八木の“幻のホームラン”、落合監督の退任発表、村上の初打席初本塁打…忘れられない9月の出来事&思い出8選(セ・リーグ編)
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大けがから復帰の吉村がリーグ連覇を決めるサヨナラ弾|平成2年(1990年)9月8日
ヤクルトのマウンドには2年目の川崎憲次郎。その3球目、142キロのストレートを叩くと、打球は右翼スタンドに一直線に伸びた。セ・リーグ史上初(当時)、サヨナラアーチで優勝が決定する劇的な幕切れとなった。
ファンの大歓声を噛みしめるように、こぶしを突き上げながらダイヤモンドを回る吉村。そんな吉村を、ホームベースで真っ先に両手を広げて迎えたのは、苦しいリハビリ生活を見守ってきた指揮官の藤田元司だった。吉村はこの年、カムバック賞を受賞している。
“幻のホームラン”巡り試合中断。史上最長6時間26分の延長引き分け|平成4年(1992年)9月11日
首位ヤクルトをゲーム差1で追う阪神は、3-3で迎えた9回裏、二死一塁から八木裕が左翼へライナーを放った。打球はレフト城友博の頭を越えてスタンドに入ったように見えた。この打球を、二塁塁審の平光清は本塁打と判定。甲子園球場は興奮のるつぼと化し、ファンは八木の一打に酔いしれた。
だが「打球がフェンスに当たってスタンドに入った!」とヤクルト側が審判に猛然と抗議。グラウンドではお立ち台の準備が進んでいたが、ヤクルトの抗議が受け入れられ、歓喜のサヨナラ本塁打が一転して二塁打に訂正された。
そんな判定を受け入れられるはずがない阪神側も、中村勝広監督が抗議し、試合が約37分中断。それでも判定は覆らず、試合は続行された。
試合は延長15回の末に決着がつかず3-3の引き分けで終了。試合時間はプロ野球史上最長の6時間26分となった。
ド派手に決めた、長嶋監督最後のリーグ優勝|平成12年(2000年)9月24日
先頭の元木大介、続く高橋由伸、松井秀喜の3連打であっという間に無死満塁のチャンスを作ると、一死後に6番の江藤智がレフトへ満塁弾。巨人が土壇場で4-4の同点に追いついた。
球場の興奮とざわつきが収まらぬうちに、続く二岡智宏がギャラードの投じた2球目、外角高めのスライダーを捉える。打球はライトスタンドに突き刺さり、5-4でサヨナラ勝ち。巨人が4年ぶり29度目のセ・リーグ優勝をド派手な形で決めた。なお、この優勝が、結果的に長嶋茂雄監督にとって最後のリーグ優勝となった。
“闘将”率いる阪神が18年ぶりのリーグV|平成15年(2003年)9月15日
そして午後7時33分、ヤクルトが横浜に敗れると阪神の18年ぶりのリーグ優勝が決定した。吉報を待ちわびたスタンドからは無数のジェット風船が舞い上がり、ベンチで待機していた阪神ナインが勢いよくマウンドに駆け出した。
星野仙一監督の胴上げが始まり、背番号77が甲子園の夜空に舞った。優勝監督インタビューでの、星野監督の第一声「ああ、しんどかった」は、今も多くの阪神ファンの耳に残っている。