フェラーリはハミルトンとルクレールを制御できるのか 母国GPで露呈したチームの弱点とは

柴田久仁夫

「フェラーリの聖地」で起きた悲劇

劇的勝利を挙げたアントネッリ。フェラーリの二人とはくっきりと明暗が分かれた 【(C)MercedesF1】

 イタリア人F1ファンには、悲喜こもごもの母国GPとなった。

 フェラーリの聖地モンツァで開催されたイタリアGPを制したのは、イタリアでも人気急上昇中のキミ・アントネッリだった。パワーユニット交換ペナルティで19番手スタートからの大逆転。今季7勝目を挙げたアントネッリはタイトル争いも独走状態で、1953年のアルベルト・アスカリ以来となるイタリア人世界チャンピオン誕生が、いよいよ現実味を帯びてきた。

 「イタリアの象徴」フェラーリも、シャルル・ルクレールとルイス・ハミルトンが2列目スタートで好結果を期待させた。しかし、ルクレールは単独スピンを喫してタイヤバリアに激突、わずか2周でリタイア。ハミルトンはスタート直後のルクレールとの激しいチームメイトバトルで大きく順位を落とし、6位入賞が精一杯だった。

 惨敗に終わったレース後、ハミルトンは「フェラーリには明確なルールがない」と、吐き捨てた。その発言の真意は、何だったのか。

「問題は、僕たちドライバーじゃない」

3月の中国GPではルクレールと終始フェアなバトルを繰り広げ、3位表彰台に上がったハミルトン 【(C)ScuderiaFerrari】

 ハミルトンが問題視したのは、直接的にはスタート直後のチームメイトバトルだ。

 ターン1、2の攻防で、二人は接触事故寸前。そのあげくに、ハミルトンはコース外に押し出された。ルクレールはこれについて、「僕たちは、ちょっとやりすぎた」と、反省の弁を述べた。一方で興味深かったのが、そのコメントに対するハミルトンの反応だった。彼は「問題は、『僕たち』じゃない!」と反論したのだ。

 「僕たちはやりすぎた」というルクレールに対し、ハミルトンは「僕たち二人の責任」に帰するのを、明確に拒否したのだった。

 今季のフェラーリは、決して「勝てないチーム」ではない。ハミルトンもルクレールもすでに優勝を経験し、コンストラクターズ選手権でも上位につけている。「どちらか一方が勝てばいい」のではなく、二人とも勝ちたい、そして実際に勝てるだけのマシンを手中にしている。

 だからこそ、ドライバー同士の競争をどう管理するのかが、以前とは違う意味を持ち始めた。ハミルトンの発言は、まさにそこを突いたものだった。

 実はフェラーリは、最初から2人を制御できなかったわけではない。

 シーズン序盤、3月の中国GPでは、ハミルトンとルクレールがレース終盤まで激しく争った。何度もホイール・トゥ・ホイールのバトルを繰り広げながら、2台とも無傷でチェッカーを受け、ハミルトンが3位、ルクレールが4位と上位入賞を果たした。レース後、チーム代表のフレデリック・バスールも、二人の戦いを「プロフェッショナル」と評価し、「この状況では自由に戦わせるのが正しい」と明言していた。

 つまりフェラーリの基本姿勢は、「二人を戦わせない」ではない。むしろ二人が自由に戦うことを、前提にしていたのである。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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