彼が撒いた種がいつの日か大樹となって…数々の偉業を成し遂げた日本テニス界のパイオニア・錦織圭が残したもの

内田暁

12年に続き2度目の優勝を果たした14年10月のジャパンオープン。この年9月の全米オープンでは男女通じて日本人初、男子としてアジア人初の四大大会決勝進出も果たした 【Photo by Koji Watanabe/Getty Images】

今季限りでの現役引退を表明している錦織圭が最後のジャパンオープン(9月28日開幕)に臨む。18歳でのツアー初優勝を皮切りに、14年の全米オープン決勝進出、世界ランキング4位、ツアーシングルス通算12勝など、数々の金字塔を打ち立ててきたが、そうした成績以外にも錦織には大きな功績がある。その成長と戦いを間近で見つめてきたライターが綴る。

圭ともっと一緒に練習したい

「エアK」の愛称で親しまれたフォアハンドの強力なジャンプショットは、錦織を象徴するプレーとして多くの人の記憶に刻まれている 【Photo by Patrick Scala/Getty Images】

 ここ数年ほど、グランドスラム会場などを訪れるたび、そこに錦織圭本人の姿はなくとも、彼の影響を感じることが多くあった。

 たとえば、昨年の全米オープン。コールマン・ウォンという香港出身の当時21歳の若者が、予選を突破し本戦でも初戦で勝利した。この勝利で「香港選手初のグランドスラム・シングルス勝利者」になったウォンは、2回戦でもアダム・ウォルトン(オーストラリア)に快勝。3回戦では第15シードのアンドレイ・ルブレフに敗れるも、フルセットの大熱戦で観客を大いに沸かせた。

 現在はスペインのラファ・ナダル・アカデミーを拠点にしているウォンだが、基本は香港育ち。そんな彼に「幼少期のアイドルやロールモデル」と問うと、「マイケル・チャン」との答えが返ってきた。21歳のウォンは、チャンの現役時代を知らない。それでも、「香港でチャンを知らない人はいない」という。

「チャンが17歳で全仏オープンを制したことや、その大会でアンダーサーブを打ったのは有名な話。香港ではテニスの上手な男の子は、みんな『マイケル・チャン二世』と呼ばれるんだ!」

 チャンへの憧憬を語る彼は、「それからもちろん、僕が大きな影響を受けたのは錦織圭」と、かつての“チャンの教え子”の名を挙げた。

「実は今年の1月、香港のツアー大会で圭と練習させてもらったんだ。すごく素敵な経験だったし、できれば将来、もっと一緒に練習したい。もちろん、対戦できたら最高だね!」

 そう語る彼の人懐っこい笑顔に心が温まったのは、マイケル・チャン、錦織圭と続くアジアの系譜が、この若者に受け継がれていると感じたからだろう。

圭の姿を見て、テニスに恋した

15年のメンフィス・オープンで錦織と一緒に写真に収まるラニー・チャン(右)。5月10日にはSNSに感謝と思い出を綴ったメッセージを投稿した 【Photo by Andrew Patron/Icon Sportswire/Corbis/Icon Sportswire via Getty Images】

「系譜」と言えば、より直接的な継承者が、昨年の全米オープン・ジュニア部門のコートにいた。それは、マイケル・チャンの長女のラニー・チャン。「錦織の試合の時、チャンの横に座り、身を乗り出して応援していた女の子」と言えば、「あの子か!」と懐かしく思い出す日本のテニスファンは多いだろう。

 昨年の全米オープン会場で、当時14歳のラニーに声を掛けたとき、彼女は「圭を取材していた記者の人なのね!」と明るく応じてくれた。語り口調は明瞭にして快活。柔和で人懐っこい笑顔は、母のアンバーさんを想起させた。

 現在15歳のラニーは、ジュニアの世界ランキング52位。将来有望なトップジュニアの一人である。そんなラニーは、「私がテニスを続けた理由は、圭にもあると思う」と言った。

「父が圭のコーチをしていたとき、一緒に遠征に行けたのは本当にクールな経験でした。圭が世界のいろいろな場所で戦っている姿を見て、私はこのスポーツに恋をしたんだと思います」

 まっすぐな言葉が胸に刺さり、鼻の奥がツンとする。

 そのラニーはつい先日、大阪市で開催された「世界スーパージュニアテニス選手権」に出場していた。左手首のケガで試合から長く離れていたが、日本に来たいとの思いがあり、復帰戦に大阪を選んだという。錦織の引退について水を向けると、「私は彼を見て育った。その選手が引退するなんて、とても不思議な感じ」と、複雑な感情の入り混じる笑みを浮かべた。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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