「我慢の年」の三浦龍司と背中を追う青木涼真 アジア大会3000m障害、0.24秒の“距離”
「ゴールで会いましょう」→0.24秒
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2人が主戦場とする3000m障害は、トラックを7周する間に高さ91.4センチの障害物を28回、水濠を7回越えてタイムを競う。一般的なハードルとは違い、障害物は簡単には倒れない。ぶつかってもその場から動かず、いかに減速せずに越えるか、越えた後の走りにつなげるかが問われる過酷な種目だ。
そのレースで8分03秒43の日本記録を持つ三浦が序盤から前に出た。それを見た青木は最初の一周だけ三浦についていったが、その後は自分のレースに切り替えた。
「まだ自分が練習していないスピード帯のレースだったので、そこで無理をするのは自分のスタイルに合わない」
また青木は号砲前の三浦とのやり取りも教えてくれた。
「彼が『狙いたいタイムこれくらいなんですけど』みたいな話をしていたので、『じゃあゴールで会いましょう』と」
レースは終盤に差しかかり、2000mを過ぎたあたりから三浦は疲労感を感じていた。それでも最後は逃げ切れると考えた。そしてゴールが見えてきたころ、後ろから迫ってきたのが青木だと感じていた。
「青木さんが来るなと。ラスト迫られたらどうしようかとは考えていました」
最後の直線、2人のデッドヒートにスタジアムは大歓声に包まれた。だが、青木は三浦の背中を捉えきれなかった。3000mを走り切った先に残ったのは、0.24秒というわずかな差だった。
三浦にとって今季は「我慢の年」
序盤から積極的に自ら動かした決勝レース。最後の一周は疲労もあり、安全を優先してハードリングを9割程度に抑えたが、それでも逃げ切った。タイムこそ意識していた水準には届かなかったものの、「前半からしっかり自分の走りで押していくことができ、そのまま押し切れたこと」は評価できるポイントだと振り返っている。
そんな三浦が今年の位置付けをこう表現した。
「こういう年があってもいいと思います。今後、大飛躍とまではいかなくても、飛躍するための大きなステップになれば、本当に価値のある1年になります。そういった我慢の年というのも経験するべきだなと感じています」
結果だけを見れば、三浦はシーズン終盤の試合であるアジア大会で金メダルを取った。だが本人にとって今年は、完成した自分を示す年ではなく、次の飛躍に向けて弱さを確認し、修正していく「我慢の年」だった。