陸上・福部真子「一番価値のある金メダル」 引退も考えたアジア大会、衝撃発言の真意
引退を考えていた。それでもスタートラインへ
福部真子(日本建設工業)がそう口にすると、取材エリアの空気が一瞬変わったように感じた。ゴール直後の感情を問われたときに飛び出した、衝撃的な言葉だった。福部は続けた。
「自分の中の集大成として、しっかり走れたら結果もついてくると。レースの前にやってきたことを信じて、自分が今まで中学からしっかりやってきたその勝負強さを、最大限引き出して終わろうと思ってレースしたことが、今回の結果につながったのかなと思います」
すかさず記者から「(引退を)決めたってこと?」と質問が飛ぶと、福部は「まだ決断はしてないんですけど……」と言い、続けてその背景を語った。
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アジア大会の同種目で日本勢が金メダルに輝くのは、1982年ニューデリー大会以来44年ぶり。日本人ワンツーフィニッシュも同じく44年ぶりと歴史的なレースだった。
「今まで自分が獲ってきたメダルの中で、一番価値のある金メダル」
福部はそう振り返ったが、44年ぶりという歴史的な快挙を指してそう語ったわけではない。福部自身にとって、特別な意味を持つ金メダルだった。
世界との差、理想と現実のはざまで
しかし、ここ数年は思うように記録を伸ばせない時間が続いていた。
今年6月の日本選手権では予選、準決勝、決勝と3本走り、記録は順番に12秒80、12秒72、12秒83。決勝後に福部は、「12秒6台が欲しかったので、そこを再現できない自分に対してのがっかりと……自分だけ2022年から動けてないなというのをすごく感じてて」と述べている。
2022年、それは現世界記録が誕生した年である。オレゴン世界陸上でオルワトビロバ・アムサン(ナイジェリア)が12秒12をたたき出した。福部は、まさにその瞬間に立ち会っている。
「世界新記録が出たレースを走って、世界との差を一番感じた。どうにか背中が見えるようにコーチといろいろ話し合ってきてはいるんですけど、縮まらない世界との差と、自分の思い描いている理想と現実が合わなくなってきてるなというところは、今シーズン感じている」
世界記録を身をもって体験した福部。その差を縮めるため、高い目標を掲げてきた。そして視線は、1995年にオルガ・シシギナ(カザフスタン)がマークしたアジア記録12秒44に向かった。
アジア記録に向け、まずは12秒6台を「標準」とすることを目指した。しかし、日本選手権でもそのタイムを狙っていたが届かなかった。
「(12秒)4台も狙っており、6台が標準スペックとして必要になってくる中で、自分で最高の状態を作らないと出せないタイムということを、今日あらためて突きつけられた」