バタフライ世界記録保持者・知的障がい者水泳 東海林大の競技へのこだわりと素顔

チーム・協会

【(C)Masashi Yamada】

パラリンピックの花形種目でもある水泳。世界の舞台でも堂々と活躍中の20歳が東海林大だ。2016年のリオパラリンピックは出場を果たせなかったが、その悔しさを糧に成長を続け、2018年には100mバタフライの世界新記録を樹立。200m自由形、200m個人メドレーでも日本記録を持つ。シーズンが始まる前の冬、地元山形で練習に励む、知的障がい者水泳界のニッポンのエースを訪ねた。

知的障がい者水泳の未完の大器 東海林大(とうかいりん・だい)

水泳を始めたのは4歳ということですが、どんな子ども時代を過ごしましたか?
いまも水が好きだから水泳を続けているのですが、とにかく水遊びが好きだったんです。母によれば、幼少時代は川遊びでずぶ濡れになったり、1つ年上の兄と一緒に自宅のお風呂にダイブして浴槽を壊してしまったり、そんなエピソードがあるほどです。スイミングクラブに入会したのは、兄と一緒だったからです。
まさに、“好きこそ物の上手なれ”ですね。小・中学生時代の専門はバタフライでしたか?
いえ、短い距離の自由形が得意だったかな。小6の冬に育成コースから選手コースに進み、中学ではやはり兄と同じ水泳部でも一緒に厳しい練習に取り組みました。当時は、50m自由形で全国大会に出場した美しいフォームの長身選手に憧れて、『自分も絶対、全中にいくぞ!』と心に決めていたんです。でも、夢はかないませんでした。

【(C)Masashi Yamada】

パラ水泳に転向しようと思ったのはいつですか?
高等養護学校1年の冬。JSCA全国知的障害者水泳競技大会への出場がきっかけです。50m、100mで大会新記録を樹立して優勝しました。例えば僕は「夢をつかむためには、無茶をしなきゃいけない」と思って頑張るんですけど、どうしてもそれを考えすぎてしまい空回りしてしまうんです。それまでは健常者の中で神経を張り巡らせて大会に臨んでいたのですが、この大会はのびのびと楽しく泳ぐことができましたね。
世界で戦うとなれば当然、練習はハードになりますが、平日は仕事を終えてから、週6日練習しているそうですね。
疲労が蓄積すると、否定的なことを考えがちです。それでも、ネガティブに考えないよう、いえポジティブな言葉を発するように心がけています。「頑張ろう」と思うのではなく、「考えないようにしよう」という感じかな。否定的な言葉を言ったらしょげてしまうけど、「前向き」とか「笑顔」とか肯定感のある言葉をつぶやくと心が軽くなる感じがします。

【(C)日本財団パラリンピックサポートセンター】

―― 昨年はバタフライで世界記録をたたき出したが、2017年から指導を受ける佐々木賢二コーチは自由形でも世界の頂点を狙えるとお墨付きを与える。他の泳ぎに比べ手の書き方など余分なことを考えすぎず、勢いで泳ぎきることができるからだ。さらに多種目での活躍に挑戦している2019年は最も伸びしろのある背泳ぎを強化中。「速く泳ぐには疲れない体の使い方が大事」と陸上トレーニングにも力を入れるようになった。
練習の手ごたえはいかがですか? 
今年は背泳ぎの泳ぎの修正に取り組んでいますが、キックも課題です。昨年までは同じようにバタフライと平泳ぎも修正してきたので、背泳ぎも克服できると信じています。
今年も世界選手権など大きな大会があります。どんな大会にしたいですか?
僕は、予選と決勝でタイム差に開きがあったり、大会ごとに全然記録が違ったりして波のある選手。調子がいいときは、前半体力を抑えて、決勝で力を発揮することも多い。水泳の専門的なことは考えず、遊ぶ感覚で水泳ができたら最高かな。それがなかなかうまくいかないのですが……(苦笑)
楽しむことが記録樹立につながっているんですね。

【(C)Masashi Yamada】

そうですね。2018年は、イタリア、イギリス、オーストラリアで試合をする機会に恵まれましたが、今までになく環境もレベルも高い大会でしたね。海外選手と国際交流ができ、レースに向かう気分もノリノリになったおかげで新記録を出せたと思います。
どんな交流があったのですか?  
2018パンパシフィックパラ水泳では、ブラジルチームの前を通りがかったとき、パラ水泳界の男子選手で最も金メダルを持っているダニエル・ディアス選手がなんとハグをしてくれて。すごくうれしくなりました。他にも同じクラスのリオパラリンピック金メダリストと目が合ったり、ライバル選手と召集所で会話を交わしたりすると「俺のこと認めてくれているんだ」と自信がみなぎってきます。

国内にもライバル選手が多くいますね。

リオパラリンピック日本代表の中島啓智選手とは切磋琢磨できるいいライバルです。あとは、過去に同部屋の選手の話が楽しくて、予選落ちしたその選手の分まで頑張れたということもありました。他に、リオパラリンピック出場権を逃した3ヵ月後の日本選手権では、悔しさをバネにしようという気持ちになれて存分に楽しむことができました。その結果、好記録を出せたという経験もありますね。

海外遠征では食事も楽しみだそうですね。

そうなんです! もちろん野菜や糖分のバランスをもちろん考えて食べますが、バイキングでは欧米の朝食に欠かせないコーンフレークをお皿に多種類盛るのが楽しみなんです。オーストラリアで焼き立てのパンケーキを食べられたときは感激しましたし、アメリカ合宿で食べたオムレツも最高でしたね。あとは、オレンジジュースは必ず飲みます。みかんが好きということもありますが、僕の名前は大(だい)ですから、橙(だいだい)はラッキーカラーなんですよ!
――メンタルの安定が最大の課題である東海林選手。事実、東京2020パラリンピックが近づき、その重圧を感じ始めているというが、大きな挫折を味わったリオの選考戦の後、気持ちを整えるためにちょっとした習慣を取り入れた。

【(C)Masashi Yamada】

どのように気分転換をしていますか?

まずは、たくさん寝ることですね。気持ちがきついと感じたときは、ウォークマンで好きな音楽を聴いたり、スマホで楽しいときの写真を見返すということをやっています。70キログラムの体重を管理しながら、オフの日には大好きなクッキーサンドアイスやジンジャーエールをいただきます。

「できたことノート」を書いているとか……?

以前父にすすめられて『できたことノート』をつけるようになりました。水泳のことだけではなく、「お母さんに褒められた」「昔から好きな仮面ライダーの映画を見られた」とか。よかったことや楽しかったことを、ちょこっと書けばいいんですが、実際に書いてみると、けっこうなボリュームになってしまうんですよね。でもノートをつけ始めてから、楽しく泳げるようになった気がするので、これからも続けていきたいと思います。

東京パラリンピックへの思いを聞かせてください。

まだ東京パラリンピックの目標を語る自信がないんです。一度ノートに書いてみたのは、「世界一になるよりも、世界最高2番になる」です。順位は気にせず、予選ではファイナリストに残れるように頑張って、その次も最大限の力を出し切ることでしょうか。楽しむことが一番ですね。

text by Asuka Senaga
photo by Masashi Yamada

※本記事は2019年9月に「パラサポWEB」に掲載されたものです。
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