鈴木彩艶、PSG行き消滅→ヴィラ移籍の顛末 このステップアップで欧州のエリートGKに
PSGと5年契約→ユーベにローンは鈴木にとっても合理的な構想だったが…
移籍交渉は着実に進展し、8月に入った時点ですでに、PSGとパルマは移籍金3500万ユーロ(ボーナス込み)で合意し、PSGと鈴木も5年契約で基本合意済みという報道が出始めていた。最後に残っていたのは、鈴木が新しいシーズンをどこで迎えるのかという問題だった。
それに関して、8月4日に『コリエーレ・デッロ・スポルト』が伝えたのは、PSGがパルマの要求する3000万ユーロで鈴木を獲得し、ユベントスに1年間ドライローンで貸し出すという構想だった。PSGとしては、正GKは引き続きサフォノフで決まり、シュバリエも残留を希望しているが、将来を考えると鈴木はここで手に入れておきたい、だとしたら今シーズンはとりあえずユベントスに「パーキング」するのが好都合、という判断だったと推測できる。
この構想は、鈴木にとってもキャリアパスとして十分に合理的だった。PSGという欧州屈指のメガクラブと5年契約を交わしたうえで、今シーズンはユベントスで正GKとしての出場機会が保証され、来シーズンはPSGに戻って正GK争いに臨むという、明確なロードマップが引かれていたからだ。
ところがそこで、L・エンリケ監督が待ったをかけることになる。8月10日になって、イタリアやフランスのメディアが「指揮官は鈴木を実際に見てからGKの序列について最終的に判断したい意向」と報じたのだ。
それまでは「正GKサフォノフ/第2GKはシュバリエ/鈴木はユベントスへドライローン」という構図だったものが、「正GKサフォノフ/第2GKは鈴木を見てから判断し、余ったほうを放出またはローン」という構図に状況が変化したことになる。これによって、一時は固まったように見えたユベントスへのローンも不確実になってしまった。鈴木にとっては、「PSGと契約を交わしても今シーズンどこでどんな立場に置かれるのかわからない」という、きわめて不透明な状況が降って湧いたわけだ。
それから数日の間は、マスコミ報道もかなり錯綜することになる。イタリアで「ユベントスへのローン移籍がほぼ確定」というニュースが流れたかと思えば、フランスでは「シュバリエの2番手は保証されたわけではない。鈴木がPSGに残りシュバリエが出る可能性も」と報じられる。このあたりのブレは、情報源の違いというだけでなく、おそらくPSGの内部で実際に方針が揺れ動いていたからでもあるはずだ。
そして8月15日、PSG移籍が破談になったことが報じられる。その理由についての報道は、フランスメディアとイタリアメディアで大きく異なっていた。『レキップ』をはじめとする前者が伝えたのは、鈴木側のエージェントがコミッションの増額を求め、PSGがそれを高すぎると判断して交渉を打ち切った、という説明。一方、スカイ・イタリアの移籍専門記者ジャンルカ・ディ・マルツィオは、鈴木側にいくつかの疑念が生じたために、移籍への最終的なOKを出さなかった、と伝えている。
このどちらがより真実に近いのかを評価・判断する材料は存在しない。ただし「状況証拠」として挙げられるのは、フランスメディアの情報源は主にPSGサイド、イタリアメディアは主に代理人サイドだということ。そして、PSGがシュバリエの去就について結論を出しておらず、従ってこの時点で鈴木にとっては今シーズンの所属と処遇が明らかではない状況だったということだ。
ヴィラへの移籍は非常に筋が通った選択
同じ15日、この展開を見たユベントスが、今度はヴィラに対してマルティネスの状況を改めて照会したというニュースも報じられた。鈴木のレンタルが立ち消えになり、今シーズンの正GKが定まらないままのユベントスは、マルティネスに加えてヴィカーリオも候補に残していた。
そして翌16日には、ヴィラがパルマ、そして鈴木と合意に達して、正式な契約の準備に入ったと報じられる。この時点でマルティネスの去就は不確かだったが、それでも鈴木に対して長期的な正GKとして迎える構想を明確に打ち出したところが、最後まで優柔不断だったPSGとの大きな違いだった。本稿執筆時点(8月21日)においてもなお、マルティネスの去就は未定のままだ。
こうして鈴木のヴィラ入りが決まったことで、マルティネス移籍の環境も整ったかに見えた。しかしユベントスとの交渉は結局まとまらなかった。『ザ・ガーディアン』などの報道によれば、ユベントスは1000万ユーロ前後の移籍金を提示したものの、ヴィラの評価額には達しておらず、また支払い条件などの詳細でも合意できなかったことが理由とされる。翌17日、鈴木に続いてマルティネスも諦めたユベントスは、残された選択肢であるヴィカーリオの獲得に動き出し、約800万ユーロの買い取りオプション付きレンタルという条件で交渉をまとめることになる。
鈴木にとっては、この2カ月を通してユベントス、PSG、そしてヴィラと移籍交渉の相手が変わり、さらに移籍先そのものもPSGかユベントスかが定まらない時期が続いて、最後にヴィラに落ち着くという激動の日々だった。PSGという、直近2シーズンのUEFAチャンピオンズリーグを制した欧州最高峰クラブへの移籍がほぼ決まりながら、新シーズンをどこで、どのような立場で迎えるかわからないという状況がどれだけ大きなストレスをもたらしたか、想像するのは難しくない。
PSGというスーパーエリートクラブへの移籍が「流れた」という事実をどう受け止めるかは、人や立場によって異なるだろう。しかし、鈴木が下したアストン・ヴィラ移籍という最終決断は、自身の成長にとって、そしてキャリアにとってどの選択肢がベストかという明確な判断基準に基づいて下されたものに違いない。
破談の真相が明らかになることはおそらくないだろう。だがこうしてその経緯を振り返ってみれば、シーズン開幕というタイムリミットが迫る中でも、その開幕をどのチームで迎えるのかすら定かではないまま、PSGとの契約書にサインすることはできないという姿勢を貫き、同じ5年契約で直接保有して正GKとして迎え入れる姿勢を示したヴィラと契約を交わすという選択は、非常に筋が通ったものだったと言える。プレミアリーグの舞台に立つ鈴木の姿を目にするのが楽しみだ。
(企画・編集/YOJI-GEN)