浦安にいた時は代々木第一体育館に7000人以上が来たこともあったし、フットサル界への期待感や、そこにいる選手への憧れがもっとあったと思う。

今はどうなのか。自分よりも若い世代の選手たちが「あそこに行きたい」という場所になっているかというと、わからない。僕はもうすぐ37歳で、フットサルの世界に飛び込んで20年ぐらいが経ちます。

このスポーツをもっと大きくしたいし、そうなれるだけのポテンシャルはあると信じている。だから、別の立場からフットサルに関わっていく時期が来たんじゃないか、そう思っています。

もちろん、リーグ関係者や色々な立場の人が頑張っていただいているのは間違いないのですが、代表もF1とF2も経験してきた選手上がりの自分だからこそ、出来ることも何かあるのではないかと思うんです。

──セカンドキャリアで何をやるかはもう決まっていますか?

まだ決めてはいません。僕自身は数年前から自分で起業して、フットサル選手とビジネスマンを両立してきました。フットサルコート(アネルフットパーク)、アパレル(PANTANAL)、スクール(ポテンシア)、スポーツコンサルといった事業は変わらずにやっていくことになります。

大きく変わるのは少し自由が増えること。これまでは選手として練習や試合に拘束される時間がありましが、それが1回ゼロになります。クラブの色がありましたが、それも外れるので、ある意味でフラットな状態になれる。まっさらな「稲葉洸太郎」として、フットサル界のステータスを上げていくために何がやれるのかを考えていきたいと思います。

運命を狂わされた日本代表初招集

【Y.S.C.C.横浜】

――稲葉選手がフットサルを始めたのは、神田にある小川広場ですよね。

小川広場には無料のフットサルコートがあって、2点先取したチームが勝ち残るというルールでした。高校のサッカー部の同級生で、大学の推薦が決まっていたワタル(北原亘/元名古屋オーシャンズ)、須賀(雄大/フウガドールすみだ監督)、ヨシナオ(田中良直)とかとチームを組んで出ていました。すべてはあそこから始まりましたね。

――2004年には21歳で日本代表に選ばれ、世界選手権出場をかけたアジア予選(アジア選手権)に出場しました。

あそこで完全に運命を狂わされましたね(笑)。それまで、自分の中でフットサルは遊びでしかなかった。日本代表といっても、選抜チームに呼ばれたから行ってこようぐらいの感覚でした。だから最初は他の人たちが、なんでここまで本気になっているんだろうと、不思議に思っていました。

先輩たちはみんな、いろいろなものを犠牲してフットサルをやっていました。代表遠征で1カ月とか仕事を休むことはできないから、アルバイトをしている人も多かった。そんな人たちと過ごして、熱い気持ちに触れる中で、何かが変わっていったんですよね。

世界選手権(現W杯)の出場権を初めて自力で手にした時には、全員が泣いていました。でも僕はポカーンとしていて。すごいところに来ちゃったなと思いつつ、世代では自分一人だったのでここで自分がフットサル界からいなくなっちゃったら、誰も伝える人がいないんじゃないかと思って、勝手に責任を感じてしまったんです(笑)。

――それで、大学卒業後は企業に就職するのではなく、フットサル選手になるという道を選んだ。

アジア選手権に出るまでは、普通に大学に行って、就職してって人生を描いていました。だから、周りのみんなに「フットサルでやっていく」と言った時は、100%「大丈夫か?」と心配されましたね。

でも、自分の中ではよくわからない確信みたいなものがあったんです。このスポーツは必ず大きくなる。プロリーグもできる。そうなれば、Jリーグみたいにたくさん稼げる選手も出てくる、俺がそれになってやる!という。

残念ながら、あの時思い描いていたようなフットサル界にはまだなっていません。できれば、自分が引退する時には、テレビでフットサル番組をやっていて、引退したら解説者とか指導者だけで食べていけるようになってほしかった。

ただ、自分はまだその世代だったんじゃなかったなと。これからの日本フットサルを背負っていく、清水和也や必死に頑張っている若い選手たちがしっかりした給料と環境をもらって、子どもたちの憧れになっていく。そういう業界にしていけるように、別の立場から頑張ります。

怪我をしたことは今思えばよかった

──現役生活の中で一番思い出に残っている瞬間は?

パッと思い浮かんだのは、大会ベストゴール10にも選ばれたタイW杯(2012年)のブラジル戦のゴールですね。あそこは一番かな。印象的なプレーということで、みんなが挙げてくれるシーンでもありますし。あの時はカズさん(三浦知良/横浜FC)もいましたからね。

あとはアジア選手権2連覇も思い出深いです。1回目(2012年)の優勝から、その2年後はメンバーがガラッと変わって優勝できて。年齢的にも1回目は中堅、2回目はベテランで、チームの中での役割もちょっとずつ変わってきて、そういう意味でも良い経験でした。

──その一方で、悔しい経験もありますか。

怪我ですね。2回手術してるんですけど、すみだを契約満了になったのも、若い頃に代表を外れてるのも、怪我をしたことが大きかったので。ただ、そのときは苦い思い出なんだけど、そのおかげで(すみだから)Y.S.C.C.横浜に行けたことは今となっては良かったと思えるし、日本代表にいられることのありがたさもわかったし、今となっては良い思い出です。

──引退を真っ先に報告したのは?

家族ですね。

──なんて言ってました?

お疲れ様でした、と。双子の子どもがいるんですけど、プレーしてるところをちょっとは見せられたので、よかったなと。家ではよくパパの入場シーンやボールを蹴る真似事をしているので(笑)。

──12月21日にはY.S.C.C.横浜の一員としてのホーム最終戦(14:30KO/トルエーラ柏戦)が行われます。

2位のボルクバレット北九州とは勝ち点差で3離れています。得失点差も大きく上回っているので、柏戦に勝てばF2で優勝できる確率がかなり高くなる。自分自身の現役最後のホームゲームというのもありますが、チームにタイトルをもたらすために勝ちたいです。

リーグ戦が終わった後は全日本選手権もあります。予選ラウンドを勝ち上がれば、決勝トーナメントは駒沢体育館で行われますし、たくさんの人にプレーを見てもらえる。引退を表明しましたが、来年の3月まではフットサル選手として、全力で走っていきたいと思います。

稲葉洸太郎 東京都出身。1982年12月22日生まれ。暁星高校のチームメートと結成した「森のくまさん」でフットサルを始める。21歳の時に日本代表に初選出。2008(ブラジル)、2012(タイ)にはフットサルワールドカップに出場。フットサルW杯での日本人最多得点記録保持者でもある。Fリーグではバルドラール浦安、フウガドールすみだ、Y.S.C.C.横浜に所属。F1 リーグ通算256試合127ゴール。F2リーグ通算22試合10点(2019年12月20日時点)。 【Y.S.C.C.横浜】

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