現役最終年は初めて「波」の無いシーズンだった 8.30引退試合へ栗山巧がたどり着いた「打撃の神髄」
まず26日の二軍戦では、ご心配をおかけしました。第2打席で頭部に死球を受けて、途中交代して病院に向かいました。検査の結果、心配していた脳しんとうなどは認められませんでした。
ぎりぎりのところでしたが、衝撃を受け流せたようです。球団の方にも、たくさんのご連絡をいただいたと聞きました。気にかけてくださった皆さんに、この場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
ひとつの理想形だった高橋由伸さん
確か、この2年にわたって続けてきたコラムの初回でも書かせていただいたと記憶しています。
プロ入り直後。当時の二軍打撃コーチだった田邊徳雄さんから、高橋さんの打撃をお手本にするように、と教わりました。
ムダが一切ない、シンプルで機能的なスイング。
あれから25年。高橋さんの打撃はひとつの理想形として、僕の頭の中にずっとあり続けてきました。
そんな方のお話をじっくりと聞ける機会というのは、もしかしたらここまでプロを続けてきたご褒美なのかもしれません。いずれにしても、高橋さんの打撃論からは、多くを学ばせていただきました。
高橋さんは若いころから、極端なスローボールを打つ練習を重点的に行ってきた、とおっしゃっていました。実は僕も、今年に入ってから遅いボールを打つ練習をしています。
今年に入り、打撃について考える時間が増える中で、「これをやるべき」と気づいて始めたものです。
高橋さんと同じような考えに至ることができたのは、とにかく光栄なのですが…僕の方はだいぶ時間がかかりました(笑)。
高橋さんはプロに入って早々に、自分の打撃の形を確立された方なんだろうな、と感じました。
もしかしたら、プロ入り前からすでに感覚があったのかもしれない。それに比べると、僕ははるかに長い時間をかけている。そして、打撃の形をつかむには至っていない。
「最後だから」ではなく、いつも通りに
それにあわせて、池袋の駅には僕の現役生活の軌跡を振り返る、大きなビジュアル広告が掲出されました。
写真もみせてもらいましたが、びっくりするような大きさです。
せっかくなので、こっそりと見に行きたいと思っているのですが…。
僕が野球に集中させてもらっている間も、多くの方が1年をかけて準備をしてきてくださった。それらがこうして、形になってきています。大変な労力だったんだろうなと、あらためて感じています。
そうやって、たくさんの方にお膳立てしてもらって、僕は試合を迎えることになります。
25年間を締めくくる打席もやってくる。でも、特別なことをしようとは思いません。やれることというのは、自ずと決まってくると思っています。
現役生活を通して、すべての打席でベストを尽くしてきたという自負はあります。
だから「最後だから」ではなく、いつも通りに臨む。そう思っています。
最後に「打撃の神髄」をみせられるように。
そうつづってきたので、最後の打席には並々ならぬ思いで臨む、というイメージをもたれたかもしれません。
でも、特別な思いを持ったり、特別なことを意識したりすることで、本当に何かが変わるなら。
僕はもっと、たくさんのことを成し遂げてこられたのかな、と思ったりもします。
「これ以上やれることはないんじゃないか」という準備の積み重ねで、僕はここまで来ました。
最後の最後で、他にやれることがあるんだったら、もっと早くからやっておきたかったと思うだけに終わる。そういうことがないように、長い間をかけて最善の準備をしてきたつもりです。
特別な打席にはなるんでしょうけど、だからといって何か特別なことができるわけでもない。
今はそう思っています。実際にその場に立ったら、また違うものが去来するかもしれませんが。