エースの座を失い、巨人を去った――内海哲也が西武で示したベテランの生き様 巨人軍で終われなかった男たち【後編】
※リンク先は外部サイトの場合があります
苦悩の二軍生活
2013年5月5日には、長嶋茂雄と松井秀喜の国民栄誉賞授与式が行われた広島戦の先発マウンドに上がり、8回無失点の好投で勝ち投手となっている。先発陣にはFA移籍してきた杉内俊哉やルーキーの菅野智之がいたが、当時のチームで絶対に負けられない一戦を託されるのは、背番号26だった。
だが、その2013年を最後に二桁勝利から遠ざかり、やがてエースの座も菅野に譲る形となるのだ。2014年は7勝、2015年は左前腕部の炎症など度重なる故障でわずか2勝と低迷する。結果が出ないことに苛立ち、二軍戦では起用法を巡り、首脳陣と衝突したこともあった。
「今になって振り返れば単なるわがままですが、『6回も行くぞ』と言われて続投し、気持ちの整理がつかずに3点くらい取られました。ベンチに帰ってきて『交代』と言われ、不貞腐れて(二軍投手コーチの)田畑さんの話を聞かずにいる。みんなの前で尊大な態度を取っていたから、ロッカールームに帰った後、ものすごく怒られました。僕はそれすらも無視して聞かずにいました……」(『プライド』内海哲也/KADOKAWA)
直後に内海は自身の取った行動を反省し、田畑一也投手コーチに謝罪している。チームに悪影響を与えてしまうと頭では分かりながらも、感情が爆発してしまったのだ。この頃、30代中盤の内海には焦りがあった。このままでは、自分は終わってしまうという焦りである。それでも、内海はこの2016年シーズン途中に一軍へ呼ばれると、18試合に先発して9勝6敗、防御率3.94という成績を残す。
しかし、完全復活を目指した翌2017年は、先発のたびに登録と抹消を繰り返し、2勝に終わる。苦悩の日々の中、内海は二軍生活を受け入れられず、思わずリハビリ中の杉内に日本一になった数年前の昔話をすると、杉内から「過去の栄光にすがっているようではダメだ」と諭されたという。