カバディ、ルール誤認はなぜ起きた? メダル獲得は幻も放った強烈な光

平野貴也

カバディ男子日本代表はメダル獲得こそならなかったものの、愛知県で異彩を放った 【写真:アフロスポーツ】

 メダル獲得は幻に終わったが、自国開催のアジア大会でマイナー競技「カバディ」は、強烈な光を放った。

 愛知・名古屋で開催されている第20回アジア競技大会、カバディ男子は9月26日に全日程を終えた。日本は、グループAで通算2勝2敗と2位争いを展開。特殊ルールを適用した得失点差により(※後述)、グループ4位で戦いを終えたが、最後の第4戦で韓国に62-35で大勝。会場は、招待された地元の小学生でいっぱい。隣接施設では、パブリックビューイングも実施された。

 開催地の東海市では、この大会観戦に向け、映像を見せてルールの説明を行ったり、競技体験をさせたりもしたという。数人の小学生に話を聞いたが「タッチして逃げる」「相手を捕まえる」などの基本ルールのイメージはつかんでおり、「僕は眠い」と言っていた子も試合が始まれば応援を楽しんでいた。

 韓国戦では元気あふれる「ニッポン」コールに後押しされ、日本は攻守で鋭いプレーを見せた。特に23日の台湾戦で不調だった守備陣が活躍。主将の阿部哲朗や降旗諒が背後に回り込んで相手を捕まえるバックキャッチを決めるなど、観客を沸かせた。自国開催でのアジア大会は、五輪非採用のマイナー競技でも多くの人に見てもらえる絶好の機会。観客数は連日500~600人程度で、メジャー競技のイベントに比べれば少ないが、会場は熱狂に包まれた。

 日本カバディ界としては、華やかな舞台で競技をアピールすることができたと言える。降旗は「子どもが多くて応援してくれて、本当に嬉しかった。直接関係があるわけではないのに盛り上げてくれたし、その中で勝つところを見せられて良かった」と笑顔を見せた。初めて競技を見たという記者陣にも好評。何回も会場を訪れるようになった記者もいた。

前回全敗から成長を後押しした「部活」と「漫画」の力

日本はインドにこそ敗れたが、バングラデシュと韓国には勝利を収めた 【写真:アフロスポーツ】

 2023年に杭州で実施された前回大会では、全敗。今回は、圧倒的な優勝候補であるインドには大敗を喫したが、この競技が盛んな南アジアのバングラデシュに勝利。敗れた台湾戦は、残り1分ほどで一度は逆転する接戦だった。最後の韓国戦では大勝。新田晃千監督が「過去最強」と評した陣容で、しっかりと力を示した。

 前々回の2018年ジャカルタ大会あたりから、「部活」と「漫画」の影響が成長を後押ししてきた。2011年に埼玉県の自由の森学園中学・高校に日本初のカバディ部ができた。主将の阿部や、攻撃面で活躍した真仁田悦輝らは、部活動で競技を始めた。2015年には漫画「灼熱カバディ」の連載が始まり、大学生を中心に地方で競技を始める選手が増加。攻撃でエースとして活躍した鈴木祥矢らは、漫画をきっかけに競技を始めた。国内大会の参加チーム数も増加。かつては、1年に2回ほどしか大きな大会がなかったが、24年には関東カバディリーグが創設され、日常的に切磋琢磨する環境も生まれた。

 カバディは、発祥国のインドにプロカバディリーグ(PKL)が存在するものの、国際大会はめったに行われない。ワールドカップも不定期開催だ。アジア大会が安定して開催されている最高峰の場。日本国内の盛り上がりを勢いにして、日本は世界での立ち位置を確実に上げていることを、この大会で証明した。

 特に攻撃のエースを務めた鈴木は、出色の活躍。新田晃千監督も「PKLに行ってほしい」と言うほどの活躍を見せた。会場には審判、運営、ボランティアスタッフ、観客と様々な形でOBやOGを含む選手が集っていた。次回大会を狙う若手たちは「出られなくて悔しい」と言いつつ、大きな刺激を受けていた。競技関係者が、アジア大会のメダル獲得を現実的な目標として描き、団結して未来に向かう大きな機会になるはずだ。

1/2ページ

著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

当サイトには一部アフィリエイトリンクが含まれています。

リンクから商品・サービスをご購入いただいた場合、スポーツナビに収益が発生することがあります。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント