大観衆がどよめいた怪物涙の復活V 名物記者「万哲」の原点は競輪に
第1回は、競馬ファンには「万哲」の愛称でおなじみ、スポニチ・小田哲也記者。中央競馬を20年以上取材してきた小田記者だが、実は記者としての原点は「競輪」にあった。
競輪を知らなかった僕が、競輪記者になった
競輪の選手は「一国一城」の気概が心地良く、いい思い出ばかり。先輩の教え通り、前検日は自転車に貼る検車番号を頼りに「○○選手だな」と見当をつけて挨拶する。選手控室の大部屋は地区ごとに選手が大概集まっています。意を決してベテラン選手から突破口を切ると、心得た人は「☆☆(選手名)!記者さんが取材だぞ」と同県の後輩を呼んでくれて「笑っていいとも」のテレフォンショッキングのごとく、取材が進むことも多々ありました。
その後、ボート担当1年。中央競馬は20年ちょっと。ビッグレースは別として、競輪の通常開催は翌日の番組が決まると、走り終えた選手に片っ端から聞きます。質(内容の濃さ)より、量(多くの選手に聞けたか?)になります。24時間後に結果が確定する速さと緊迫感は競輪独特の面白さ。3日間開催なら3日続けて基本走ります。1日見れば選手の状態も分かる。自分の「眼」が車券につながるのが楽しい。約1年半の競輪担当でしたが、東日本の競輪場の大半は行かせてもらいました。ドームになる前の小倉競輪場の競輪祭も。特別観覧席に設営された臨時記者席で食べ放題の「博多ラーメン」の屋台が出ていたのは驚きの思い出です。
万哲が今も忘れない、93年KEIRINグランプリ
飛ぶ鳥を落とす勢いの吉岡稔真選手が断然人気。最後、猛然と中を割ったのは「怪物」でした。当時の映像を見ると、解説の中野浩一さんが「際どいですよ」と話す微妙な写真判定。でも当の滝澤正光選手はゴール直後にガッツポーズしていました。
スポニチ紙面で先輩が書いた原稿の大見出しは「涙の復活V」。4万人近い立川競輪場の大観衆のどよめきと歓声は覚えています。実は滝澤選手が引き揚げる際、当時20代の僕が一瞬映り込んでいるのを最近知りました。感動を汚して申し訳ありません。脚力以上に闘志や知力など幾多の要素が絡むのも競輪の醍醐味。枠単5-2で5380円。幸運にも取りました。裏目千両。単なる自慢話です。
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