令和とともに始まる『全国ボートレース甲子園』

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 地名がものごとのシンボルになることがある。例えば、「ハリウッド」。映画界にとって特別な場所であり、そこにはアメリカンドリームが存在する。投資家にとっての「マンハッタン・ウオール街」、芸術家憧れの地「パリ」、音楽の都「ウイーン」など枚挙にいとまがない。そうした例は日本にもあるが、スポーツ分野に散見される。ラグビー界における最終目標地「花園」や高校駅伝の大舞台「都大路」、そして野球の殿堂「甲子園」である。

 高校野球が始まったのは大正4年。甲子園球場はその9年後の大正13年(1924年)8月に完成、またたく間に学生野球の聖地となった。その年が暦の上で60年に一度巡ってくる『甲子の年』(きのえのとし)にあたったことから『甲子園球場』と定められたと記録が残っている。以来、高校野球は100年を超える歴史を刻みつつ、若人の『最高目標』となりファンも増大した。『地域の代表として日本一になるための場』としての『甲子園』をモチーフとして、さまざまな分野で名称を冠した大会が考案されている。

■67年を超えるボートレースの歴史にない試み

そして、新時代の始まりを告げる令和元年、夢の舞台『全国ボートレース甲子園』が開幕する。47都道府県にゆかりのあるトップレーサーが地域の代表として参戦するのだが、これは67年を超えるボートレースの歴史にない試みである。

 昭和27年(1952年)、長崎県大村に遡るのがボートレースの起源。以来、単純計算で300万回をゆうに超える勝負を繰り返してきたが、ひとつとして同じレースは存在していない。選手の想いや闘志、調子や作戦、相性など無限の要素が加わるからだ。そこに、「地域の期待を背負って走る」という動機が加わる。

 ボートレース界には最高峰のステージとして設けられたSG(スペシャルグレード)レース『ボートレースメモリアル』があるが、これは全国24レース場が出場選手を推薦し行なわれる大会。今回は出身地のほか選手登録地や在住地など、選手自身が肌身で知っている地域の代表として参戦する。当然、応援する者も、レース場のあるなしを超えて広がりをもつことになる。その広がりが選手のモチベーションとなるのは想像に難くない。つまり競技者と応援者が相互に連動しながら盛り上がっていくことになる。大会の前から湧き起こる期待のボルテージが、シリーズに入りレースを重ねることでどう変化するのか…。まだ見ぬ世界が待っている。

『全国ボートレース甲子園』は、令和元年(2019年)7月23日に幕を開ける。風光明媚な静岡県湖西市のボートレース浜名湖が、記念すべき第1回大会として先陣を切る。

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