浦和レッズはどこへ向かうのか

浦和を離れる決断の背景…この夏、関根貴大にどんな心境の変化があったのか?「もう、涙が止まらなくて…」

菊地正典

関根にとって7年ぶりとなる海外でのチャレンジ。攻撃的なポジションを任され、ハツラツとプレーしている 【Photo by Matt King/Getty Images】

中学時代から浦和レッズに在籍し、キャプテンまで担った男がこの夏、クラブを離れた。その決断に至るまでには、移籍と残留の間で揺れ動く日々があった。浦和を愛し、浦和に愛された男——関根貴大の独占インタビュー。

いろいろなことがかみ合って、ここにいる

——この夏に移籍したシドニーFCでの活躍は、クラブの公式SNSなどで日本にも届いています。トッテナム・ホットスパーとの親善試合でのゴールに始まり、オーストラリアカップでもラウンド16、準決勝と2戦連続ゴール。輝いていますね。

 いやあ、そうなんですよ(笑)。点を取り続けることの難しさはやっている人は分かると思うし、気持ちいいですね。自分のやりたいプレーを恐れずにできるって、幸せなことだなって思います。

——AリーグとJリーグにはどんな違いがありますか?

 サッカーの種類が違いますね。こちらは基本的にダイレクトなサッカーなんです。ただ、僕らの監督はパスをつなぎたいタイプの方なので、23年のマチェイ・スコルジャ監督(前浦和レッズ監督)の時のサッカーに似ています。リカルド・ロドリゲス監督(元浦和レッズ監督、現柏レイソル監督)から引き継いだ後のマチェイさん。

——浦和レッズのファン・サポーターはイメージしやすいですね。シドニーFCの監督は昨年、横浜F・マリノスを率いたパトリック・キスノーボ監督ですが、Jリーグで対戦した時に話をしたことはありましたか?

 まったくなかったですね。移籍を決める直前のミーティングのときに話したくらいでした。ただ、日本人がある程度技術があったり、間で受けるのがうまかったりするイメージは持ってくれていたと思います。最初に話したときは「8番か10番(4-3-3のインサイドハーフ)で使いたい」と言われました。行ってみたらダブルボランチになっていましたが、左ウイングからインサイドに入って8番みたいなポジションになります。

 マチェイさんにも「トップ下の位置まで入っていっていい」と言われていた時期がありましたが、いまもフリーマンのような動きを左ウイングでやっている感じです。なじみやすいスタイルで、自分としてはすごく入りやすかったですね。キスノーボさんだからフィットしやすかったです。

——浦和でチームメイトだった酒井宏樹選手も同じAリーグのオークランドFCでプレーしていますが、交流はありますか?

 移籍するにあたって相談しました。僕は、宏樹くんをすごく尊敬しているんです。(オリンピック)マルセイユには5シーズンいたのかな? 「1つのクラブに長くて5年」みたいな話をしていて、日本でもクラブにタイトルをもたらして、移籍していった。自分の評価を上げ続けていくような決断をしているんですよね。

——「尊敬している」と言いましたが、関根選手と酒井選手では考え方がまったく違いますよね?

 そうですね。でも、自分とは違う生き方をしている人に魅力を感じるんです。いろいろなことがかみ合って、自分はいまここにいる。宏樹くんにも「結果的にどうなるかは自分次第」と言われました。「成功させるのは結局、自分だよ」って。あの人の存在は自分にとってはめちゃくちゃ大きいですね。あの人がいなかったら、考え方もまたちょっと違ったかもしれません。

——「いろいろなことがかみ合って」という言葉がありましたが、今回の移籍に関しては相当な葛藤があったのではないですか?

 葛藤は……ありましたね。本当に悩んだ決断ではあったけど、最終的には新たなチャレンジへと気持ちが傾きました。

たとえスタメンじゃなくても前で

近年はサイドバックも務め、プレーの幅を広げた一方で、自分を押し殺してプレーしてもいた 【(C)J.LEAGUE】

——決断の背景には、どんな思いがあったのでしょうか?

 やっぱりもう一度、海外で勝負したいという思いはずっとありました。それに、近年は右サイドバックでプレーすることが増えていましたが、たとえスタメンじゃなくても前で勝負したい、それが自分の本当にやりたいことなんじゃないか、という思いもずっとあったんです。実は、百年構想リーグの前に「スタメンじゃなくてもいいから前で勝負したい」とクラブに相談していたんですけど、チーム事情から右サイドバックで起用されることが多くて。だから、新シーズンになっても前でプレーする機会は限られるんじゃないかという不安を消し切れませんでした。

——でも、これまでは浦和のために割り切ってプレーしてきましたよね?

 右サイドバックをやるからには極めたいと思っていたし、自分なりに研究もしました。何より自分のやりたいことを押し殺してでも、浦和のためだと思うと頑張れたんです。その結果、キャプテンを務めることもできたし、J1通算300試合出場も達成できた。でも、やっぱり自分がやりたいと思うことにチャレンジしたいという気持ちがだんだん強くなっていったんです。

 それならもう、環境を変えるしかないなって。じゃあJリーグの他のチームでプレーするメリットはあるのかと言ったら、自分にとってはあまりない。やっぱり浦和が好きだし、言葉でどれだけ伝わるか分からないですけど、移籍発表のときのコメントにも書いたとおり、アカデミーから合わせると17年間、人生の半分以上を過ごしたクラブですから。環境を変えるなら、海外しかないですよね。

 この決断をするにあたっては人生でトップ3には入るくらい悩んだし、本当に毎日、自分の頭の中で「残る」「移籍する」「残る」「移籍する」……みたいに繰り返していました。でも、海外でプレーすることは自分にとってすごくポジティブなチャレンジです。それに、シドニーFCからのオファーの内容からも、自分を本当に欲しているという気持ちが伝わってきた。だから、シドニーFCに移籍することを決断しました。

 結果として浦和レッズにとっても、新たな選手が入ってきたり、シーズン序盤は苦労する面もあったと思いますが、勝利が増えてきて本当に良かったし、僕自身も環境を変えて、めちゃくちゃチャレンジではありますけど、本当に楽しんでいます。だから、この移籍によって僕とクラブの双方が良い方向に進んだと思います。

——おそらく関根選手が移籍するか悩んでいるころ、曺貴裁監督の就任が発表されました。曺監督とは話をする機会があったんですか?

 実は移籍を決める前、曺さんとミーティングする機会があったんです。そのときにもう、涙が止まらなくて……。

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著者プロフィール

福島県出身。埼玉大学卒業後、サッカーモバイルサイトを運営するIT企業を経て、フリーランスに。2025年はサッカー専門新聞『EL GOLAZO』でジェフユナイテッド市原・千葉の担当記者を務める傍ら、サッカー日本代表や過去に担当した浦和レッズや横浜F・マリノス、川崎フロンターレなどJリーグを中心に取材している。著書に『浦和レッズ変革の四年 〜サッカー新聞エルゴラッソ浦和番記者が見たミシャレッズの1442日〜』(スクワッド)、『トリコロール新時代』(スクワッド、三栄書房)がある。

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