「阿部慎之助がパンツ一丁で…」中央大・清水達也監督が語る教え子のサクセスストーリー
プロに勝るとも劣らないポテンシャル
年が明けた99年の2月からこちらに来たのですが、そのとき、新3年生だったのが阿部慎之助です。前から、宮井さんに「いいキャッチャーが入ってきたんだよ」という話は聞いていましたし、中央大と河合楽器は年に2度オープン戦をしていたので、どんな選手かは知っていましたが、実際に見て、このポテンシャルはすごいなと思いましたね。
当時、アマチュアの有力選手をプロのキャンプに派遣する制度があり、私がここに来た数日後には、慎之助はベイスターズのキャンプに派遣されて、それを終えてから、うちのキャンプ地・高知で合流。シート打撃中だったので、アップ後に入ったところ、最初の打席でホームラン。モノが違うなと思いました。
私自身、プロの練習や試合を見る機会もあった中、肩の強さも、スイングスピードの速さも、現役プロ選手と比べて遜色がないどころか、ポテンシャルは慎之助の方がいいんじゃないかな、と思うぐらい。
春のリーグ戦(2部)が始まれば、「お!」と思わせるナイスリードをしてくる。1学年上の花田真人(柳川高卒/99年ヤクルト5位)を好リードし、よく打ち、彼の力もあって2部優勝。入れ替え戦でも勝ち、10年ぶりの1部昇格を果たしました。
後にその話を慎之助にしたら、「うちの実家、昔、銭湯だったから風呂掃除は慣れていますし、きれいにしておきたくて」と(笑)。シャイな慎之助らしい返しでしたね。そんな感じで、プロ注目選手だからといって偉ぶることもなかったです。
そんな慎之助の父・東司さんは習志野高校時代、掛布雅之さんと同級生で主軸を打っていた仲。慎之助は小さい頃から掛布さんに教わったり、かわいがってもらったりして阪神ファンだったと聞いています。でも、行きたいと思っていた球団は、西武かヤクルトだったようです。
というのも、西武には伊東勤さん、ヤクルトには古田敦也さんという球界を代表する一流のキャッチャーがいて、同じ球団に入って教えを請いたい、少しでも吸収したいと思っていたようです。
でも、最終的には、巨人を逆指名。当時、巨人のスカウト部長だった末次利光さんが中大OBで、宮井総監督の教え子であり、宮井さんの娘婿ということもあり、その関係性で巨人を逆指名したのでは?とも言われましたが、村田真一さんが晩年を迎えていたこともあり、巨人なら早くから試合に出られるかもしれない、という考えから、巨人を選んだようです。進路は慎之助に任せていましたし、直接聞いたわけではないですが……。
宮井総監督がここに来て練習を見ては、慎之助に、「お前は王や長嶋になるんだからな!」と言っていて、私は「さすがにそこまでは……」と思いながら聞いていましたが、プロで2000本安打も打ちましたし、ホームランも400本以上。活躍できるとは思っていましたが、私の想像以上でした。