10.8決戦、13ゲーム差逆転、最終戦でV逸…セ・リーグ優勝争い「混戦の記憶」

Timely!編集部

【写真は共同】

 最大13ゲーム差からの大逆転、勝った方が優勝という最終戦、勝率5厘差の2位に泣く――。今なおファンの記憶に鮮明に残る、セ・リーグ優勝争いの数々。今回は、1992年から2021年までの、球史に刻まれる6つの優勝争いを振り返る。

虎と燕の一騎打ち!プレーオフもあり得た混戦を制したのは野村ヤクルト(1992年)

 亀山努、新庄剛志など、若手の活躍でチームが生まれ変わった阪神は、4月を勝ち越してAクラスの好発進。前半終了時には首位ヤクルトと1.0差の2位につけた。8月に入るとヤクルトが7連勝で一時は抜け出したが、9月に入ると9連敗。逆に阪神は9月に7連勝を記録するなど首位に躍り出た。

 2位ヤクルトに3ゲーム差をつけて首位を走る阪神に待ち受けていたのは、9月22日から始まる過酷なビジター13試合だった。中村勝広監督は命運を握る「死のロード」を前に「大きな土産を持って帰ります」と宣言したが、スタートの巨人戦に2連敗すると、続くヤクルトとの直接対決にも連敗するなど、終わってみれば2度の4連敗を含む3勝10敗。この間、ヤクルトとの直接対決5試合を1勝4敗と大きく負け越したことも痛かった。

 阪神が2ゲーム差で追う展開となって迎えた10月10日、甲子園でのヤクルトとの直接対決。この2連戦に阪神が連勝すればプレーオフという展開までもつれたが、その一戦目に主砲・ハウエルの2発などでヤクルトが5-2で勝利。就任3年目の野村克也監督に率いられたヤクルトが、14年ぶり2度目のセ・リーグ優勝を達成した。

 終わってみれば6球団全てが9ゲーム差の中でひしめき合い、4位広島までは首位とわずか3ゲーム差という史上まれに見る大混戦。ヤクルトはマジック点灯しないままの優勝だった。

瞬間最高視聴率67パーセント!勝った方が優勝の「10.8決戦」(1994年)

 10月8日、この日のことを巨人の監督・長嶋茂雄は「国民的行事」と呼んだ。シーズン最終130試合目で巨人と中日が勝率同率で並び、勝った方が優勝となる伝説の直接対決となったからだ。

 球団創設60周年を迎え、優勝が至上命題とされた長嶋巨人。前年オフから導入のFAで中日の主砲・落合博満を獲得したチームは、4月を13勝6敗と勝ち越して開幕ダッシュに成功。四番落合の活躍と2年目の松井秀喜の成長などもあり、首位をキープして前半を折り返した。

 しかし、後半戦に入ると打線が停滞。開幕から1度も首位の座から転落することがなかったチームも8月以降に足踏みすると、中日が終盤に9連勝して猛追。最終戦を前に同率首位で並ばれ、勝った方が優勝の「10.8決戦」を迎えていた。

 試合は中日のエース今中慎二から落合が先制本塁打を放つなど巨人が優位に進めると、長嶋監督は先発槙原を2回途中で降ろして斎藤雅樹にスイッチ。終盤には桑田真澄を抑えで起用するなど「先発三本柱」を惜しげもなく投入。優勝への執念の采配を見せた巨人が総力戦で中日を振り切り6-3で勝利。巨人が4年ぶりのリーグ優勝を決めた。

 この試合の関東地区の平均世帯視聴率は48.8%、瞬間最高視聴率は67%。平均48.8%は現在もプロ野球中継史上最高の記録である。

1/2ページ

著者プロフィール

当サイトには一部アフィリエイトリンクが含まれています。

リンクから商品・サービスをご購入いただいた場合、スポーツナビに収益が発生することがあります。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント