選手から審判、そして寮長に。異色の経歴だからこそできること。 東北楽天ゴールデンイーグルス チーム運営部 寮長 中村稔さん

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【(C)Rakuten Eagles】

 グラウンドの上で輝く選手やチームを支えているのはどんな人たちなのか。パ・リーグで働く全ての人を応援する、パシフィック・リーグオフィシャルスポンサーのパーソルグループと、パ・リーグインサイトがお届けする「パーソル パ・リーグTVお仕事名鑑」で、パ・リーグに関わるお仕事をされている方、そしてその仕事の魅力を紹介していきます。

怒らない。でも褒めすぎてもいけない

 選手を磨き、育む場所、選手寮。そこで親代わりともいえる存在が寮長だ。楽天イーグルスの泉犬鷲寮では、2019年シーズンから中村稔さんが寮長に就任。親代わりということで、どしっとかまえて、あれこれと指示を出したり、厳しくしつけたりというイメージもあるが、中村さんにお話を聞くと、印象が変わる。

「選手中心の1日ですから、その前後から仕事は始まります。私は朝4時に起床して、寮の各所や室内練習場、駐車場などの鍵を開けるところから始まって、7時からの朝食では選手の様子を見て、日々の変化に気を配り、9時30分からの練習に参加。夜も食事からその後の練習に付き合って最後にまた鍵を閉めて終了。0時ごろになることもありますね」

 インタビュー中もいろいろな連絡が携帯電話に入り、あわただしくそれをさばく中村さん。「選手が育つための場所が寮で、彼らにとっては練習が仕事」という思いのなか、寮長はそれをサポートしていくのが仕事。睡眠時間も少なく、かなり忙しい日常は、望むところだと言う。その中で選手の成長を見守る。例えばこんな場面でも。

「朝ごはんの時間ひとつでも大切な仕事ですね。いつもはごはんを食べている選手が今日はパンを食べているとかはわかりやすい変化。いつも2杯食べているのに今朝は1杯しか食べないとか。それが体調や疲れなのかなど、日々の変化を見るのは大切な仕事です」

 こうした選手が成長していく助けをしていくことが仕事であるとともに、大切な役割があるという。

「約束を守る、礼儀を身に着ける。人間としての成長の部分を教えることです。いい選手になるためには、まずいい人間であることが大切なんです」

 指導すると言っても、中村さんはそれを押し付けることはしない。

「怒らない。でも褒めすぎてもいけない。そう考えて取り組んでいます」

 中村さんは、寮長の仕事をしていくにあたって「怒らない」ことをモットーにしている。それは決して甘やかすという意味ではない。約束を守らないことであったり、人としての部分でしっかりしていない選手には厳しい表情になる。それは「君のことを私はしっかり考えている」という表れだ。そして入寮している選手は様々なプロフィールを持ってやってくる。即戦力を期待される選手、社会人を経てくる「大人」の選手から高校を卒業して初めて親元を離れる選手まで。

「そうなんです。同じことをいうのでも使い分けは必要です。表情をすぐに察する選手もいれば、まだ年齢的にそういう経験が少なくて、なかなか意味が伝わらない選手もいますから。でも、これだけは言えます。扱いは、すべて同じ。ドラフト1位でも育成でも、みんな同じ、育てたい大切な選手です」

 1月にはまた新人が11人入寮する予定。期待の即戦力選手、育成の高校生に、海外大を経て来る選手など、プロフィールは実に多彩だ。

「それぞれどのように接するかは決めていません。私も楽しみにしていますよ」

 笑顔の中村さん。寮長の職につき、1年を経て「この仕事が楽しい」と言う。それは、失敗も含めて、新しい挑戦ができる環境であること。その働きがい。そう、選手も多彩なプロフィールをもって入寮してくるが、そもそも中村さん自身が異色の経歴の持ち主。寮長という仕事は新しい挑戦の日々。それは中村さんにとっても、球団や球界における寮長という役割においてもだ。

審判という目線、寮長という眼差し

 中村さんの球歴を紹介しよう。高校野球の名門・名古屋電気高校(現愛工大名電高校)で主将を務め、1981年、夏の甲子園に出場。その時のエースで同期が現福岡ソフトバンクの工藤公康監督だった。ドラフト3位で日本ハムファイターズに入団し、引退後、89年に審判に転身。以後2018年まで2800試合以上を裁いてきた。日本シリーズ13回、オールスター戦5回という数字も球史に輝くが、それ以外にも野球ファンにはたまらない劇的な場面に数多く立ち会ってきた。縁あって、2019年春の石垣島キャンプから楽天イーグルスに帯同し、現職。審判から寮長というのはかなり珍しい経歴だ。だからこそできること。

「紅白戦やシートバッティングなどで私がプロの審判の目で選手を見ることができます。普段の練習をプロの審判が見ることはほとんどありませんから、これは役立っていると思います。練習を終えた後、寮で『今日のシートで僕のピッチングはどうでしたか?』と選手が聞いてくることもありますしね」

 約30年にわたってプロの一線で試合を見てきた審判の目線。「このボールはよかったぞ」という一言が選手にとってはとても重く、貴重なものになる。しかも、昼夜を共にし、朝食の変化にまで目を配ってくれる人が、冷静なプロの目線でのアドバイスをくれる。

「審判としての立場、寮長として育てる立場、その両方で見られるということが選手のためになっているといいですね」

 審判から寮長。この珍しいキャリアは、寮長という仕事だけではなくいろいろなキャリアに挑む人にも勇気になるのではないだろうか。中村さんが取り組むこと。その一歩、すべてが業界にとっては前代未聞の挑戦にもなる。その分、当たり前だと思われていることを知らないわけで、日々悩み、重圧もあれば苦労も多いだろう。

「そうですか? 楽しくてしょうがないですよ(笑)。毎日がトライ。全部、苦労かもしれないですけど、でも楽しいんです。とまどいはあっても、どんどんいろいろな新しいことに取り組んでいきたいという気持ちの方が大きいです。今年、初めてイースタン・リーグで優勝したんですが、その時、三木(二軍)監督と握手して、あぁ、良かったなあって実感しました。やはり楽しいですよ」

 挑戦したいという気持ちを持ち続ける。約30年、極めてきた仕事からの新しい挑戦。50代でも60代でも、いや、年代は関係なく、一つの仕事に情熱を燃やし、成果と評価を経てきた人たちにとって、参考になるものではないだろうか。

「例年行っている高校のOB会で、工藤と会うのも楽しみですよ」

 奇しくも、楽天イーグルスと福岡ソフトバンクは、クライマックスシリーズのファーストステージで戦ったが、同じ日、ファームの日本一をかけて同一のカードが行われた。高校の同期、選手と審判として活躍してきた2人が、今度は監督、寮長としても競う。野球はつくづく大河ドラマだと思うエピソード。その中で、中村さんは寮長としてまだまだトライしたいこと、発見したいことがあると力強い。親代わりともいうべき寮長がこのような前向きな気持ちで、どんどん前に進んでいくのなら、寮はすばらしい場となり、選手たちも大いに活気づくことだろう。

文・岩瀬大二
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