麟太郎だけじゃない「プロ野球を経由せずメジャー」オリックス入りを拒否した石川ケニー22歳の現在
マイアミ・マーリンズから8巡目(全体235位)指名された佐々木麟太郎(スタンフォード大)と同じく、プロ野球を経験せずにメジャーリーグを目指す22歳のパイオニアに、アメリカの大学野球事情やメジャー挑戦を選んだ理由を聞いた。
アメリカでの2年間「本当に楽しかった」
石川ケニー(以下、敬称略) アリゾナ州のグッドイヤーにあるレッズの育成施設を拠点に活動しています。(グッドイヤー・ボールパークは)ジョージア大学に比べると少し劣りますが、不自由なくやれていますね。
――2年間、アメリカの大学野球を経験してみていかがでしたか?
石川 勉強だとかスケジュールだとか困難なこともありました。ジョージア大ではチャーター機で移動できたので大きな空港に行かなくてよかったんですけど、シアトル大のときには試合のためにバスで5時間、飛行機で3時間移動したり、試合前に宿題をやったり……日本では考えられないスケジュールですよね。でも、ひと言で言えば、本当に楽しかったですね。野球のレベルはすごく高いですし、シアトルの1年間もジョージアでの1年間も、すごく充実していたと思います。
――名門ジョージア大での時間はどのようなものでしたか?
石川 (シアトル大から編入して)新しい環境でまた自分のことを証明しないといけなかった。自分のように転校してきた選手もいましたし、内野から外野に移ってくる選手もいたりと、とにかく競争が激しかった。みんな体も大きいですしね。でも、そういう中で切磋琢磨するのは楽しい時間でした。
――明秀日立高校時代は、かつて光星学院で坂本勇人(巨人)らを育てた金沢成奉監督、亜細亜大学時代は山崎康晃(DeNA)らを育てた生田勉監督(石川の入学当時)と、数多くのプロ野球選手を輩出してきた名将の下で技術と人間性を磨いてきました。以前「日本のスタイルも好きで感謝してます」とお話しされていましたが、アメリカと日本では練習の内容はけっこう違うものですか。
石川 全体練習は日本より短くて3時間程度。時間になったらきっちり終わります。でもその分、密度は高いですよ。その後はそれぞれ個人練習。ジムに行く人も多いです。指導はビデオ分析が中心。良いときの自分の映像を残しておいて、調子を崩したときに比較して『おまえは以前こうだったぞ』と具体的に伝えてくれるんです。新しいことを無理にやらせるより、おのおののペースや個性を大事にしてくれる。監督・コーチと選手は対等な関係で、先輩後輩もなく、意見が言いやすい雰囲気ですね。
石川 そうですね。授業をしっかり受けて、野球はその後。午前中に2コマぐらい、8時から12時までみっちり授業を受け、それから練習というスケジュールでした。学業をおろそかにすると、ロースターにすら入れてもらえなくなります。だから、練習の直前まで勉強をしていたりだとか、練習終わってすぐ帰って勉強するだとか、日本とは違う大変さがありましたね。
――単位は取れましたか?
石川 そうですね。自分が一番好きな野球に支障が出ないように、最低限のことはしっかりやるようにしていました。
――キャンパスライフはどうでした?
石川 名門大学であるジョージア大は、学生の数や敷地の規模などすべてがシアトル大とは違ったので驚きました。強豪ということもありますが、なかでもフットボール(アメリカンフットボール)の人気はすごかったですね。自分も何回か試合を観に行ったのですが、観客席(※)を見たときに「これがフットボールの人気なんだ」っていう驚きがありました。
※『サンフォード・スタジアム』…ジョージア大のフットボールの本拠地。毎試合9万人以上の観客で埋め尽くされる。